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カフカは日差しの力を蓄えると、お布団をベッドに広げます。
「よし! コレでマスターはいつでも休めるぞ!」
カフカはふかふかのお布団を撫でると、少しだけ肩を落として俯きました。
「……どうして帰って来ないのかな?
マスターはカフカのコト、忘れちゃったのかな?」
腰をつけ、ベッドに寄りかかれば、お布団からは太陽の匂いがします。
でも、男の匂いが無い事には心がしぼんでいくようです。
「早く、会いたいな……」
男は帰りません。
戦争が始まった当初に出兵を余儀なくされ、ホテルの経営を親戚筋に任せました。
カフカも一緒に預けました。
そして、ある年のある日、男は戦場で名誉の死を遂げたのです。
男の親戚達が暫くはホテルを切り盛りしたのですが、時代の流れには逆らえず、廃業に至りました。
然し、男の残したホテルを売りに出すのは偲ばれたので、今もカフカのお屋敷としてココに在るのです。
この事の全てが、知能の低いカフカには分かりません。
ただ、
『カフカ、屋敷を頼んだぞ』
『はい、マスター!』
男の残した言葉に従順なのです。
『マスター、早く帰って来てね!』
『――ああ、必ず帰って来る』
だから、今でも待ち続けるのです。
心が無い筈のカフカに、どうして心があるのか、ソレは誰にも分かりません。
親戚達はカフカに『お屋敷を離れ、うちへおいで』と何度も言って聞かせたのですが、カフカは お屋敷を離れる事はしませんでした。
ただ、男との約束を守る為だけに、お屋敷に留まっているのです。
ただもう1度、男と会いたいのです。
もう1度、奇麗なお屋敷で一緒に過ごしたいのです。
そうしてまた頭を撫でてくれたら、それ以上の幸せはありません。
「マスター……カフカ、待ってるよ」
コレからもずっと、カフカは男を待ち続けます。
この奇麗なお屋敷で待ち続けます。
*
カフカは、今日も お掃除をします。
今日もピカピカです。今日も太陽は輝いています。
何だか今日のカフカはご機嫌です。
鼻歌を歌って、男の部屋をお掃除しています。
「今日はマスターが帰って来るような気がする!」
そんな気がします。そんな予感がします。
だから余計にお部屋を奇麗にお掃除します。
雑巾で磨く窓はすっかり透き通り、まるで空気のようです。
「あ」
ポトリ……と、雑巾はカフカの手から滑り、床に落ちました。
カフカは自分の手に目を落とし、首を傾げます。
「どうしたの?」
どうしたのでしょう? 手に、力が入りません。
雑巾を拾おうと腰を折ると、そのままバランスを崩し、ドサ! と、男のベッドに倒れ込んでしまいました。
「……――」
どうしたのでしょう? 体中から、力が抜けて行くようです。
「…う、ご、かな、い……ど、して、かな? カフカ、い、つも、元気な、の、にな……」
声も、途切れてしまいます。頭も、ボーッとします。
すると、何処から足音が聞こえて来ます。
(誰だろ……お客様かな?)
お客様が来たなら、一目散にお出迎えをするのもカフカのお仕事です。
でも、体が動きません。