14.王都への旅路4 剛腕との会合
「な、なに⋯⋯?」
エルヴィには何が起きているのか分からなかった。誰もがもうダメだ、と思った。
ビッグアームは、この界隈では非常に危険な高ランクの魔物として知られている。巨大な腕から繰り出される一撃は、ドラゴンすら昏倒させると言われる。
その一撃を、レベル20程度の召喚士が受け止めている。いや、正確には受け流している。
ビッグアームの拳はショーマ達から逸れて地面に叩きつけられている。拳の下の地面が窪んでいるのを見て、エルヴィはゾッとする。
あんなモノがまともに当たれば、人体など軽く潰れてしまう。
「レオナールさん、動けますか!?」
ショーマがレオナールに声をかける。
レオナールは状況を飲み込めていない様だが、それでもなんとか返事を返す。
「私は大丈夫です!ですが、私ひとりではルイードを運ぶことが出来ません!」
「分かりました」
バルトルトさん!と、ショーマが馬車に向かって叫ぶ。
バルトルトは、その声にすぐさま反応して馬車を飛び出した。
「僕がアイツの相手をしている間に、ルイードを馬車に!」
幸いビッグアームは、突然現れ自分の攻撃をいなした相手を警戒して一旦距離を取っており、次の攻撃が来るまで間ができている。
ショーマは、レオナールたちから少しずつ距離を取って、巻き込まない様に注意する。
様子見をするビッグアームの慎重さは、この時ばかりはショーマたちの助けとなったが、戦闘に置いては非常に厄介なものだ。
ビッグアームは知能が高い。群れをなせば、ボーグボアのような同じ高ランクの魔物や、格上のドラゴンですら狩る。
その知能の高さは、単体での戦闘に置いても発揮される。今も、ビッグアームは相手を見極めんと、ショーマをじっと観察している。かといって隙がある訳では無い。不用意に飛び込めば簡単に潰されるだろう。
バルトルトがレオナールたちの元にたどり着き、ルイードを2人がかりで担ぎあげる。馬車に向かって2人は走り出す。
「ショーマ!お前も逃げろ!」
しかし、ショーマはその場を離れようとしない。
ショーマの様子を振り返るバルトルトの目には、様子見を止め、動き出したビッグアームの姿が映った。
「ここは任せてモフモっ⋯皆は先に行ってください!」
ショーマは、再び振り下ろされたビッグアームの剛腕をギリギリで躱す。
その間に、バルトルトとレオナールはなんとか馬車にたどり着く。
ルイードを馬車に担ぎ入れ、2人も馬車に乗り込むと、バルトルトは静かに商人に指示を出す。
「商人⋯⋯馬を出してくれ⋯!」
「そんなっ、まだショーマさんが!」
エルヴィがショーマを呼ぶのと同時に馬車が動き出す。
「バルトルトさん!どうして!」
「ショーマの覚悟を⋯無駄にしない為だ」
今、ショーマまで馬車に戻れば、馬車は確実にビッグアームに捕まる。全滅という最悪の結果に至るのは目に見えている。
ショーマは、自分1人の死という代償で、その結果を避けようとしている。
バルトルトは、そんなショーマの意図を汲み取り、ショーマを見捨てるという、冷酷にも見える決断をした。バルトルトは、自分の無力さに項垂れ、肩を震わせる。
レオナールは、なんとか生きながらえているルイードに寄り添いながら、静かに涙した。
エルヴィは、馬車の窓からショーマを振り返り、ショーマの名を叫ぶ。しかし、その叫びも激しい戦闘音に虚しく掻き消される。
そして、遠ざかる馬車からはショーマたちの姿が見えなくなっていった。
───────
「ガル!いつもの魔力循環量で戦える相手か!?」
「まあ、無理であろうな。少なくともボーグボアよりは上の相手であるな」
「よし、じゃあボーグボアの時よりも強めに頼む」
よしきた、とガルはショーマに流す魔力を強くする。
「しかしショーマよ、良いのであるか?」
ショーマは、魔力循環の強度をボーグボアの時より強くするのを、かなり嫌がっていた。動けない程の身体の痛みがよっぽどトラウマになっていたのだろう。
「そこまで魔力強度を上げんでも、上手くいなして逃げ果せることも、出来なくは無いのだぞ?」
「男には譲れないモノってのがあるんだよ」
ほう、とガルはショーマに感心する。
ラブラビットを相手に涙を流していた時からは、考えられない男らしさだ。さては、あの魔法使いの娘にでも懸想しておるな?とガルは邪推する。
「頼むぞ、ガル!」
「任せておけ親友!」
防戦一方だったショーマは、一気に攻撃に転じる。魔力循環(対物)スキルを発動し、迫り来る剛腕を迎え撃った。
「これがモフモフの受けた痛みだぁぁぁあっ!!」
魔力循環強度を上げたその攻撃は、ビッグアームの振り下ろされた腕を切り裂いた。
「ショーマよ、お主ブレないのぅ⋯」
これはモフモフの分!これはモフモフの分!そしてこれが⋯モフモフの分だぁぁぁぁあっ!




