10.旅立ちの決意
ショーマがしばらくの基本方針を決めて行動して、2週間が経った。
まず、魔物討伐について。
依頼達成は中ランクの魔物でも問題なく、順調だ。魔力循環もかなり上達した。魔力循環(対物)スキルを5秒程キープ出来るようになった。その5秒で、斬り付けるタイミングとスキル発動タイミングが合わないということが、かなり減った。
ただ、召喚士としてのレベルはさほど上がっていない。
ボーグボア程の高ランクな魔物には、あの一件以来一度も出会わなかったからだ。
この街周辺であんな魔物が出ることは稀だという話だったので、いよいよ奇運招来スキルとの因果関係が怪しい。
ということで2体目の召喚はもう少し先になりそうだ。次こそはモフモフ召喚できると信じて頑張ろうと心に誓う。
それから、情報収集について。
他のギルド員や、その辺の商人を捕まえて、色々と情報を聞いた。
今いる街カデリナは、サルディア王国という国に属する所らしい。
現王政権は問題なく機能しており、政治は安定した国のようだ。国内での紛争、外国との戦争は今は無く、近隣国との通商も盛んとのことだった。話を聞いた商人さんの中にも他の国から来たという人がいた。
ヤバイ国なら早々に国を出ないといけないかも知れないと思っていたが、その必要は無さそうだ。
ただ、周辺国との国交に関しては問題があまりないが、魔物が問題になっているという。サルディア国内の魔物数が増加傾向にあり、軍や自警ギルドの手が回らなくなってきているようだ。
なので余裕のある商人などは、個人で剣士などを雇って護衛にしている。
狐耳のヴァネッサさんの所は5人も雇っていたので、かなり生活に余裕があるのだろう。あのモフモフを守る為ならもっと護衛が居てもいいくらいだと、ショーマは個人的に思ったが。
ヴァネッサさんと言えば、この街で活動している間、彼女を見かける事が何度かあった。相変わらず理性が飛びそうになるくらいのモフモフ具合だった。目が合うこともあったが、特に何があるという訳でもなかった。お互い不干渉、ショーマが理性を保つにはそれで丁度良かった。
それからガルの事についての情報、これは全く得られなかった。この辺りには記録として残っていないのか、ガルの話が冗談なのか、ショーマには判断出来ない。
そういう神話や言い伝えを調べるには、もっと大きい街に移動した方が効率が良さそうだとショーマは考えていた。
この街より大きな所には、そういう関連の資料を閲覧できるような施設もあるという情報は商人達から得られた。
最も大きな施設があるのは、王都サルディアのようだ。この街から王都までは馬車で一週間程の距離で、馬車の金額を調べてみても、今のショーマの所持金で移動は可能だった。格安宿に泊まり続けて貯金した甲斐があったというものだ。
「という事で、王都に向かおうかと思うのですが」
ショーマはギルドの受付に来ていた。
街を出る意思を示すショーマに、ギルドの受付嬢はいつもの笑顔で、そうですか、と頷いた。そして、少し残念そうな表情をした。
「寂しくなりますね。ここ暫く、ショーマさんが気さくに話してくれていたので、楽しかったのですが」
この街の自警ギルド員というのは、粗暴な雰囲気だったり、無愛想な者が多いようで、ショーマの様な、いわゆる普通に世間話をする様な人は多くないみたいだった。
ショーマの方も、この世界での知り合いなど殆どいないので、定期的に話をできるのは、ギルドの受付嬢か格安宿屋のおっさんくらいだった。よくできた受付嬢さんだったのでショーマもすぐに心を開いていた。寂しいなんて言われてしまうと、ちょっと後ろ髪をひかれてしまう。
「じゃあ、一緒に来ますか?」
「仕事があるので結構です」
寂しい気持ちを誤魔化すためにショーマが言った冗談に、笑いながら受付嬢が答える。
別れの挨拶もそこそこに、ショーマはギルドを後にする。あまり長居をすると寂しい気持ちが大きくなってしまう。
「なんだショーマよ、泣きそうになっておらぬか?」
「⋯汗が目に入っただけだよ」
ギルドから出たショーマの目は、いつもの様に赤くなっていた。
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「ふぅ⋯」
ギルドの受付嬢であるミアは、錆びた剣を背負った男を見送ると、一つ小さなため息をついた。
つい数週間前ギルドに登録に来た、錆びた剣を背負ったショーマという人は、一体何者だったのだろうか。
召喚士でありながら剣で戦い、初めこそラブラビットにすら苦戦していたようだが、それも束の間、あっという間に中級の魔物を相手に出来るようになった。
最後に報酬の受け渡しでギルドカードを確認した時、ショーマのレベルは19だった。この周辺には高ランクの魔物が殆どいない。故にこの街には、最高で18レベルのギルド員しかいない。
それをたった数週間で超えていったショーマという人は、余りにも異質な存在だった。
加えて、錆びた剣で相手を斬るなど、並の剣技ではない。
恐らくは、元は剣士として名を挙げた存在だったのだろう。何か故あって、召喚士に転職したものの、奇しくも剣の魔物が召喚され、己が真の実力を存分に発揮出来ている。そう考えると自然だ。
ラブラビットを倒すだけで涙を流し、周りからは″涙で錆び付いた剣″などと揶揄されていたが、その優しさの裏に隠された真の実力は計り知れない。
この辺りでは有名なヴァネッサ嬢を助けた時も名乗り出ようとしなかったあたりを見るに、目立ちたくない事情があるのだろう。
だが、一人でボーグボアを倒すということだけで目立ってしまうということは、この世界にいる人間であれば分かるはず。それを分かっていながら、ヴァネッサ嬢を助けたというのは、彼の人の良さなのだろう。
ヴァネッサ嬢の方も、基本的にショーマの意思に沿って不干渉の態度を取っていたが、その人と成りを周りの人間を使って調べていた様だ。それから度々ギルドの周辺でヴァネッサ嬢を見かけることもあった。
命を助けられた恩人であり、強く、優しく、気さくな彼の様子に、少なからず惹かれていたのだろう。
ショーマが王都に向かうという情報を掴んだ時、ヴァネッサ嬢はどうするのだろうか。何もしないかも知れないが、王都に向かう前に接触するかも知れない。もしかしたら王都まで追いかけて行ったりするかもしれない。
次のギルド員が受付に来るまで、ミアはずっとそんな事ばかりを考えていた。ミアは自分でも気付かぬうちに、ショーマの事を考えてしまうのだった。
新たなモフモフを求めて次の街へ




