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26.誰もいない道

次の日の朝、ショーマはすぐにヴァネッサの所へ向かった。


やはり、年頃の娘さんの身体を触るなんて宜しく無い。

ショーマは昨日の約束を無かったことにしようと考えていた。


「おはようございます、ヴァネッサさん」

「おはようございます、ショーマ様」


挨拶を返すヴァネッサには、少し照れが見える。


ショーマはヴァネッサの見事な朝モフ具合に気を取られながらも、話を切り出す。


「ヴァネッサさん、昨日の話なんですが…」

「あの、その話なんですが、少しだけ待って頂けませんか?」


心の準備が必要なので、とヴァネッサが耳打ちする。


「それは構いませんが、そうじゃなくて…」

「あっそれから、この事は他の人には内密にお願いします」


特に父には、とヴァネッサが続ける。

それは勿論、言えるわけがない。


お父さん、あなたの娘さんの身体をちょいとモフモフさせてもらいますよ。こっちにはでかい貸しがあるんでね。なあに、悪いようにはしませんよ。こっちにとっても大事なモフモフなんでね。ふへへへ。


…解雇されるわ。


「申し訳ございません、すぐにでもお礼をしなければならないところを」

「いえいえ、大事ですよね、心の準備。ゆっくりしてください。それでですね…」

「ありがとうございます。お優しいですね、ショーマ様」


パッと笑顔を見せたあと、今日もよろしくお願いします、と言い残してヴァネッサは去っていった。


笑顔で手を振るショーマ。


「ヘタレです」

「うるさい」


エフユーにチョップするが、うにょんと食い込むだけだった。


―――


それからの道中、ショーマはヴァネッサにからかわれっぱなしだった。


馬車内でショーマがヴァネッサの耳や尻尾を見ないように意識していると、ヴァネッサは何気なく尻尾をパタパタ、耳をピコピコとさせる。


思わずショーマの目がそちらに向くと、ヴァネッサとバッチリ目が合う。

ショーマがちょっと悔しそうな顔をすると、ヴァネッサはニッコリと微笑んでいた。


完全に掌の上、いやモフモフの上で転がされている。


ヴァネッサは、ショーマがもっとモフモフを見たいのだろうと考えて、わざと目に付くように尻尾や耳を動かしている。

それで、ショーマは複雑な気持ちながらもモフモフを見られて嬉しいのではないかとも思っているだろう。


その通りだ。

悔しいけど喜んじゃう。ビクンビクン。


そんなショーマの一見不審な挙動を見て、ヴァネッサは楽しそうにしている。


もうお礼云々は置いておいて、ただ遊んでいるのではなかろうか。


まぁショーマとしては、相手の了承の元モフモフを見られるし、ヴァネッサの笑顔も見られるので、それはそれで役得なのであるから、いわゆるWin-Winというやつだな、とも思う。


―――


そんなこんな、楽しい馬車の旅が数日続いたある日。

ショーマ達は、通常使われる道とは異なる、迂回ルートを通っていた。


というのも、通常ルートの方で地盤沈降があったらしく、しばらく道が閉鎖されることになっていたためだ。


特に地盤の緩い土地というわけでもなく、地元の人たちはこの不可解な現象に揃って首を傾げていた。


その件を皮切りに、この日は何かがおかしかった。


「なんだか道の様子が変ですね」


アリスターが周囲を伺っている。

移動を始めてからしばらく経つが、今日は魔物を全く見かけていない。


これまでの道中、街道付近で様子を見る小型の魔物や、襲って来る中型の魔物が必ずいた。


しかし、今日は中型の魔物はおろか、小型の魔物ですら一体も現れていなかった。


「ガル、何か知らないか?」

「ふむ、こんな状況になるとすれば、きっと魔物のせいであろうな」

「魔物?」

「おお、ちょうどあんな奴であるな」


ガルに言われて前方を確認する。


そこには、コモドオオトカゲを何倍にも大きくしたような魔物が、周辺の木々や魔物を手当り次第に飲み込んでいた。


「あ、あれは?」

「確か爆食龍とかなんとか呼ばれておったの」

「爆食龍!?」


その名前に反応したのはアリスターさんだった。

そのリアクションから、かなり恐ろしい魔物だと推察出来る。


爆食龍グランドイーターは、眠る時以外はひたすらに食べ続ける。

体の体積を優に超える量を食べ、動植物、魔物、岩や金属と、何でもかんでも食べてしまう。


そのとんでもないエネルギー摂取量のためか、非常に長命で、有史以前から単一個体が生存していると言われている。


そして、あわせて恐るべくはその防御力。

食事中、何をされても全く意に介さない。

生半可な剣や魔法では全く歯が立たず、逆にグランドイーターの興味を引いてしまい、1口でパクリ。


爆食龍には触れるべからず、この世界の一般常識だという。


「グランドイーターは、良く現れるんですか?」

「いえ、基本的に自分のテリトリーから離れることはないはずなのです。もちろんこんな一般的に使用される街道がそのテリトリーに入っているなんてことは有り得ません」


グランドイーターは、一定の範囲内を数ヶ月かけて周回する。

その範囲はグランドイーターのテリトリーとされ、国はその領域を進入禁止エリアと位置づけ、周知されている。


グランドイーターは、基本的にそのテリトリーから出ることは無い。

過去、グランドイーターがテリトリーを変えたのは、1度。


女神クローディアが人間の生息域を確保するため、グランドイーターのテリトリーを森林の奥深くへ移し、制限した、とされる。

つまりは、神話レベルでしか有り得ないことが起きているということだ。


「ほぉ、珍しいことがあるもんだの」

「ですね」


ショーマの頼もしい召喚魔達は呑気なものだが、ショーマは自分の中の、奇運招来スキルがドヤ顔で発動している気がして、焦りたおしていた。


「とにかく、気づかれる前に逃げましょう!」


急いで馬車を転回させるため、騎士達が降りて作業を始める。


要領を心得ていないショーマは、グランドイーターの様子を伺う係を担う。


そこでショーマは、ある事に気づく。


「なあ、ガル」

「なんであるか?」


「グランドイーターと目が合ってる気がするんだけど」

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