28.グランドイーター
グランドイーターが走ってくる。
その巨体の揺れに合わせて響くように、地面も揺れる。
大きな図体に似合わぬスピードで迫って来る様子は、それだけでとんでもなく恐怖を煽ってくる。
「ガル、流石にこのまま正面から行くとやばいよね」
「うむ、パクンチョされるだろうよ」
ならば、とショーマはギリギリの所まで近づいてから、相手の首が伸びてきた瞬間にサイドに回り込んだ。
駆けるグランドイーターの右後ろ足に、魔力を込めたガルを叩き込む。
が、
魔力循環で強化された刃が全く通らない。
「どえええええっ!!?」
止められたガルの刃がそのまま蹴り飛ばされ、ショーマも一緒に横へ吹っ飛ばされる。
「やはり無理だったの」
「…ちょっとショックだよ」
この世界に来てからしばらく経つが、魔力循環で強化した攻撃が通らない事は今までなかった。
もしかすると、攻撃においては敵無しなのでは、などという自惚れが多少なりともあったのだが、その自惚れは今、一発で吹っ飛ばされてしまった。
ショーマは、急いで起き上がって追撃に備える。
グランドイーターは、ショーマを蹴り飛ばした後もスピードを緩めることなく、そのまま街道の横に生い茂る木々に突っ込んでいった。
木々に隠れて見えないが、障害物を薙ぎ倒し、大きく弧を描くようにショーマの方へ再び向かってくるのが分かる。
「やはり、私の出番ですね」
うにょっ、とエフユーがショーマの側に寄ってくる。
「アイツ、無機物も平気で消化するみたいだけど、大丈夫?」
「分かりません。なので少しリスクを下げましょう。」
みょんっ、とエフユーが分裂して、小さなエフユーが生まれる。
これで分身を食べさせれば、最悪消化されてしまっても、エフユーの大部分は残る。
「よし。頼む、エフユー!」
「ガッテンです」
エフユーの本体がスリングショットの形になり、分裂したミニエフユーが弾になって、あっという間に準備が完了する。
そして、グランドイーターが木々をなぎ倒す音は、もうそこまで迫っていた。
激しい音と共に、グランドイーターが森から飛び出してくる。
それとほぼ同時に、エフユーの分身が発射される。
弾丸状になったミニエフユーは、グランドイーターの顔面に向かって高速で飛んでいく。
流石エフユー、機械の高精度さをここで発揮し、ミニエフユーは見事にグランドイーターの口元に到達した。
グランドイーターは、何のためらいもなく飛んできたミニエフユーを丸のみした。
グランドイーターは、口の近くに来たものを、それが何であろうと食べる習性がある。
生まれてからこれまで、飲み込んだ全てのものを消化し、吸収してきたグランドイーターにとって、目の前にあるものは全て餌でしかない。
グランドイーターは、ミニエフユーをあっという間に飲み込んで、勢いそのままにショーマに襲いかかってくる。
ショーマは近接魔法を駆使し、その突撃をかわす。
エフユーの本体は既に変形を解いて、地面に潜り込むように逃げている。誠に便利な体だ。
「上手く呑ませたであるな」
「中は大丈夫か、エフユー?」
ショーマが呼ぶとエフユーがモグラのように地面からひょっこり顔を出す。
「とりあえず消化されるのは免れているようです」
大丈Vと文字を形作るエフユー。
なんじゃこいつの緊迫感のなさは。ショーマは妙な脱力感に襲われる。
後は中に入ったエフユーがいつものようにグロテスクアタックで、内臓と共に脱出してくればいいのだが…
「ダメですね。胃の内壁が高強度過ぎます。今の私の攻撃力では突破できません」
そこまで簡単に上手くいかなかったようだ。
「中にいる分体はどうなるんだ?」
「こうなってしまうと、正規ルートで出るしかありませんね」
「正規ルート?」
胃に入ったものが出ていく正規ルートということは…
「う〇こみたいであるな」
「言うなガル」
ショーマも同じことを思ったが、それを考えるのはちょっと嫌だったので止めた。
エフユーの形状からして完全にソレだとか、考えてない、考えてないぞ。
「正規ルートは気に召しませんか?」
「流石にちょっとね。あと、その形になるのはやめとけ」
とぐろを巻くな、とぐろを!
