表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

八月十六日

 また病院の日常が始まった。ベッド脇においてあるデジタル時計に目をやるとちょうど十時を表示していた。昨日の日記を読み返してみると、結局先生はダイバーダウンのやり方は教えてくれなかった。

 朝食後、日記を書きながら、ふと今日の朝食はなんだったろうと気になった。つい一時間前に食べたばかりなのに思い出せない。確かに食べた記憶はあるけど……と思いめぐらせる。定番のごはんと味噌汁はあったな。……あったか? 窓の外を見ながら、頭の中は今朝の朝食のことで一杯になってきた。ごはんの味を思い出しながら、そういえば焼き魚があった気がするぞ。卵焼きのほのかな甘さも思い出してきた。ただ、なかなか細部まで思い出せない。箸の色はなんだった? 茶碗の色は?

「日記を書くのは、全ての事象に思い巡らせ、心にとどめることが目的なんですよ」

 朝食のことで頭が一杯だった僕は、先生がそばに来て話しかけてくるまで気がつかなかった。

「今朝の朝食のおかずは焼き鮭と目玉焼き、たくあんの漬物がありました。思い出しましたか?」

 そうだった。そう言われれば。

「目玉焼きの黄身は固焼きで、少しさめていて、少量の塩コショウで味付けされていました。茶色のプラスチックの箸は滑らかな表面で、指にぺたっとくっつく感じがします。茶碗は白のプラスチック――メラミンですね。箸が当たると低いカチャカチャという音がでる」

「えーと、そんなに細かく思い出して日記に書く必要があるんですか?」

「思い出すのではありません。その瞬間に感じるのです。心に刻むのです。日記に書くのは、あとからその感覚を思い出すためだけのものです。最初は難しいかもしれませんが、意識的に感じてください。これが日記を書く目的です。無意識に感じることができれば、もう日記を書く必要はありません。そのときには君はもう、ダイバーダウンの入り口に立っているんです」

 唐突(とうとつ)にダイバーダウンの話になったのでびっくりした。

「カルロス・カスタネダはその著作で、気がついたら手のひらをじっとみることと言っています。そして、これは夢か現実かと問いかける癖をつけることで、夢の中で手のひらを見ているときに夢と気づけるようになると。ただ手を見ているだけでは夢と気づけません。観察することが重要なのです。夢は現実とそっくりですが、うつろいやすいですから、いつもと少し違うところが出てきます。そこを見逃さないようにするのです。この方法をリアリティチェックといいます」

「わかりました。観察するんですね。手のひらもちょくちょく見てみます」

「あとは、いつもどんな夢を見たか思い出して記憶にとどめていきましょう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