13.王都への旅路3 迫る脅威
あれからエルヴィさんは、見張り交代の時間ギリギリで目を覚ました。
ショーマが、「おはようございます。ごめんなさい、やり過ぎちゃいました」と言うと、エルヴィさんはしばらくぼーっとした後、急に顔を真っ赤にした。
「ショーマさん、さっきのあれは⋯」
「はい、あれが魔力循環です」
いえ、そうではなくて⋯、とエルヴィさんは顔を赤くしたまま俯いてしまう。
ああ、なるほど。
「大丈夫ですよ、流石に他の人にこんな話をしたりしませんよ」
その代わり、エルヴィさんもこのことは内緒にして下さい、とショーマが言うと、エルヴィさんは大きく頷いた。
「こんな事、言える訳ないじゃないですか⋯⋯!」
エルヴィさんは不満そうにショーマを見る。ショーマは苦笑いを返すことしか出来ない。
「あんなの、初対面の人にやるべきではないと思います!」
「すみません、僕もまさかあんな事になるとは思わなくて⋯⋯」
よっぽど相性が良かったんでしょうか、とショーマがこぼすと、
「あ、相性って⋯⋯」
エルヴィさんが再び顔を赤くしてしまう。しまった、相当語弊がある言い方になってしまった。
「あー、えーと。魔力の、ですよ?魔力の」
「わ、分かってます!」
すっかりご機嫌ななめのエルヴィさんだ。これは尚更警戒されてしまいそうだな、とショーマは残念に思った。
「とにかく、ショーマさんが、レベルには見えない特殊な技能を持っていることは分かりました。」
「それだけでも分かっていただけて嬉しいです」
『特殊な』というのが、『スケベな』という風に解釈されていないことを祈るショーマだった。
「では、後は私が見張りを続けます。引き留めてしまって申し訳ありませんでした」
「あ、もうバルトルトさんと交代の時間ですよ?」
えっ、とエルヴィさんは時計で時間を確認する。因みに、この世界では時計も一般的に普及している。機械式ではなく、魔力式時計だが。
「もしかしてずっと代わりに見張りを・・・?」
「はい、そうですね」
エルヴィさんの表情が、困ったような顔になる。昼間と違って表情がコロコロ変わるので見ていて面白い。
「ごめんなさい!」
「いえいえ、エルヴィさんが寝てしまったのは僕のせいみたいなものなので、お構いなく」
謝るエルヴィさんを、ショーマは手で制する。
色んなエルヴィさんを見ることが出来たので、個人的には良かったです、とは流石に言わなかった。
さて、もう少しエルヴィさんと話しをしてみたいところだが、ショーマの眠気ももう限界だ。バルトルトさんを起こすのはエルヴィさんに任せて、ショーマは寝ることにした。
休もうかと、馬車の方に行こうとした時、ショーマは寝ているレオナールさんとルイードを見かけた。
丸くなっているルイードに包まれるように、レオナールさんが眠っている。
圧倒的モフ充を前に、ショーマは血の涙を流して羨ざるを得なかった。
その晩ショーマは、寂しさを紛らわす為、ガルを抱きしめて寝た。ひんやりとして少し寒かった。そして、ちょっと泣いた。
────────
ショーマたちの旅は5日目に突入していた。
ショーマは、寝不足だった2日目をなんとか乗り切り、その日は街の宿屋でぐっすり眠れたので、3日目以降は好調だった。
エルヴィさんも2日目は寝不足気味に見えた。あの後あまり眠れなかったみたいだ。ただ、いざ戦闘になった時、初日とは様子が違った。
近接魔法の威力が目に見えて上がっていた。それに加えて、あまり得意ではないといっていた中距離魔法も、ある程度使えるようになっていた。
恐らくは、魔力が滞っていた部分が、エルヴィさんの魔法発動に影響していたのだろう。
その変化にショーマも驚いたが、魔法を使っている当のエルヴィさんはもっと驚いていた。
