八月十七日
ここは、どこだ。なんだか視界がぼやけている。僕は寝ているのか? 目がはっきりしないな。寝ているなら横になっているはずだけど、立って歩いている? 良く見えないな。どこを歩いているんだ? 病室じゃないぞ。どこだ、どこだ……
目を開けると、病室の天井に日が差してきているのが見えた。もう明るくなっている。不思議な感覚だった。今のがダイバーダウン? 確かに歩いていた気がする。運動靴を履いて砂の上を歩いている感覚。そういえば、砂をずっずっと踏みしめていた音も聞こえていた。そう、グラウンドを歩いていたんだ!
ニコニコと人懐っこい笑顔で先生が入ってきた。
「どうやら少し理解し始めたようですね」
「よくわかりません」
自分が見た夢に現実感があったのは確かだ。
「常に夢のことに興味を持つことです。夢を思い出そうとすることです。夢は毎晩見ていますが、ほとんどの人はそこから何も持って帰ってこれません。それはそういう習慣がないからです。記憶を辿る、という習慣のために日記を書くのは重要なんです」
先生は丸椅子に腰掛けて話し始めた。長くなりそうだ。
「まずは浅い眠りでダイバーダウンを体感しましょう。たいてい覚えている夢は明け方の浅い眠り――レム睡眠のときの夢になります。これは人間の睡眠のリズムが、明け方にレム睡眠が頻繁にくるようになっているからです。ノンレム睡眠が深い深い無意識の海の底に対し、レム睡眠はかなり浅瀬で泳いでいるというイメージです。ただ、たいていの人はノンレム睡眠まで潜ると、レム睡眠に戻ってきても無意識の夢に囚われたままです。ダイバーダウンに簡単に入るためには、一度現実の世界に戻ってくる、つまり起きることがコツになります」
先生は、熱がこもったのか、僕の質問を受け付けないようにしゃべり続けた。
「明け方いったん体を起こして目を覚まさせるのもいいかもしれませんね。一度体を動かしてからもう一度眠るのです。いわゆる二度寝です。ただ、二度寝のときすぐに寝てしまわないことです。ゆっくりゆっくり意識を保ちながら夢の世界に潜っていってください。ラバージは『夢見の技法』で、数をかぞえながら自分に暗示をかけて眠る方法を提案していますが、あまり気を入れるよりは眠れなくてもいいやと思うくらいリラックスするのがちょうどいいですね。潜っていくと目をつぶっているのになつかしい景色が見え始めるはずです。そのまま景色をながめていると、いつの間にかその場に立っているような感覚が沸いてくると思います。そこまできたら思い切って夢に身を任せてみましょう。意識が飛んだり、また戻ったりを感じるはずです。まだまだ浅瀬ですが、ここがダイバーダウンの世界です」