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足音は少しずつ、近づいて来ます。
そして、遂に、男の部屋の前で止まったのです。
カフカがドアをジッと見つめていると、ドアはゆっくりと開きます。
そして、ある年のある日と同じ様に、
「何だ、そんな所にいたのか」
カフカを見つけて呆れた声で言うのは、マスターである男でした。
「……マス、ター……?」
男は、戦死した筈です。
でも、こうして、カフカの目の前に確かに存在しています。
「カフカ」
「……は、ぃ」
男は横たわるカフカに歩むと、そっとカフカの頭を撫でました。
優しい掌に、カフカはとても嬉しくなりました。
久し振りにいっぱいの笑顔を浮かべました。
「お帰、り、なさ、い、マス、タ……カフカ、ずっと、待って、た、よ……」
会いたくて。会いたくて。会いたくて。やっと会えました。
とてもとても嬉しくて、胸の奥がポカポカと温かくなるようです。
本当は手を伸ばしたいのだけど、どうしても動かせません。
それを残念がっていると、男はカフカの気持ちを察し、その手を握ってあげます。
「あぁ……もう長い事、油を挿していなかったな……」
『たまには手足に油を挿してあげてくださいよ。それは人形ですからね』
カフカはソーラードールです。
『止まってしまえば2度と動きませんので。あしからず』
ちゃんとメンテナンスをしくては、手も足も、声も頭も、錆びて止まってしまいます。2度と起動できなくなります。
でも、もう大丈夫。男が帰って来てくれました。コレで一安心です。
「……帰って、来な、く、て、寂し、か、った……
マスターは、カフカを、忘れ、ちゃった、かと、思っ、た、よ……」
「馬鹿な。お前がまた何かをやらかしちゃいないかと気がかりでならなかった」
「お屋敷、キレイキレイ、だ、よ……」
「ああ。お前がいつも掃除をしていたのを知っていた。
ずっと待っていてくれたのも、ずっと知っていた」
「ホント……?」
「ああ。ずっと見ていたから」
男は、カフカが見えない所からずっと見守っていてくれたのです。
それが嬉しくて、でももう、表情も動きません。笑顔が作れません。
「……ま、た……一緒、に、いら、れ、る、の?」
「ああ」
「良かっ、た……」
カフカはソーラードールです。人間ではありません。
だから、コレが何なのかは分かりませんが、目からいっぱいの水が溢れるのです。
男はカフカの隣に横たわり、一緒にまどろみます。
それはとても優しい時間です。暖かい時間です。
カフカはもう、寂しくありません。
*