61.魔力循環(対人)はベッドスキルでは無い
「あれ、エルヴィさんじゃないですか。奇遇ですね。」
「あれ、じゃないですよ。なんでショーマさんがここに?」
エルヴィは、2年前とそんなに変わっていなかったので、ショーマはすぐに分かった。
相変わらず、野良猫のようなツンケンした雰囲気である。
「昨日、レオナールさんにチケットを貰いまして。」
「なっ!…レオナールさん、行けなくなったとしか言って無かったのに…」
そこでエルヴィは、はっと気づいた。
(またあの人は変な気を回して!)
エルヴィの脳裏に、訳知り顔で笑うレオナールが浮かぶ。
何だか難しい顔をしているエルヴィに、ショーマは少し懐かしい気持ちが湧いた。
初めて会った時もこんな顔をしていた気がする。
それにしても、エルヴィが横の席というのは勿論、偶然では無いだろう。多分、レオナールのサプライズだ。
エルヴィは、これまで散々レオナールに、ショーマ関連で色々と余計な気を回されてきた事もあり、今回もその類いか、とモヤモヤしている。
ショーマは、そんな事情は当然知らないので、レオナールの粋な計らいだな、としか思っていない。なので、エルヴィの反応をちょっと不思議に思っている。
エルヴィの反応の原因を推測したショーマは、1つの結論にたどり着いた。
「ははー、さてはエルヴィさん。この2年でレオナールさんとそういうご関係に…」
「違います。」
違うのかい。
てっきり、レオナールと浮きうきデートの予定が、ショーマに邪魔された事に気を悪くしたのかと思ったのだが。
「とりあえず、座ります?」
ショーマが促すと、エルヴィは言葉を飲み込んで、黙って席に着いた。
何はともあれ、エルヴィは元気そうだったので、良かった。
「良くないです。どれだけ心配したと思っているんですか。」
「す、すみません。」
エルヴィは、まだ何か言いたげな様子で、色々と表情を変えていた。しばしショーマがその様子を見ていると、エルヴィは一呼吸置いて、ショーマの方を向き、
「ショーマさん、ありがとうございました。」
と、頭を下げた。
「ごめんなさい、初めに言うべきでした。」
「あ、いえいえ。」
ひとまずの混乱からは少し落ち着いた様子のエルヴィ。
素っ気ない素振りを見せるが、根は素直で良い子なのである。
なんだか、頭を撫でて良い子良い子してあげたくなるが、セクハラになりそうなので止めておく。
「それにしても、すぐにウルガンに行ってしまうショーマさんもショーマさんだと思います。」
「それはまた、色々な事が重なりまして。」
結果的に、2年前は数日しか王都にいなかったが、ショーマは当時、もっと長期に滞在する事になると予想していた。
ただ、思っていたより早くガルの手がかりが見つかり、思っていたより早く次の目的地が決まり、思っていたより早く移動手段が確保出来てしまったので、その予想より大幅に短い滞在日数になったのである。
「…私にあんな事しておいて、すぐに行っちゃうんですね。」
「えっ、いや、だからあれはその、違うんですってば。」
エルヴィ、お前もか。
魔力循環(対人)はベッドスキルでは無いと言うのに。
どうにか話題を変えたい、と思っていたところで、バルトルトが会場に入ってきた。
「あっ!ほらエルヴィさん、試合が始まりますよ!」
「話を逸らさないでください。」
くそぅ、逃がしてくれない。
――――――
「で、お前らは俺の試合も見ずに、イチャイチャしてたという訳か。」
ショーマとエルヴィは、試合を終えたバルトルトの控え室にお邪魔していた。
エルヴィと何だかんだと話をしていたら、気づけばバルトルトの試合が終わっていた。
「いえいえ、見てましたよ!」
ショーマは慌てて取り繕う。
最後のちょっとだけだったけど。ほぼ勝負が決まっていたけど。
ちなみに、バルトルトは今回も勝って、王座を守った。
「イチャイチャの方は否定しないのか?」
バルトルトに突っつかれて、顔を赤くしたエルヴィが否定し直した。
そういう反応をすると、余計に勘違いされると思う。
まあ、傍目にはイチャイチャと取られても仕方がないかな、とショーマは客観的に思うところではある。
「それにしてもバルトルトさん、2年で凄い強くなってませんか?」
バルトルトの剣技は、2年前とは比べ物にならないほど精錬されていたように思えた。
ちょっとしか見ていないけど。
バルトルトは、“少しだけ“頑張ったからな、と言いながらニヤリとした。
バルトルトは、この2年の修練によって、基礎能力や、剣術の強化は勿論のこと、スキルを数多く獲得していた。
スキル:瞬迅、スキル:堅牢、スキル:破断、スキル:剛力、etc.
それらバルトルトが手に入れたスキルは、効果の高いと言われるものばかりだ。
常人では、2年でそのように効果が大きいスキルを複数得ることは出来ない。
そういう意味で、バルトルトは天賦の才を持っていたのだろう。
今のバルトルトは、竜人幼稚園児より強いかもしれない。
バルトルトが、ショーマがやってきた訓練を受けていたら、今頃どこまでの高みにいたか、想像もつかない。
「ちなみに、強くなったのは俺だけじゃないぞ。エルヴィは今、王都でトップクラスの魔法使いだ。若手最強魔法使いの双頭、なんて言われている。」
近距離を苦手とする魔法使いが多い中、オールレンジで戦えるエルヴィは、隙のない戦いができる。
高ランクの魔物討伐もガンガンこなし、ギルドの稼ぎ頭となっているそうだ。
「双頭、って言われるのはちょっと嫌です。」
当のエルヴィは、少しご機嫌斜めな様子。
どうやら、若手最強魔法使い双頭の、もう1人のことがどうにも好きではないらしい。
「カストという奴なんだが、エルヴィが付きまとわれているらしくてな。実力は相当な物で、イケメンで人気も高いんだがなぁ。」
「へー、何が不満なんですか?」
「生理的に。」
エルヴィは、心底嫌そうに言っているあたり、そのカストがかなり嫌いな様だ。
「大概の言い寄ってくる奴は、レオナールが虫除けになっているみたいだが、カストだけはしつこくやってくるらしい。」
「随分、自分に自信が有る人なんですねぇ。」
そういう人は、よっぽどの事がないと諦めないだろう。
エルヴィも面倒な人に目をつけられたものだ。
「ということで、ショーマ、どうにかしてやってくれないか?カストに、俺のエルヴィに近づくな!って言ってくれれば良いんだが。」
「随分語弊が有る言い方ですねぇ。」
そこまでハッキリ言うと、もはや語弊では無いな。
「それは流石にエルヴィさんも嫌なんじゃ…。」
「……。」
エルヴィが無言でショーマを見ている。ちょっと顔が赤い。
おやおや、そういう事ですか?
これからヴァネッサを迎えに行く身としては、それは尚更引き受け難いなぁ、とショーマは対応に悩むのであった。
流石に、恋人の振りとかは、ちょっとフラグ立ちすぎな気がするし。
結果。
「大変申し上げにくいのですが、エルヴィさんに言いよるのは控えていただけないでしょうか。」
ショーマの言い方は、完全に取引先に対してのそれであった。
「ほほう、もう1人のエルヴィの男が、ようやく出てきたか…!」
まあ、そういう反応になるよね。
これで引き下がってくれるなら苦労はしていないだろう。
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