54. 2年振りのウルガン帝都
ショーマたちは、ヴァネッサのいるカデリナの街に向かってニックを走らせていた。
竜人の村で鍛えられたニックは、以前より一回り大きくなり、速度も早くなっている。
その事を褒めて撫でてやると、凄い勢いで擦り寄ってきた。鱗がゴリゴリする。愛いやつめ、モフモフじゃなくてもこれはこれでいいと思えきた。
一先ずは、中継地としてウルガン帝都に向かっていた。
せっかくなので、高等学校に合格したリーネにも会っておきたい。
「ショーマよ、狐娘のところに行くのは良いが、この娘も一緒で大丈夫かの?」
「…大丈夫じゃない。」
ルシルが同行することになったものの、女の人を迎えに行くというのに、女連れで行くなんて、流石にちょっと格好悪いと思うのだ。
「ああ、私のことは気にせず、ただの姉だと思っていただければ。」
「隙あらば近親関係に入り込もうとしないでください。」
流石に気にするわい。
「ショーマくんは、そのヴァネッサさんという人が好きなんですね。」
基本表情が動かないルシルが、少しだけ微笑んでいる。なんというか、年の離れた弟の初恋を見るかのような、微笑ましそうな雰囲気を醸し出している。
「私は、邪魔になるようなことはしませんよ。ヴァネッサさんと会う時には、席を外すようにします。その人を連れていくというのであれば、私は影となり、気づかれぬように見守りましょう。」
忍者か、この人。
いや、ルシルなら隠密行動も出来るのだろうが。
「それにしても、ショーマくんの好きな人、どんな人ですか。」
普段あんまり喋らない癖に、こんな時だけ食いついてきおってからに。
…実際、年の離れた姉がいたら、こんな感じでグイグイ来るのかもしれない。
はっ、いやいや、ルシルさんは姉ではない、姉ではないのだ。
危うくルシルに籠絡されそうになったショーマは、いかんいかんと、頭を振るのであった。
兎に角、ルシルの事は、ヴァネッサには事前に連絡を取って説明して置こう。
ルシルの事を、これからずっと隠すわけにもいかないし。
修行先でお世話になった所から、お目付け役として派遣されてる人、"役目で"来ているという事を強調しておかねば。
――――――――
ショーマは、2年振りにウルガン帝都に到着した。
ここに来るまでの道中、ルシルがガルやエフユーと、
「ショーマくんの好きな人はどういうタイプですか?」
「まあ、誘い受けであるな。」
「ほー、なるほど。」
「ショーマはヘタレですから、ある程度お膳立てが必要です。」
「なるほどなるほど。」
などという類の会話を何度かしていたが、スルーした。
なんで誘い受けとかいう概念がある、異世界。
あと誰がヘタレだ。
それは置いて置くとして、
ショーマは、リーネに会うべく、図書館に向かった。
リーネには事前に遠距離魔力通信器、略して魔信で連絡をしておいた。日本で言うところの電話だ。電話に比べると交信距離の整備が整っていないので、基本国内での通信に限られはするが、便利な物だ。
待ち合わせ場所は、ショーマでも分かるように図書館にしてもらった。
「リーネさんというのは、ショーマくんが度々連絡を取っていた人ですね。」
「そうですよ。手紙の宛名、覚えてたんですね。」
その後ルシルは、リーネについて、ガルたちに何やら聞いている様子であった。変なことを吹きこまないでくれよ愉快な仲間たちよ。
さて、図書館が見えてきた。
リーネはもうすでに来ていた。
「リーネさん!」
ショーマの声に、リーネが顔を上げる。
ショーマを認めたリーネは、表情をパッと明るくした。
「ショーマさん、お久しぶりです!」
「久しぶりですね。とは言っても、あんまりそんな気がしないけど。」
一先ずは、図書館前のベンチに座る。
リーネの近況は聞いていた。度々写真も送って貰っていた。
学校に合格したことは勿論、入学式で大変だったこと、勉強は変わらず頑張っていること、友達のこと、何かと張り合ってくる男の子がいること。
急に手に入れた魔法の強さに溺れることなく、変わらない努力を続けてきたことを、ショーマは知っている。
なので、ショーマがかける言葉は、
「頑張りましたね、リーネさん。」
リーネは、嬉しい半分、恥ずかしい半分の笑顔でショーマに返事をする。
初めて会った時より、少し大人っぽくなったような気がする。
2年前の印象なので、記憶が曖昧なだけかも知れないが、やっぱり素敵な女の子だな、とショーマは思う。
「何だかいい雰囲気ですね、ショーマくん。」
ルシルの声がショーマの耳元で聞こえる。
ショーマが振り返ると、すぐ後ろにルシルの顔があった。
ショーマが思わず声をあげると、リーネもつられて大層驚いていた。
「ルシルさん、気配を消して背後に回るのはやめてください。」
「影の予行練習です。」
本気でやるつもりかこの人。
