03黎明期02
単離の方法は分液ロートまで来ました。
1928年パスツールはペニシリンを発見しました。
しかしこの現象を最初の発見したのはジョン・ティンダルという物理学者でした。
1875年、彼は大気中の微粒子の研究をしている際に落下菌の実験をしていました。
今でいう環境モニタリング試験です。
その中でアオカビの生えた試験管で細菌が増殖していない事に気付きました。
物理学者だった彼はその事を一つの現象として記録し、微粒子の研究を続けたのです。この後、彼は空気中の粒子が光を散乱させ帯を引く「ティンダル現象」を発見するのです。物理学者である彼はアオカビを研究しませんでした。
50年後パスツールはそのアオカビを研究し、ペニシリンを発見しました。
1929年と1932年に二度にわたって論文を発表しました。画期的な外用薬です。
しかし単離が出来ない事、抗菌性が保てない、酸に弱い、量産出来ない等問題が山積みでした。実験室の優れた消毒薬としての評価だけで、医学会から忘れられたのでした。
というのはドイツで染料から作った抗菌剤「プロントジル」が注目を集めていたか
らなのです。時に1932年ペニシリンは自然由来物質としてプロントジルは人工化学物質としてデビューしたのです。
この発表で急に化学療法に人々は注目しました。5400種にも及ぶ誘導体が合成され病気の治療は化学療法に移行し、新薬への期待が高まったように見えた…のですが実際に臨床への実用価値があったのは20種足らずだったのです。
化学療法は行き詰まり、研究者達はペニシリンを思い出したのです。
ペニシリンの生産技術の開発がメルク社で着手された頃、やはりもうひとつの抗生物質「ストレプトマイシン」の開発が始まっていました。生成には発酵法が用いられ、精製には木炭に吸着させた後に溶出させる方法がとられていました。しかしこ
の製法によって得られた「ストレプトマイシン」は不純物も多く残存していました。
研究者ジョン・C・シーハンは次のことに気付きました。
①ストレプトマイシンがアミノ酸であり、ショ糖に非常によく似ている。
②水に溶け、砂糖水を作るように「ストレプトマイシン」水を作れるだろう。
アミノ酸は水溶性です。
しかし水と混和しないある種の有機溶剤にはまったく溶けない性質がありました。
これを利用できないだろうか?
古来ドイツでは、ショ糖やテンサイ糖から糖蜜を作るにはまず濃縮液から不純物とともに結晶化させて得ていました。
不純物は再度糖蜜水溶液にフェノール液を混ぜて抽出して取り除いていたのです。
ではこうしたらどうか?
①分液ロートに不純物を含む「ストレプトマイシン」水とフェノール液を入れる。
②分液ロートをシャカシャカ振ってはコックを開いて脱気する。
③これを繰り返し、二液を混和する。
④静置する。
⑤すると不純物はフェノール層に移る。
⑥「ストレプトマイシン」水を分液する。
⑦フリーズドライにかけて結晶化させる。
実際にやった結果、ストレプトマイシンの純粋な結晶が得られたのです。
ですがペニシリンにこの方法は使えませんでした。
紆余曲折の末、単離には9年間も掛かってしまったのです。
時代は前後しますが1930年代にペニシリン属菌をどのような培地で増殖させるかは全く未知の領域でした。
フレミングは当時一般的だった蒸した雄牛の心臓を使い、後発のチームは無機塩類とショ糖と硝酸塩を混ぜた培地を使いました。ペニシリウム属菌は生かされてはいるもののペニシリンはごく少量しか得られません。ブドウ糖、各種無機塩類、硝酸
塩を増やしてもすべてうまくいきません。肉エキス、イースト、モルトエキス、ペプトン、グリセリン、リン酸塩、乳酸塩、チオグリコール酸もだめでした。ナトリウムイオン、アンモニウムイオン、酸素、炭酸ガス濃度もだめでした。どのように
栄養培地を変えても増殖には10日間、精製に3日間、そして得られるのは粗製のペニシリンが少々でした。
注:当時の技術では250mg=40万ユニットが限界でした。
その為に947リットルの培養液が必要でした。想像を絶する非効率だったのです。
1940年ついにマウスで臨床上有効な医療薬としての実証実験に踏み切ります。
ここで実験用動物にマウスを用いていたことは偶然だったのです。
もしモルモットを使っていれば死んでしまったのです。
ウサギだったら、何の薬効もなかったのです。
そうなればペニシリンは即座に開発中止になっていたはずです。
実験結果は大成功でした。
次はいよいよ人間への臨床試験です。えっ、ホントに?
当時は臨床実験計画書の研究査問委員会への提出も被験者の同意書もありませんでした。臨床医に交渉するだけでOKが出せる時代だったのです。
小説家になろう規約では第二次世界大戦を含む以降の二次創作は認められていないので1939年以降は架空の人物になります。
次回の単離方法はアルミナ・クロマトグラフィーです。