49.くぅっ、立派になって⋯⋯
ヴァネッサ視点、リーネ視点、ショーマ視点と移り変わります。
これは、ショーマと別れた後のヴァネッサの事。
ヴァネッサたちは、並んでショーマを見送っていた。
去っていくショーマの背中が小さくなっていく。思い返せば、このウルガンまでの旅は色々あった。
ショーマを探しに父についていったら、なんだかんだショーマと一緒にウルガンにいくことになり、グランドイーターと遭遇し、ショーマともアレなことがあり、最後にもひとイベント残っていた。
「で、リーネさん。本当に変なことは何も無かったんですか?」
「えぇっ!?な、ない…です…多分。」
横で慌てているリーネを、ちょっとつついてみる。
何も無かったのは分かっているが、ちょっと反応が見てみたかっただけだ。なかなか面白い。
それにしてもリーネの魔法はとてつもない威力だった。ショーマを疑うわけではないが、つい先ほどまでほとんど魔力が使えていなかったとは思えない。
ただ、だからこそ気を付けなくてはいけないことがある。
「リーネさん、ショーマさんだから良かったですが、簡単に人を信用してはいけませんよ。」
場合によってはショーマでも危なかったかもしれない。
リーネはヴァネッサの目から見ても可愛い。もしショーマの好みがこういう娘だったら、手を出してしまった可能性もある。
リーネはさっきのことを思い出したのか、少し恥ずかしそうにしていた。
「ショーマさん、優しそうな人だったので、つい。」
「騙そうとする人は、良い人のふりをするものですよ。」
特に、強い力を持ってしまったリーネには、良くも悪くも人が寄ってくるだろう。力と金のある所に、人は集まってくる。
ヴァネッサにもそういう経験があった。父の金目当てで近づいてくる人間は多い。ヴァネッサは幼い時から、そういった環境にあったので慣れているが、リーネはきっとそうではないだろう。
リーネはとても素直そうな子だ。そこに付け込んで利用しようという輩もこれから出てくるはずだ。
ヴァネッサがそのことについて注意を促すと、リーネは少し表情を引き締めていた。やはり、素直な良い子だ。
「ありがとうございます、ヴァネッサさん。良かったら私とも連絡先交換してもらえませんか?」
少し躊躇いながらのリーネの提案に、ヴァネッサは快く頷いた。何となく、この少女とは縁ができた気がする。主にショーマ絡みで。理由は、狐女の勘、だ。
「浮気相手との修羅場かと思いきや、まさかの和解とは……くぅっ、立派になって……。」
その光景を見てまた勝手に盛り上がっている父エドモンは、後でどうにかしておく。
――――
それから数日後、ヴァネッサはウルガンを出発した。
リーネはそれを見送った後、また受験勉強の日常に戻った。
リーネから見たヴァネッサは、なんというか、大人の余裕がある女性という雰囲気だった。急に魔法が強くなったリーネのことを気づかって、色々と世話をやいてくれた。
それでいて、ショーマやリーネをちょっとからかう時は、とても可愛らしく笑うのだ。そのギャップに同性のリーネも何度かやられそうになった。
「魔力量を絞って、魔法を調整……。」
リーネは、魔力を弱く絞る事に神経を遣うようになったことに、不思議な感覚を覚えていた。
生まれてこの方、魔力を高めることばかりに終止していた。それが、手加減を覚える状況に急になるとは、思いもしなかった。
「ショーマさん。」
何気なく、ショーマの名前が口を突く。
見ず知らずのリーネに、涙を流し、秘匿している固有スキルを使ってまで、リーネを手助けしてくれたショーマ。短い時間なので、細かな人となりは分からなかったが、これだけは感じ取れた。
「お人好し、なんでだろうなぁ。」
リーネが体感したのはこの一言に尽きる。ショーマも、何やかんやヴァネッサも、お人好し。
リーネは今回、2人の好意に甘えっぱなしになってしまい、なんのお礼も出来ていない。
まずは、何としてでも受験に合格し、立派な魔法使いとなる。それがリーネがしてもらったことに対して、報いることができると思う。
それから、リーネは、今まで以上に、魔法訓練に取り組み、座学もさらに強化した。
