30.やり過ぎました
部屋の入口に佇むヴァネッサに、ショーマは思わず生唾を飲み込んだ。
「突然すいません。覚悟が揺るがないうちにショーマ様のところに伺いたかったので」
そう言うヴァネッサの表情は、緊張と恥ずかしさが入り交じったような様子だ。
「え、ええっと…。と、とりあえず中に入りますか?」
「はい、失礼します」
ショーマが促すとヴァネッサはすっと部屋の中に入って、そしてベッドに座った。
ショーマだけ立っていてもおかしいので、ショーマもベッドに座った。
以前見張りの時、それこそ約束をした夜に、並んで座ったことがあったが、今はその時より近くに座っている。
香水だろうか、とてもいい匂いがする。
それに、緊張でヴァネッサの呼吸が少し浅くなっている気がする。
そんな些細なことも気になってしまう程の距離感。
もう、今の状況だけで理性が飛んでもおかしくない。
ショーマはガルをぎゅっと握って、頼りない自分の理性を何とか支える。
覚悟が出来た、ということは、モフモフに触れても良い、ということだろうか。
一応確認しておきたいが、それは野暮ではなかろうか。
何より、ベッドに大人しく座っている時点で、これ以上無いくらいのOKサインではないか。
しかし、万が一、「まだそんなつもりでは!」となってしまった場合を考えると…
などというふうに、ショーマがあれやこれやと考えを巡らせていると、
「ショーマ様」
ヴァネッサが意を決したかのようにパッとショーマを見た後、ショーマの手をガシッと掴んだ。
掴まれたショーマの左手が、にわかに熱を帯びる。
そして、次の瞬間、
夢にまで見たモフモフの感触が、
ショーマの左手から、全身に駆け巡った。
そして、ショーマの理性は飛んだ。
────
「ショーマ」
「ふごっ!?」
突然、呼吸が出来なくなり、苦しさのあまりショーマはベッドから転げ落ちた。
ショーマの顔に何かが張り付いている。
そのせいで酸素が全く肺にはいってこない。
「エフユー、それくらいにせんとショーマが死ぬぞ」
そう言うガルの声が聞こえると、ショーマの顔に張り付いていた何か、エフユーは、すぐに離れていった。
なんでまた、エフユーが顔に張り付いていたのか。
「ショーマ、とりあえずベッドの上を見てみてはどうだ?」
「ベッドの上?」
はて、なんだろう。
記憶がストンと抜け落ちている。
ショーマが何気なくベッドの上を覗いてみると、
なんだかエロい感じに乱れたヴァネッサが、気絶していた。
「え?」
ショーマの思考が止まる。
「我もショーマの体を操作して止めようとしたんだがの、まるで受け付けんかった。仕方がないからエフユーに止めてもらったのであるよ」
全く、どれだけ集中しておるのだ、とガルは呆れを通り越して感心しているようだった。
感心している場合ではありません、ガル先生。
この状況、絶対にやらかしている。
ショーマは必死に自分の記憶を手繰った。
────
ショーマがヴァネッサの尻尾に触った瞬間、ショーマの理性がすっ飛んだ。
「しょ、ショーマ様…」
ヴァネッサは、恥ずかしそうに、くすぐったそうに、少しだけ身をよじった。
嗚呼、もう、それでご飯4杯いけそうです。
いつものショーマなら、ここで少し躊躇う。
しかし、今のショーマはブレーキに足を置いていない。
アクセルベタ踏みフルスロットルだ。
モフモフする手に、更に集中していく。
ショーマは無意識のうちに魔力循環(対人)が発動していることにも気づかない程に、夢中になっていた。
「ショーマ様…?何か、変な感じがします…」
"スキル:結界魔法を習得"
左手だけでは足りない、右手もだ。
この感触、左手だけでは勿体ない。
「ショーマ様…あ…んっ!」
モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ………
「ひぁっ!ダメです、ショーマ様ぁぁ…」
で、
「この状況かぁ…」
ショーマの中の微かな記憶と、ガル、エフユーからの補足解説で、ようやく状況が繋がった。
やってしまいました。
完全にやりすぎました。
しかも、余りにモフることに熱中するあまり、魔力循環も発動させてしまっている。
「あの時のショーマの魔力はこれまでになく精錬されておったの。余程集中しておらんと、ああはなるまい。戦っておる時もあれくらい集中出来ればいいものを…」
ガル先生にお褒めの言葉を頂くが、嬉しくありません。
ああ、しかもさりげなくスキル習得しているし。
ヴァネッサが結界魔法が得意だということは、旅の道中で聞いていたし、魔力循環中のヴァネッサの反応から、魔力の相性が良かったことも分かる。
お陰でエルヴィの時以来だったスキル習得が出来てしまった。
とりあえず、今の状況を他人に見られては色々とまずいので、
ヴァネッサに布団をかけて乱れてしまった姿を隠した後、ショーマは覚えたての結界魔法を部屋に掛ける。
さて、どう言い訳をしたものか。
ヴァネッサが目を覚ますまでの間、ショーマは後悔と共に考えを巡らせるのであった。




