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35.別れと出会いは涙と共に

ついて行きたい、というヴァネッサに、ショーマは喜んで、と思わず口にしそうになった。


落ち着け、よく考えるのだ。


もしヴァネッサと一緒に旅をするとなればどうなる。


一緒に苦楽を共にし、気づけばいい感じになって一線を超えちゃって、二人でどこかに家を買って、モフモフの子供が生まれて幸せな家庭を築くのだ。


―――いや待て、落ち着けショーマ。


狐耳族と異世界人で子供ができるのか?

こればっかりは前例なんてないだろうし、試してみないことには


―――いやいや、落ち着けショーマよ。

話が逸れている。


いやしかし、一線を超えるかどうかはともかく、ヴァネッサと一緒に旅をすることは、ショーマにとっては問題ないのではないだろうか。

これからずっと一緒にいてモフモフさせてもらえるとか、桃源郷が横に歩いてるようなものだ。


ショーマの気持ちが段々YESに傾いていく。


父親であるエドモンさんも「立派になって…」とよく分からないことを言っているが、なんか許してくれそうな雰囲気だし。


なんてことをショーマが考えていた時、



ショーマはふと、思うところがあった。



そしてショーマは、決心して口を開いた。


「ヴァネッサさん」

「はい」



ショーマは、ヴァネッサの同行を拒否した。




――――――


「良かったのであるか?」

「良くないよ」


ショーマの頬には涙が伝っていた。


「あれもこれもどれもそれも、全部あのエロ女神(自称)のせいだ」


ショーマは、呼び捨てに格下げられた女神に対して、恨み言を呟いた。


ショーマがヴァネッサの同行を断った理由は2つ。


1つは、ガルのこと。

この旅の主目的である、ガル封印の地での状況のことだ。

場合によっては、ガルを所持しているというだけで危険が生じるかもしれない。

そんな状況にヴァネッサを巻き込むことは出来ない。


もう1つは、スキル奇運招来(神)のことだ。

これまで、レアな魔物が召喚されたり、妙に強い魔物と遭遇したりと、スキルの影響を疑う事柄は多かった。


多少、普通あまり出会わないようなちょっと強い魔物に遭遇したり、その程度のスキルか、という認識がショーマの中にあった。


そして、その認識は、グランドイーター遭遇の件で大きく覆った。


グランドイーターが縄張りを移動したのは、過去1度きり、女神がそうさせた時のみ。

それこそ、神の力でもない限りは、そんな事象は起きない。


それは逆に言えば、"神の力であればそれは起こりうる"、ということだ。


そして、ショーマの中には女神から授かった(呪いを受けたともいう)奇運招来(神)のスキルがある。

十中八九、このスキルのせいだ。


そうでもなければ、神話の世界でしか起こりえない事象に、ショーマが立ち会うなどという"偶然"は、ありえない。


グランドイーターと遭遇し、このスキルの真価に気づいた時、ショーマは戦慄した。


きっとグランドイーターでさえ序の口で、神話クラスの敵と遭遇したり、ということが平気で起こるような気がしてならない。


そんな相手と戦って、ヴァネッサを守りきる自身は、到底ショーマにはなかった。




そういった事情を勘案して、ショーマはヴァネッサを連れていくことは出来なかった。


目に見えて悲しそうな顔をするヴァネッサだったが、

断ったショーマの方が泣いていた。


逆にヴァネッサに慰められる始末だった。

謎の状況である。


余りにショーマが泣くものだから、ヴァネッサは最後には少し笑っていた。


別れ際に、ヴァネッサの連絡先を渡され、


「必ず連絡してくださいね」


と、念を押された。

一緒に行けないにしても、ヴァネッサと交流が続けられるということは非常に嬉しかった。


やるべき事が済んだ後には、またモフモフさせてもらいたいものである。



それからショーマは、奇運招来(神)について少し考える。


このスキルがある以上、ショーマは神話クラスの強さを手に入れなければ、安心して暮らせないのではと、気を重くしたのであった。


神話の中のガルくらい強くあれば、もっと気楽に構えられるのだろうが、ガルの剣についた錆が未だに殆ど取れていないことを考えると、ガルの域に達するには余りに先が長そうである。