そして遂に、受験の日を向かえた。
受験会場では、リーネと同世代の人達が、大勢集まっていた、
リーネが受ける、帝国立ウルガン魔法高等学校の合格倍率は、例年8~10倍と非常に厳しい。
リーネが試験会場の入り口でわたわたしていると、一人の女の子が声をかけてきた。
「あなた、受験生?最初の受付はあっちみたいだよ。良かったら一緒に行かない?」
声をかけてきた女の子は、マーリンと名乗った。彼女も受験生らしい。
試験前でピリピリとした空気の中、周りの人間に気を配る余裕があるなんて、器の大きな子だな、とリーネは感心した。
リーネは、マーリンと一緒に受付を終えた後、最初の試験を受ける教室に入った。
最初の試験は、座学。リーネの得意分野だ。
(ん、いけそうな気がする。)
いざ試験が始まったリーネは、問題を見て少し落ち着いた。幸い、全くわからないような問題は無さそうだ。
「リーネ、どうだった?私はあんまり自信ないかも。」
試験が終わって、マーリンがすぐに寄ってきた。
「何とか全部書いたけど、結果がどうかはわからないかなぁ。」
「え、リーネ、あの問題の答え全部書けたの!?」
マーリンの声に、周りの空気が少しピリッとする。「嘘だろ?」「信じられねぇ」など、ひそひそと声が聞こえてくる。リーネは急に周りから注目されてしまい、恥ずかしくて小さくなった。
「あ、ごめんね、リーネ。大きな声出しちゃって。」
「だ、大丈夫だよ。あはは…。」
初日は、一日座学。次の日が実技の試験だ。
次の日も、リーネはマーリンと合流して、試験を受けた。
「私、座学はそんなに得意じゃないけど、実技はちょっと自信あるんだよね。」
「マーリン、座って勉強してるより、外で運動してそうだもんね。」
「うん、私は完全にそのタイプ。リーネは逆っぽいね。」
「そうだね、実技よりは座学のほうが得意かな。」
「昨日の問題全部解いちゃうんだもんね。すごいよ。」
私、受かる自信なくなってきた、とマーリンはわかりやすく落ち込んでいる。感情が出やすくて、見ていて面白い子だな、とリーネはマーリンに好印象を持っていた。
マーリンはマーリンで、勉強ができることを全く鼻にかける様子のないリーネに、尊敬に近い感情を抱いていた。
「二人で合格できるといいね!」
リーネとマーリンで、楽しい学校生活を過ごしてみたい。二人の気持ちは、同じだった。
そして、運命の実技試験が始まる。
精度、発動後の制御、単純な魔法威力など、評価点は複数ある。
マーリンは、宣言していた通り、実技の試験は難なくこなしていた。障害物をかわして魔法を的に当てる魔法制御では、トップクラスの評価を得ていた。
リーネの方は、まだ自分の魔力量を制御するのに多少難があるものの、何とか及第点には至れたと思う。
そして、魔法威力の試験。
試験官が展開する十枚の結界魔法を、何枚破れるか、というもの。しかも、一枚破るごとに、次の結界の強度はどんどん上がっていく。
すべて突破というのは非常に難しく、入試での過去最高記録は、5枚だという。卒業するころには、8枚を破る猛者も現れるようになるらしい。
マーリンは、水魔法を使って4枚を破って見せた。かなりの高成績だ。
「やったね、マーリン!」
「ちょっとホッとしたー!」
わーい、とマーリンが嬉しそうにしていると、別の場所が騒がしくなった。
「どうしたの?」
マーリンが、近くにいた男子に事情を聴くと、なんと過去最高を上回るの6枚を破った人がいるということだった。
「あれは、アードルフね。」
「有名な人なの?」
「貴族の息子で、たいそうな自信家なんだけど、実際かなり優秀な魔法使いって噂だね。」
私は苦手なタイプかな、とマーリンは笑う。リーネもあまり得意そうなタイプではなさそうだ。
「その横にいるのが多分、ベンジャミン。アードルフといつも一緒にいて、彼もかなり優秀みたいだよ。」
たしかに、ベンジャミンという人も、アードルフの次に試験に臨み、これまでの過去最高タイ記録である5枚を突破していた。
「今年のトップはあいつで決まりかなー。」
