06分子構造
ペニシリンGの分子構造の決定には紆余曲折があり単純ではありませんでした。
カリウムやルビジウムを含む結晶による同位置換法や光回析像とエックス線画像を
比較したり、それはもう大変だったのです。
ここでは最初からペニシリンGの分子構造を見ながら説明したいと思います。
次に細菌の細胞壁の主要成分ペプチドグリカンを合成する酵素の分子構造です。
D-Ala-D-Ala構造といって、めっちゃ似ています。
これでルアーに掛かるお魚さんのように細菌は酵素の代わりにペニシリンを取り込
んでしまうのです。構造が違うので細胞壁を構築できません。
こうして細胞壁の合成を阻害された細菌は溶菌して死滅するのです。
人間には細菌の細胞壁は関係ないので、人間の細胞は素通りしてペニシリンは細菌
だけを攻撃するのです。
これが、ペニシリンが細菌だけを攻撃し人体が無傷な原因でした。
ペニシリンの分子構造が明らかになった為に次々と改良が始まりました。
前項の「05大量生産」でフェニル酢酸をペニシリン生産菌に添加するとペニシリン
G優良株ができる事は述べました。
実はペニシリンGは酸に弱いので、酸性の胃液で駄目になってしまうのでした。
静脈注射で投与するしかなかったのです。
そこで添加物をフェノキシ酢酸に代えてみたら酸に強いペニシリンが出来ました。
フェノキシメチルペニシリン(ペニシリンV)が生成されたのです。
耐酸性がある為に経口投与が可能になりました。
ペニシリンに強い抗菌性があるのは「β-ラクタム環」があるおかげでした。
この真ん中の四角い環がβ-ラクタムの環状構造になります(赤線部分)。
この四角いのが共通するのがβ-ラクタム系抗菌薬の特徴です。
セファロスポリンはサルデーニャ島の排水溝で採取されたカビの培地から発見され
ました。ペニシリンはグラム陰性菌に対して作用しませんがセファロスポリンは一
部のグラム陰性菌に対して作用したのです。このために「化学修飾」という加工が
行われて現在第四世代まで開発が進んでいます。
救世主とまで言われていた抗生物質もやがて細菌の耐性という思わぬ障壁にぶち当
たります。
風邪で医院に行くと感染症予防のために抗生物質を出します。養殖魚や輸入肉類に
も含まれているものがあります。
多用がたたって細菌に耐性が出来てしまいました。
現在は耐性菌と新薬のいたちゴッコが続いています。新薬はしばらく細菌に勝って
いるのですが、やがて耐性菌が現れ、またそれに対抗する新薬を作り…といった具
合なのです。
1956年にバンコマイシンが開発されました。
これは最強の抗生物質といわれ30年間にわたって使い続けられてきました。
しかし1986年に遂に耐性菌が確認されました。
そして2002年に耐性ブドウ球菌まで確認され、最初にペニシリンが確認され綿々と
続いてきた抗生物質は遂に全部効かなくなってしまう事態になりました。
そこで対処療法的な抗生物質の扱い方が始まりました。大きな病院では風邪ぐらい
では抗生物質を出さなくなりました。
出しても総合感冒薬という解熱や咳止め、頭痛に効く抗生物質でない薬です。
風邪の症状を抑えて、自分の免疫で治すわけです。
抗生物質を処方されたら、用法用量は守ってください。医師は薬剤が体内に留まる
時間と濃度を計算してお薬を出しています。5日分の薬を3日目に症状が軽くなった
からといって万が一の為にストックするのはいけません。
治りきらないでぶりかえす恐れがあります。
そうするとまた別の抗生物質をもらいます。
中途半端にストックします。
これを繰り返すと生き残った細菌が耐性菌になってしまいます。
飲み切って体内の細菌を退治する事が肝心です。