ショーマは溢れる怒りを、久しぶりにスキル対女神精神攻撃(物理)で、エロ女神(自称)にぶつけるのであった。

今回はかなり念入りにしておいた。


そして、ヴァネッサのモフモフを思い出し、人目もはばからずに泣いた。

この世界に来てから、1番泣いたと思う。



――――――――



「気を取り直して情報収集に行きましょう」


エフユーが半べそ状態のショーマを引っ張っていく。


ショーマが今持っている情報は、ガルが封印されていた土地は、ガルディアだと思われる、という非常に不確かなものだ。


そこでショーマたちは、ウルガン帝都の図書館を利用することにした。

隣国であるサルディア王国よりも、領地内にガルディアを持つウルガン帝都の方が情報が多いのではと、考えてのことだった。


ショーマは、近くにいた15、6歳程に見える少女に、図書館への道を訪ねた。


目の赤いショーマに、「大丈夫ですか?」と心配してくれたので、彼女はきっと良い娘だろう。


「図書館でしたら私もこれから行くところなので、ご案内しますよ」


と、少女は親切にも案内をかってでてくれた。

これは確実に良い娘だ。


その少女はリーネというそうだ。


ウルガン帝都に入ってからちょくちょく若い子が着ていた服装をしていたので、ショーマは学生服かと思い、尋ねてみた。


「はい。今度、高等学校の受験なんです」


と、リーネは言う。

これから行く図書館も、勉強のためだという。


偉いですね、とショーマが言うと、リーネは少し暗い表情で笑って、


「座学でしか点が取れないんです。だから、他の人より頑張らないといけなくて」


と言った。


その表情が気になって、ショーマはリーネに重ねて試験について尋ねた。


リーネが志望する学校は、一般教養と共に、魔法について学ぶ学校だそうだ。

試験というのは、座学と実技があるらしい。


リーネは頑張り屋さんなようで、座学については間違いなく合格レベルなのだが、どうしても実技が上手くいかないという。


どんなに魔法を練習しても、小規模な魔法しか発動できない。

それこそ、人の何倍も練習したんですけど、という彼女は少し切なそうな顔をしていた。


きっと、見知らぬショーマにだからこそ、この少女は、自分の中の不安と、これまでの努力について語ってくれたのだろう。


「ごめんなさい、初対面の方にこんな話をしてしまって」

「いえいえ、頑張ってください。見知らぬギルド員ではありますが、応援していますよ」


と、ショーマは、目の前の少女を微力ながら励ますのであった。


図書館に着く頃には、リーネは少しだけ明るい表情になってくれた様子だった。


「ありがとうございます。勉強、頑張ってくださいね」

「はい、ありがとうございます!」


ショーマとリーネは、図書館の前で互いに礼を言い合うと、それぞれ目的の本を探しに中に入って行った。



ショーマが探すのは、ガルディアという土地に関連した本だ。


ガルディアは、ウルガン帝国の郊外にある片田舎の街なようで、ウルガンの図書館ですらちゃんと資料があるか、期待薄ではあったのだが、意外と早く見つかった。


『ガルディアの呪縛』

『なぜガルディアには産業が育たないのか』

『神に呪われた街』

『マンガでわかるガルディアの歴史』


うん、嫌な予感しかしない。


「ちょっとガル。街に呪いかけちゃダメだろ」

「なんと、とんだ言いがかりであるな!封印されておるのに呪いなんぞかけられるわけなかろう。そもそも我はそんな回りくどい魔法は使わん」


と、ガルは責任を否定する。


まあ、ガルの性格からして確かにそういうことをするとは思い難い。

とすればどういうことだろう?


「やっぱり現地に行って確かめてみるしかないのかなぁ。」

「肯定します。」


これだけネガティブな情報が入ってきた後だと、ますます気乗りしない。


「せっかくここまで来たのであるから行ってみようではないか。我封印の地がどんな所か見てみたくなったしの!」

「行きましょう、ショーマ」


ショーマの愉快な仲間たちは行く気満々だ。

くそぅ、呑気な奴らめ。


ショーマは一先ずその日はウルガン帝都で一晩を過ごし、次の日にガルディアに向けて出発することにした。





次の日、ショーマは朝早くに宿を出発した。

帝都の門を出る前に、昨日見かけた顔を見つけた。


「リーネさん」


ショーマが声をかけると、リーネはちょっとびっくりしたように振り返った。


「おはようございます、ショーマさん。お早いんですね」

「おはようございます。朝から魔法の練習ですか?」


はい、とリーネは少し恥ずかしそうに頷いた。


「上手くできないので、あまり人に見られない時間に練習してるんです」


そういうと、リーネは魔法をやって見せてくれた。

うむ、確かにあまり上手く出来てないみたいだ。


火魔法はとろ火だし、水魔法はジョウロ、風魔法は爽やかな朝の風になっている。


それでもリーネは一生懸命に魔法を練習している。

上手くいかなくても、何度も何度も。


そんな様子を見ているうちに、ショーマは思わず涙が出てきた。


「しょ、ショーマさん?どうしたんですか?」


いきなり泣き始めたショーマに、リーネは慌てている。

間違って魔法を当ててしまったのかと、心配しているようだ。

大丈夫、あの魔法なら当たっても痛くはない。


「いえ、ごめんなさい。なんか頑張ってるリーネさんを見てたら泣けてきちゃって…」


ショーマは、はじ〇てのおつかいとか、駅伝とかで泣いてしまうタイプだった。


「何ですか、それ。ショーマさん、変な人ですね」


そう言いながらリーネは笑っている。

リーネは、出会って間もないのに、泣きながら応援してくれる人の事を、なんだか嬉しく感じていた。


今までずっと1人で頑張り続けてきた事を認めてもらえた気がして、心が少しだけ軽くなった気がした。


「ショーマ、ショーマよ」


ショーマが涙ながらにリーネの魔法を眺めていると、ガルが小声で話しかけてきた。


「あの娘、相当な魔力を持っておるぞ」

「え?」


ガルはそう言うが、目の前の光景からはとてもそうは見えない。


「ショーマがこの世界に来た時と似たような状態であるぞ。魔力が上手く廻っておらん。」


なるほど、そういうことか、とショーマは納得する。

ということは、スキル魔力循環(対人)で改善出来るかもしれない。

目の前で頑張っている少女の力に、何とかなってあげたいと思っていたショーマは、早速行動に移った。


大丈夫、魔力相性がよっぽど良くない限り、エルヴィやヴァネッサみたいにはならない。


そう、相性が良くない限り、決して変なことにはならない。


絶対、大丈夫だよ。


「…リーネさん、ちょっといいですか?」




数分後、



気絶したリーネと頭を抱えたショーマが並んで座っていた。

じわじわ増えるヒロイン




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