マーリンは、あちゃー、という顔をしている。ただ、周りの様子を見ていると、1枚や2枚を突破するのがやっとという人が多く、マーリンの4枚はかなり好成績だと思われる。
「マーリンは大丈夫だよ。」
「ありがとう、リーネも頑張ってね!応援してるから!」
マーリンの励ましの言葉に、リーネは頷いた。
「次、リーネさん、どうぞ。」
試験官の呼び出しに応えて、リーネは結界の前に立った。
魔力制御は、正直まだ完全に自分のものとなっていない。しかし、ショーマにもらったこのチャンス、失敗するわけにはいかない。下手に力加減をして、1枚も結界を破れなかったら終わりだ。
そんな思いから、リーネは自然と、"一生懸命"魔力を込めた。
「行きます!」
リーネは、リーネの中で最も火力の出せる火魔法を全力で発動した。
「「「…は?」」」
激しい爆発音が試験会場に響く。
その場にいた全員が、同時に素っ頓狂な声を出した。
リーネの魔法は、まるで目の前に何もなかったかのように、結界を9枚纏めてふっ飛ばし、最後の一枚を破壊する寸前のところまで持っていった。
「り、リーネ?」
状況がいまいちの見込めていないまま、マーリンが恐る恐る、リーネに声をかける。
「あ、あはは…やりすぎちゃった…かな?」
後日、リーネの元に合格通知が届き、「過去最高成績での入学なので、入学式での代表挨拶よろしく」と軽く書かれていた。
人前に出るのが苦手なリーネは、想定外の事態に、慌ててマーリンに相談しに行くのであった。
―――――
「リーネさん、受験受かったんだ!良かった!」
ショーマは、リーネからの手紙を読んで、思わず飛び上がった。しかも、主席入学だという。
「ショーマさんの助けがなかったら」なんてことが書かれているが、ショーマはきっかけを与えただけで、それを力に昇華できたのは間違いなくリーネの努力だ。
「早くお祝いの手紙を送らないとな。それと、こっちの手紙にも返信しないと。」
リーネの他、ヴァネッサからも手紙が届いていた。
ウルガンからサルディアに戻ったことと、あれからリーネともなぜか連絡を取り合っていること、それから『ショーマさん、あんまり現地で女性といちゃいちゃしないでくださいね。』という旨の手紙だった。
年頃の竜人女性と絶賛同棲中です、なんて言ったら、またなんてからかわれるか分かったものではないので、それは内緒にしておこうと思う。
手紙は、樹海の近くの町が仲介になって、村の入り口まで持ってきてくれる。なので、基本閉鎖的な竜人の村にいても、竜人たちは外界の事情に意外と詳しい。
そして、それっぽいしきたりとか、恰好いい設定とかが外から輸入されるとたりすると、積極的に取り入れていく、ミーハーな人種だということが、しばらく村にいてわかった。
「ショーマ君、また女の人から手紙ですか。あんまり甲斐性なしでの節操なしはよくありませんよ。」
「甲斐性があればいいんですか。」
「責任がとれ、すべてを守れるのであれば、いいと思います。」
「そういうもんですか。」
「ただ、ショーマ君は私が養っているので、今はまだそういうのは早いと思います。」
ルシルさんのおっしゃる通りだと思います。ショーマはまだ、ルシルさんの庇護下から卒業できていない。
幼稚園児とは、多少戦えるようになってきたが、まだボコボコにされるし、大人たちには、ガル&エフユー込みでまだ勝負にならない。
ただ、少しずつ精霊の泉にお世話になる回数が減ってきたので、成長はしてきていると確信している。
「ショーマ君は頑張っていますよ。よしよし。」
と、ルシルさんに頭と顎をなでなでされる。俺はネコか!ショーマはモフる側で、モフられるのにはそんなに興奮できない。どちらかというとはずかしいのでペット扱いは勘弁してほしい
このままだと、いつまでも撫でられるので、早いとこトレーニングに行こう。
「さあ、今日もいっちょ死んできますか。」
「うむ、今日は4回くらいで済めばいいの!」
ショーマのスパルタ教育とヒモ生活は続く。
いつもご閲覧いただきありがとうございます。
リーネの波乱の学園生活が幕を開ける。(そこまでちゃんと書くかは不明ですが。)
そろそろショーマ編に戻ります。