最初に近接魔法を使った時は、ビックリして自分で可愛い悲鳴をあげていた。
そういう変化もあったので、3日目に野宿をした時、見張りの交代際に、また少しだけエルヴィさんと話しをした。
魔力循環についての話が中心だったが、エルヴィさんの身の上話も少し聞くことが出来た。
エルヴィさんはカデリナ出身で、農家の生まれらしい。
兄がいて、家はその兄が継ぐことになっているそうだ。
エルヴィさんは、魔力が強いこともあって、王都で軍か、ギルドで生計を立てるつもりらしい。
「外に出ないと、どこぞの農家に嫁がされる所だったので、いっそ街の外に出ることにしました。」
その相手というのも20以上歳上のおっさんだったという。相当嫌だった様で、エルヴィさんは王都への出る決心をしたそうだ。
ショーマは何故召喚士になったのかと聞かれたので、素直に、モフモフしたかったからです、と答えたら笑われた。
大真面目に答えたのに心外な!とショーマが抗議すると、尚更笑われた。くそーぅ。
そんなこんなで、エルヴィさんの警戒心もかなり薄れてきている。バルトルトさん、レオナールさんとも、仲良くなれていると思う。
ルイードにもモフモフさせて貰って、ちょっと鼻血がでた。それでまたエルヴィさんに笑われた。
このメンバーでの旅が楽しくなってきたのだが、それもあと2日だ。
無事王都にたどり着けば、皆それぞれの道に分かれていく。王都に着けば、ショーマはまた1人だ。それを思うとどうしても寂しい気持ちが出てしまう。
皆、そのまま友達でいてくれるかなぁ。揺れる馬車の中でショーマがそんなことを考えていた時だった。
馬車の外にいるルイードの鋭い鳴き声が聞こえた。今まで以上に緊迫感のある声色だ。
「皆さん、魔物です!恐らく強敵です!」
レオナールさんが緊張した面持ちで、ルイードの声を読み取る。ショーマたちは走る馬車から顔を出して、周囲を確認する。
「こりゃあ、大分マズイぞ⋯」
バルトルトさんが呟く。
猛スピードで馬車の後方から迫ってきていたのは、巨大な腕をもったゴブリン型で上級の魔物、ビッグアームだった。
「逃げろ!あいつは俺らのレベルでどうにかなる相手じゃない!」
商人が、馬車の速度を上げる。しかし、魔物の方が明らかに速い。どんどん馬車と魔物の距離が縮まり、ビッグアームはその長い腕を馬車に向けて伸ばしてきた。
馬車にビッグアームの腕が届こうとした時だった。
ガウッ!!
「ルイード!」
ルイードがビッグアームの腕に飛びかかった。ビッグアームは、馬車に伸ばしていた手を引っ込めて、ルイードの攻撃を避ける。
そして、今度はルイード目掛けてその腕を大きく振るった。でかい図体に似合わない、とんでもない攻撃スピード。
ルイードは反応出来ずに直撃を喰らって吹っ飛んだ。
「ルイード!!」
レオナールさんが馬車を飛び降りてルイードに駆け寄る。上級の魔物からの一撃で、ルイードは最早虫の息だ。
ビッグアームは、駆け寄ってきたレオナールさんに次の狙いを定める。
レオナールさんは、ルイードを庇うようにそこを動かない。いや、魔物の巨体を前にして動けないのかも知れない。
「レオナール!逃げろ!」
バルトルトさんの叫び声が街道に響き渡る。
その叫びも虚しくビッグアームの剛腕は、レオナールさん目掛けて振り下ろされる。
爆発音とも言える激しい音が地面を揺らす。激しく土煙が舞い上がる。
「レオナールさん!」
エルヴィさんの悲鳴があがる。誰もが、消えていく土煙の中に悲惨な光景を想像した。
だが、視界が開けた後に現れたのは、皆が想像した光景とは異なる状況だった。
ビッグアームの腕を、”錆び付いた剣”がギリギリの所で受け止めていた。
「⋯⋯テメェ、モフモフに何しやがる」
モフモフを守るためなら世界だって敵に回す。




