23.お嬢様との再会
忘れもしない、見事なモフモフを携えたヴァネッサ嬢が、ソファに優雅に座っていた。
何故王都にヴァネッサ嬢がいるのか、なんと言えば良いのか、ショーマは混乱して、言葉が出てこなかった。
そして、混乱しているのはヴァネッサも同じだった。
あれだけ探しても見つからなかったショーマが、至って普通に父と宿に帰って来るという状況に、頭がフリーズしてしまっていた。
言葉の無いまま呆けている2人をよそに、エドモンはショーマを紹介する。
「ウルガンまで一緒に行ってもらうことになった、ショーマさんだ。短い間だが、私と一緒に旅をする仲間だ」
取り敢えず一礼をするショーマだったが、次になんと言えばいいのか。初めまして、というのも何だか変な感じがする。
「こんにちは、ショーマです」
出来るだけ違和感の無いように、平静を装って挨拶をする。その間、とにかくヴァネッサ嬢の目をひたすら見つめる。
耳やら尻尾やらを見てしまうと、確実に飛ぶ。理性が確実に空高く飛んでいく。
そしてヴァネッサの方は、余りにもまっすぐに目を見つめられるので、思わず照れてしまう。
「こんにちは、ショーマ様。エドモンの娘、ヴァネッサです」
ヴァネッサは、照れ隠しに目を伏せながら、こちらも平静を装って挨拶をする。
混乱しながらも、ヴァネッサはこの状況をチャンスだと思っていた。
父の旅に同行してもらえるということであれば、ヴァネッサが近くにいても不思議はない。お礼も、旅の最中でいくらでもする機会がある。父に事情を説明して、報酬を上乗せしてもらうことも出来る。
そんなことを考えながら、ヴァネッサが頭を上げて笑顔でショーマを見つめ返す。
尻尾や耳を見ないようにしていたショーマは、ヴァネッサ嬢の笑顔に思わずドキッとしてしまった。
ヴァネッサ嬢はモフモフの素晴らしさは語るまでもないが、それを抜きにしてもかなり魅力的な女性だ。
気品ある姿、表情に、ショーマは最早どこに目を遣ったらいいものか分からなくなっていた。
ショーマの目が泳ぐ中、エドモンは話を続ける。
「ちなみに、ヴァネッサはウルガンまでは行きませんので──」
「お父様」
ヴァネッサは父の言葉を食い気味に制す。
確かに、昨日までヴァネッサはついて行くつもりは無かった。だが、この状況で置いていかれては、ヴァネッサがそもそも王都に来た意味がない。
「私もウルガンまで行きます」
笑顔で父にプレッシャーをかけるヴァネッサ。
「ん?お前、昨日は行かないって⋯⋯」
「お父様」
行きます、と再び笑顔。
気圧され、そ、そうか⋯⋯、としか返せないエドモン。
ヴァネッサは何事も無かったかのように、ショーマに向き直る。
「これからしばらくの間、よろしくお願いします」
「あ、はい」
はい、と答えながら、ショーマは内心困ったことになったと思っていた。
何が、か。
理性が、だ。
今、この宿の一室に同席しているだけでも、まともに目を向けられない圧倒的モフ力。
おっさんの尻尾なら、まだ我慢出来る。
だが、ヴァネッサ嬢となれば話は違う。
これまで、幾度となく目にし、憧れたモフモフ。
それが、これから幾日も、馬車という狭い空間の中で、ショーマの目の前に置かれ続ける。
果たして耐えられるのだろうか。
順調にウルガンに行けると思っていたショーマにとって、意外な誤算が生まれてしまった。
万が一の時には、ガルかエフユーに止めてもらうよう2人にお願いしておかないと、とショーマは考えるのであった。
──────
「というわけで、いざと言う時はよろしくね。二人とも」
ショーマは、オルランド親子が泊まる宿から一旦出直すことにした。
詳しく旅の打ち合わせは明日、改めて行うことになった。
「うむ、任せておけ」
「任せてください」
えへん、と得意げにするガルと、力こぶを作ってみせるエフユー。
こいつらが世界を滅亡に追いやりかけた存在だと、誰が思うだろうか。
さて、旅の不安を一部解消したところで、ショーマには王都を出る前にやっておくことがあった。
エルヴィ達にショーマの無事を伝えることだ。
王都までの道中で、馬車が被害にあったという情報は聞かなかったので、エルヴィ達は恐らく無事に街まで逃げられたのだろう。
そこから予定通り王都に向かったのであれば、皆ショーマより先に王都に着いているはずだ。
バルトルトは恐らく、王城。
一度立ち寄ってみたが、ショーマのような一介の冒険者では、あっさり門前払いだった。不親切なことに、手紙すら受け取って貰えなかった。『業務外』だそうだ。
エルヴィとレオナールはギルド員なので、ギルドには立ち寄るはず。
ショーマは、2人宛ての伝言をギルドの掲示板に残しておく事にした。遅かれ早かれ、2人がギルドに立ち寄った時には、きっと目にしてくれるだろう。
しかし、エルヴィたちがこの伝言を見るのは、数ヶ月先の事になるのだが、この時のショーマには知る由もない。
そして2日後、ショーマは短い王都滞在を終え、新たな地、ウルガンへ旅立つのであった。




