16.静かな河川の森の影から
目を覚ますと、ショーマは小川の辺にある木陰に倒れていた。
自分が何故ここにいるのか、全く記憶が無い。
飲み過ぎて記憶が飛んだ時に似た感覚だ。
ショーマも学生時代にやったことがある。
呑んでいたはずなのに、気づいたら家のトイレで寝ていた。
今回は、酒のせいでは無いことは確かだ。
ショーマが覚えている最後の記憶。
最後のビッグアームが、ショーマ目掛けて腕を振り下ろしてきた。
身体が限界に来ていたショーマは、足で地面を軽く蹴って近接魔法(打撃)を発動した。
カタパルトで射出されるかの如く、魔法の反動でビッグアームの頭めがけて一直線にショーマの体が吹っ飛ぶ。
その辺りでもう記憶があやふやだ。
恐らく、体が吹っ飛んだ衝撃で、意識も一緒に吹っ飛んだのだろう。
「そのまま宙を飛んで、ここに着地した訳か…」
「違うぞ親友」
ガル先生から素早いツッコみが入る。
右手にガルの柄を握っている感触があるので、ガルはそこにいるのだろう。
身体を起こしてガルを目で確認しようとしたが、全く身体が動かせない。
というか、
「あだだだだだだたっ!!!」
目が冴えて身体の感覚がハッキリしてきたら、何もしなくても無茶苦茶に痛いことに気づく。
これはあれだ、高強度な魔力循環の副作用だ。
「無理をしない方が良かろうよ。だいぶ無茶をしたからの」
この感じは冗談抜きで1週間安静コースだ。
そういえば、最後に残っていたビッグアームはどうなったのだろうか。
ショーマが生きている事ところを鑑みると、上手く撒けたのだろうか。
「ビッグアームならあの時に斬ったではないか。覚えておらぬか?」
ガルの話では、ショーマが「ショーマ、いっきまーす!!」というような具合に飛んだ勢いそのままに、ビッグアームの頭を縦割りしたそうだ。
残念ながら全く覚えていない。
そこから着地した時には、とっくにショーマは気を失っていた。
それに気づいたガルは、そのまま魔力循環を保ってショーマの身体を代わりに動かしてくれたそうだ。
意識を失った時にうっかりガルを手放してしまっていたら、今頃ビッグアームの死体の隣にショーマも転がっていたところだ。
危ないところだった。目が覚めたら頭の割れたビッグアームが添い寝しているとか、どんなホラーだ。
その後ガルは、ショーマを比較的安全な水場まで移動させてくれたそうな。
ガル先生の心遣いにショーマは涙が出る思いだ。
「ありがとう親友」
「気にするな親友。今、我がおらんとショーマが動けんように、ショーマがおらんと我も動けないのであるからな」
お互い様であるよ、というガルに、ショーマは思わず抱きつきたい気持ちになるが、如何せん身体が動かないのでそれは出来なかった。
ショーマがガルの優しさに感涙していると、小川の対岸に何かが出てきた。
リトルウルフより1回り大きな狼型の魔物だ。
モフモフ具合も1回り大きくて非常に宜しい。
モフモフ的には宜しいが、状況的には宜しくない。
ショーマは焦る。
身動きが取れない状況で横たわっているショーマと、肉食の魔物。
これぞまさに猫に鰹節。狼だが。
だが、ショーマの心配をよそに、魔物はショーマを確認しながら水を飲んだ後、逃げるように森の中に消えていった。
ショーマの溢れ出るモフ信仰が魔物に通じたのか。
「んな訳なかろう。お主はモフモフが絡むとすぐ思考が吹っ飛ぶのう」
何でも、ショーマの身体を操ってガルがこの小川に着いた時、ここら一帯にいた魔物をこっぴどく追い払ったらしい。
なので、小川のこちら側は今、ショーマ達の縄張り状態になっており、不用意に向かってくる魔物はいなくなったそうな。
「万が一向かってくる魔物がいても、我が追い払ってくれるわ」
ショーマを使って、である。
ガルに動かしてもらうと、身体を動かすことが出来る。
出来るには出来るのだが、これが物凄く痛い。
痛すぎて意識が無くなる事があるし、その後逆に痛みで目覚める事もある。地獄のループだ。
しかし、その地獄のループを味わうことになっても、やらなくてはならない事がある。
食料の確保だ。
今、ショーマは遭難に近い状態になっている。
ビッグアームたちに追われてガムシャラに走ったので、何処まで森の深くまで入ったのか、どっちの方向から来たのか、分からなくなってしまっている。
ガルにも元の道がある方向は流石に分からないみたいだ。
そういう環境の上に、この身体の状態だ。
少しでも早く身体を回復させて、森の外に出る道を探すべきだ。
悠長に構えていて、またビッグアームみたいな魔物が現れないとも限らない。
身体の回復のためには、エネルギーがどうしても必要だ。
もちろん、回復以前に生きる為に食料が要る。
身体の痛みで意識を失おうとも、ショーマは食べ物を探さねばならないのだ。
「ガル、明るい内に食料を探したい。ゆっくり身体を起こしてくれるか?」
「合点承知である!」
ガルの操作で、ショーマの身体がガバッと起き上がる。
「うぎゃぁぁぁあああっ!!ゆっくり!!ゆっくりぃっ!!!」
「明るい内にさっさと食料を探すのであろう?ゆっくりもしておれんぞ、ほーれ」
ガルの操作を受けたショーマの身体は、ひょいひょいと川辺を移動する。
その間、ショーマの意識は、此岸と彼岸を行ったり来たりしていたという。
こうして、ショーマは暫くのサバイバル生活を楽しむ(?)のであった。
ガル先生の飴と鞭