「では逆ルートでいきましょう」
逆ルートって、上から出てくるってことか。
どっちもどうかと思うけど、まぁ下からよりは上からの方がマシかな。
と、ショーマたちが相談をしている所に、グランドイーターが再び飛び込んでくる。
エフユーはそれに反応してすぐに逃げる。
ショーマは反応出来ず、ガルの操作で引っ張られてギリギリかわす。
かわしついでにもう一度攻撃を仕掛けてみるが、鱗を少し削るに留まった。
皮膚の柔らかそうな腹や、尾なども狙ってみるが、弾かれる感触が手に残るばかりだ。
幾度か攻防を繰り返したところで、ガルがショーマを止めた。
「ショーマよ、そろそろ脱出してもいいのではないか?グランドイーターも周りの食料を置いてまで、見えなくなった馬車を追いかけはせんであろうよ」
「そうだね、それがいいかも」
よく見たら服の袖が食い破られていた。
さっきギリギリでかわした時に、引っ掛けられたのだろう。
ショーマの背中がヒヤッとする。
これ以上長居をすると、ショーマもいつ食べられてしまうか分かったものでは無い。
「飲まれてるエフユーの分体はどうする?」
「本体との通信が繋がっているので、後で合流出来ます。気にせず脱出しましょう」
そういうことなら、そうさせてもらおう。
ショーマは、グランドイーターが飛び込んできたタイミングで、近接魔法を使い、弾けるように跳んだ。
グランドイーターの体を飛び越えて、一気に脱出を図る。
よし、成功だ、とショーマが気を緩めた瞬間、
「ショーマよ、横に跳ぶぞ」
ガルがそう言うのとほぼ同時に、近接魔法が発動し、ショーマの体が横に吹っ飛んだ。
「なんっ──だぁぁ!?」
ショーマが、自分が元いた空間に目をやると、そこには"巨大な口"が通過していた。
グランドイーターは、巨体に似合わぬ健脚を持つだけでなく、力強い尾を使って跳び上がることも出来る。
跳んだショーマに素早く反応して食らいついてきたのだ。
近接魔法による緊急脱出でも追いつかれるとなると、ショーマに逃げきる手段はない。
ショーマは地面に着地すると、宙にいるグランドイーターを見て、一言呟いた。
「詰んだ…」
ショーマは着地するグランドイーターに、とてつもない恐怖を感じていた。
股間がヒュッとなるのを感じる。
「ガル、どうしよう」
「思ってたより大分素早い奴であったの。いやはや、我の想像を上回ってくるとは、見上げたやつであるな」
相手を褒めてる場合ではありませんガル先生。
そうこうしている間にも、グランドイーターはにじり寄って来る。
ショーマを確実に仕留めるべく、様子を伺いながら。
終わった。
ショーマの脳裏にヴァネッサさん(のモフモフ)が、走馬灯の様に過ぎる。
すると急に、グランドイーターが動きを止めた。
と、次の瞬間、『何か』を吐き出した。
べちょっ、と地面に落ちた『何か』は、うごうごと蠢いている。
「あ、出てきましたね」
異様な空気の中、相も変わらず平坦な口調でエフユーが言う。
間違いなく、出てきたのはエフユーの分体だ。
消化されることなく、無事に出てこられたようだ。
そして、グランドイーターの様子がおかしい。
出てきたミニエフユーを見つめて動きを止めている。
その様子は、なんとなくだが、今までの捕食者のソレでは無いように見えた。
ミニエフユーが、ショーマ達の方に動き出すと、グランドイーターはビクッと、その大きな体を反応させている。
「なあエフユー。ちょっとグランドイーターの方に近づいてみてくれるか?」
「ガッテンかしこまりです」
エフユーは、分体を回収した後、グランドイーターの方にじわりと近づいた。
するとどうだろう、グランドイーターがそれに合わせて後ずさっていく。
これまで圧倒的な捕食者だった姿とはうって変わって、完全にエフユーにビビっている。
「エフユーちょっと跳んでみてくれるか?」
「こうですか?」
ぴょん、とエフユーが小さく跳ねる。
その瞬間、
尻尾を巻いて逃げる。
まさしくその表現がピッタリの姿で、グランドイーターは一目散にショーマの視界から消えていった。
────
グランドイーターは、戦慄していた。
生まれてからこれまで、1000年単位で生きてきた彼にとって、初めての経験だった。
グランドイーター。その名に相応しく、この世界で彼に食べられないものはなかった。
目の前にある物は全て口にし、その尽くを消化失くしてきた。
彼にとって、地上に存在するものは全て餌でしかなかった。
しかし、彼の中でのその『常識』が、覆される事態が起きた。
食べたはずのものが、確実に胃に飲み込んだはずのものが、口から出てきたのだ。
グランドイーターには、それがとてつもなく恐ろしいものに見えた。
似たような魔物は今まで食べてきたし、それらは問題なく消化してきた。
しかし、今日食べた『何か』は、確実にそれらとは違った。
消化出来ない、よく分からないモノを前にして、食物連鎖のピラミッドの頂点に立つ彼は、ただ、逃げることしか出来なかった。
新しい餌を探して、普段の生息エリアを出たグランドイーターだったが、
もう、縄張りの外に出るのはやめよう。
そう思い直すのであった。
余談だが、その後、元の生息エリアに帰ったグランドイーターだったが、スライム系の魔物だけは食べなくなったという。
その事実が確認された時は、大きな騒ぎになり、周辺の街では、スライムをモチーフにした御守りがバカ売れしたらしい。




