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八月二十一日

 朝食を食べ、一息ついて今日の日記を書き始めようとぱらぱらとノートを開いた。

「結構、書いたなぁ」

 独り言をしながら読み返すと、不思議なことに気がついた。日記には先生しか出てきていない。思い出してみても、先生と夢の中の彼女しか思い出せない。病室の外には誰かが歩く足音や、どこか遠くに聞こえる話し声も聞こえる。でも誰も思い出せない。そういえば朝食も誰が持ってきて、片付けてくれているんだ?

 病室の扉があき、先生がいつものようにニコニコとした笑顔で入ってきた。

「気分はどうですか?」

「体は大丈夫ですが、何か頭が混乱しています」

 先生は、おやといった表情になった。

「先生しか思い出せないんです」

「注意深く周りを観察することです。そして五感で感じてください。それを日記に書いて記憶するのです」

 僕は先程までの違和感はもうどうでもよくなっていた。それよりダイバーダウンに入れたことを報告したかった。

「昨日の昼寝でついにダイバーダウンに入れました」

「本当! それは良かった」

 先生は破願して、声が裏返った。


「ダイバーダウンの入り方は二種類あります。一つ目は、昨日君が体験した金縛りから入る方法、もう一つは、夢のなかで目覚める方法です。そしてより深く深く潜っていくためには、夢の中で目覚める方法を習得する必要があります」

 夢の中で目覚めるというのは変な表現だ。あれ、前も聞いたことがあったかな。

「前にも聞いたことがあったかな? 見たことがあったかな? という感覚は大事にしてください」

 先生は僕の思ったことを先回りしてきた。

「少し話はそれますが、その感覚をデジャヴュといいます。脳が混乱して記憶をミスリードしたと解釈する人もいますが、デジャヴュは夢の中で目覚めるための座標になります」

「意味がわかりません」

 先生は無視して続けた。

「さらに言うと、以前に見た、ではなく、以前に見ていない、というのがさらに重要です。昨日まであった道端の木が、今日は跡形もなくなくなっている。そしてそれは誰も気づいていない。さも以前からそうだったように。それがまさにダイバーダウンの世界なのです。それに気づくために注意深く観察し記憶するのです」

 僕は、わかったようなわからないような顔をしていたんだと思う。先生は僕の顔を見てくすりと笑った。

「例えば、今この病室を見渡して、昨日とちょっと違うとか、こんなものはなかったとか感じたら、自分は夢のなかにいるのではないかって疑ってみてください。ここまでくれば自分が今、夢の中にいるんだと認識できるはずです」

 僕は病室を見渡した。四人部屋で、今は僕しかいない。僕は窓際でいつも窓の外を眺めている。ベッドの回りに目をやると、脇のデジタル時計が置いてある台の上には先生に借りた本が乱雑に置いてある。

「結局、読んでいないな」

 僕は独り言をして先生のほうに向き直った。先生はもういなかった。いつも急に来て急にいなくなる。

 とにかく病室の中は変わり映えしなかった。

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