29.約束
グランドイーターが去った後、ショーマ達はヴァネッサ達が逃げた方向にある街に戻った。
その街では、グランドイーター出現の情報でエラい騒ぎになっていた。
迎撃の準備だ、街ごと撤退の準備だなんだと、大混乱だった。
そして、ショーマがグランドイーターは逃げたという情報をもたらすと、悲壮感と焦りに溢れていた混乱が、一転した。
それこそ初めは、「グランドイーターが食べ物を残して逃げるわけない」と、信じない者が多かった。
現場に人を派遣し、そこにグランドイーターが居ないことや、逃げた足跡が元の生息域に向かっている事が確認できると、一気にお祭り騒ぎになった。
念の為、その後の足取りを調査する部隊は出たようだが、周辺の様子から、グランドイーターが近くにいないことは明らかだった。
ショーマは、グランドイーターと交戦して生き残った、歴史的にも数少ない人物として大いに讃えられた。
「ショーマ様!」
そんな騒ぎの中、ショーマを呼ぶ声がある。
ショーマは呼ばれた方を振り返り、駆けてくる至上のモフモフ、もとい、ヴァネッサに笑顔で答えた。
「お怪我は!お怪我はありませんか!?」
近づいてきたヴァネッサがペタペタと、ショーマの体を隈無く確認する。
激しく蹴り飛ばされたりしたので、多少の擦り傷や打ち身はあるものの、問題ないレベルだ。
それよりもショーマにとっては、ヴァネッサのモフモフが近いことの方が問題だった。
「ヴァネッサさん、大丈夫、大丈夫ですから…!」
大きな怪我がないことを確認すると、ヴァネッサは、ほっとしたような様子でショーマから離れた。
同時にショーマもほっとする。
「ショーマさん!!大事ありませんか!!」
と、それも束の間、ヴァネッサの父エドモンさんもショーマに突撃してきた。
おっさんのモフが近い。
ショーマは大丈夫です、と言って苦笑いを浮かべながらエドモンさんから少し離れたがった。
だが、エドモンさんは興奮が治まらない様子でショーマの肩をがっしりと掴んでくる。
流石にこの距離だとエドモンさんのモフモフもちょっと気になる。
く、悔しい…けど反応しちゃう!
「お父様、ショーマ様を離して差し上げてください。キスでもなさるおつもりですか」
そこでヴァネッサの助け舟が入り、ようやくエドモンさんが離れる。
危うくショーマの中に新しい境地が開拓されるところだった。
それから、他の自警ギルド員を含めて、グランドイーターと戦った時のことを聞かれた。
ショーマは、エフユーのことを詳細に話すと面倒な事になりそうだ、と考えて、その辺りは伏せて話すことにした。
実際、グランドイーターが何故エフユーに怯えるように逃げていったのか、ショーマにはわかっていなかったということもある。
しばらく交戦したが、ほとんど歯が立たなかった。もうだめかと思ったところで、理由はよくわからないが、グランドイーターは去っていった。
ショーマがそれだけ説明すると、皆不思議そうな顔をしていた。
それはそうだろう。ショーマにだってよくわかっていないのだ。
「それは本当にグランドイーターだったのか?」
一人のギルド員から疑問が出る。それは当然の質問だった。
グランドイーターはそもそも縄張りを出ることがないはず。その上、大して手傷を負ったわけでもないのに逃げ出すとは考えにくい。
そこでショーマは、ある物を取り出す。
削り取ったグランドイーターの鱗の破片だ。
何かの役に立つかもしれないと思って、街に戻る前に拾っておいたのだ。
ギルド員の一人が、それの欠片に解析スキルを掛ける。
解析スキルは、物体の素性を調べるスキルだ。
目の前にある物がどういうものか、スキル発動者に教えてくれる非常に便利なスキルらしい。
ショーマも、使えはしないが、ギルドの依頼で魔物の部位を持って行ったときに、使っているのを見たことはあった。
「これは...信じられませんが、間違いなくグランドイーターの鱗の一部ですね。しかも自然に剝がれ落ちた物ではありません。」
解析の結果に、自然と驚きの声が上がる。
「グランドイーターに傷をつけたというのか?」
「いえいえ。鱗を少し削っただけで、傷という程はダメージを与えられていませんよ」
「その鱗を削る、というのがそうそう出来ることではないのだよ」
この街のギルド長という人が、驚いた表情のまま首を横に振った。
「そういうわけで、グランドイーターの鱗は非常に貴重なものだ。あまり外に出さない方がいいぞ」
そこいらの宝石なんかよりよっぽど高価だ、とギルド長は言う。
なんならうちのギルドで買い取らせてもらうが、と提案してくるが、それはエドモンさんが止めた。
「それは止めておいた方がよいでしょう。もっと大きな街であれば、それだけ高く買い取ってくれると思いますよ」
「そういうものですか」
ギルド長も苦笑い気味に頷いていたので、実際そうなのだろう。
「ショーマさんがその鱗を売るつもりがあるのでしたら、私に取引を任せてもらえませんか?」
今度はエドモンさんから提案がある。しかも、護衛の追加報酬として手数料なしでやってくれるという。
貴重品の相場や交渉術はショーマにはわからないので、お願いすることにした。
鱗の欠片は大きいものではなく、武器や防具の素材には足りないので、売ってしまうのが無難な使い道だろう。
それから、ギルドではグランドイーター撃退の祝勝会が行われた。
ショーマも初めの方だけは参加したが、ある程度食事を摂ったところで、早めに宿に戻ることした。
流石にグランドイーターとの戦いで疲れていた。
街全体でお祭り状態になっているので、ショーマが宿に行った時、宿にほとんど人がいなかった。
ショーマは部屋に入ってベッドに飛び込んで一息ついた時だった。
部屋の扉がノックされる。
誰だろう、とショーマがベッドから降りて扉を開けるとそこには、
「ショーマ様、お約束の件でお邪魔しました...」
恥ずかしそうに立っているヴァネッサがいたのだった。
さあ、モフモフの時間だ。