「ショーマさん、こちらの人は?」
「ああ、ルシルさんといって、修行先でお世話になった人です。」
「はじめまして、リーネさん。」
ルシルは、さっと正面に回って一礼する。
こうしている時は、凛とした雰囲気を纏う美人さんなのだから、そのままでいてくれたら良いのに、とショーマは思うのである。
「はじめまして、ルシルさん。」
リーネは、竜人族にはじめて会ったと、驚いていた。
基本、村の中にいる竜人族たちだ。外に出る人は殆どいないので、会ったことがないという人は珍しくないだろう。
外に出る竜人も少しはいるので、数の極端に少ない人種として、他の人たちは認識しているようだ。
「姉弟子として、ショーマくんを見守るように、と師匠より仰せつかっておりますので、こうして陰ながら見守っております。」
「いちいち背後に回らなくていいですから。」
リーネは、ルシルの"設定"に、納得してくれたようだった。
まぁ、そこまで嘘は言っていないと思うので、ショーマも流しておいた。
「ショーマさん達は、しばらく帝都に居るんですか?」
「いえ、数日中にサルディアに向けて出発するつもりです。」
「もしかして、ヴァネッサさんの所ですか?」
ショーマが頷くと、リーネは、「素敵です!」と喜んでいた。
「ヴァネッサさん、たくさん来ている縁談を全部断っているみたいです。きっとヴァネッサさんも、ショーマさんのこと待ってるんだと思います。」
そういえば、あれ以来、リーネとヴァネッサは連絡をとりあっていると聞いていた。だから色々とヴァネッサのことを知っているのだろう。
しかし、ヴァネッサからその手の話題を、ショーマは聞いていなかった。
流石に婚約者が出来たとか、結婚したとか、そういうことがあればショーマに連絡があるだろうし、そんな連絡が無いということは、ヴァネッサはまだ誰のものでも無いのだろうとは思っていた。
ただ、確証がある訳ではなかったので、リーネの話を聞いて、ショーマは少しほっとした。
迎えに行ったら、子供抱えていて、何しに来たんですか、みたいな目で見られる、なんて事にはならなくて済みそうだ。
「私も、そんな人が出来ると良いんですけど。」
「例の張り合ってくる男の子はどうなんですか?」
「あの人は、そういうつもりでは無いと思いますよ。」
ショーマが思うに、その彼というのは、リーネが気になって仕方が無い。それは少なからず、好意が混じっていると、勝手に邪推していた。
ただ、リーネ側にはあまりそのつもりが無さそうに見える。
頑張れ、見知らぬ少年。ショーマは、出会ってもいない男の子を心の中で励ますのであった。
「学校がなかったら、ショーマさんについて行きたいところです。ヴァネッサさんに告白する所を、陰で見ていたいです。」
リーネ、君もか、とショーマは、苦笑する。
陰で女の子2人に見守られながら、女の人を迎えに行くなど、なんと恥ずかしい状態か。
ショーマとリーネが、他愛もない話に花を咲かせていると、ショーマは、道を行き交う人々の様子に目がとまった。
なにやら、険しい表情をして、行き急いでいる人が多い。
ショーマがその事について、リーネに尋ねると、なにやら不穏な空気が流れた。
「実は最近、噂が流れているんです。」
リーネ曰く、その噂が流れ始めたのは1週間程前からだそうだ。
『帝都に、空中要塞が近づいてきている。』
空中要塞ジルディウム。空中要塞と呼ばれているが、その実態は無機物で構成された巨大な魔物では、と言われている。
基本、高高度を漂っているため、人の目に触れることは無い。ただ、数十年に1度、地上に降りて"食事"をする時には、地図を変えなければならない程の影響を与える。
ジルディウムが摂取するのは、土や岩といった無機物。そして、無機物を利用した建物も含む。
ジルディウムが降り立った山は、次の日には深い谷へと変わる。
それが、帝都に近づいてきていると、人々の間で、まことしやかに囁かれているという。
食事の場所が、大きな街になったという記録もある。
その街は、1日で地図から消えたそうだ。
たまたま、戦時で戦力が整っていた街は、ジルディウムを撃退出来たこともあったらしい。ただその後、疲弊したところを敵国に攻められ、その街を放棄せざるを得なかったようだが。
「それは、穏やかではありませんね。」
そう言いながら、穏やかではないのはショーマの心中であった。
外に出た途端、この状況に放り込んでくるとは、やってくれる。
ショーマは、久々に、スキル奇運招来(神)が蠢いている気がしてならなかった。
空を見上げたショーマは、雲の奥に潜んでいるかもしれない脅威に、緊張感を高めるのであった。
いつもご閲覧いただきありがとうございます。
山を谷にする魔物がいれば、谷を山にする魔物もいる、かもしれない。




