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9 冷酷王 VS 王太子の偽婚約者

 エヴィルソンはバルコニーの手すりに片手をかけ、シェラーサの方を見ていた。シェラーサは彼からやや距離を取り、バルコニーの隅に立って、改めて軽く腰を落とし挨拶した。

 顔を上げ、エヴィルソンと向き合う。

 華美なものを好まないのか、上着は刺繍も含め黒一色。袖がややゆったりしており裾も長いので、上着というかガウンなのだろうが、軽く足を開き腰に短い剣を吊した立ち姿は騎士のようだ。裾から見えるブーツも黒で、先がやや尖っている。バルコニーから見える王宮の美しい景色の中、灰色の髪と相まって彼の姿だけが色を持たなかったが、瞳の青さが冷たく燃えているように見える。


 エヴィルソンは表情を変えないまま、言った。

「そなたの家系を、遡って調べさせた」

 シェラーサも表情を変えないまま、エヴィルソンを鑑賞しながら言葉の続きを待った。


 王太子妃となる令嬢に調査が入るのは当然のことで、シェラーサたちも想定している。リアンテの母と関係を持った男を含め、当時何があったかを知るものは既にナージュ家周辺にはおらず──リアンテの父が早いうちから周到に手を打ったと思われる──、シェラーサたちは問題ないと踏んでいた。

 しかし、万が一ということもある。シェラーサは、この場で殺されそうになる可能性も考慮に入れ、心の準備をした。そのときは、リアンテが死ぬ幻覚をエヴィルソンに見せなくてはならない。


 ……が、エヴィルソンは続けた。

「イダートには言わずにいたが、イダートが選んだ令嬢の家系に短命の者が多いなら、結婚は許さぬつもりでいたのだ」

 それでリアンテ一人に話をしているのか、とシェラーサは思う。エヴィルソンは言った。

「しかし、そなたの家系の者は、健康で長命の者が多いようだな」

「お陰様で、両親も祖父母も、つつがなく過ごさせていただいております」

 シェラーサは緊張を解き、軽く頭を下げる。リアンテの両親は別居はしているものの健康だし、それぞれの祖父母も健在だと聞いていた。

 エヴィルソンは城の外、眼下の湖や遠くの山々に目をやった。

「イダートがナージュ家の娘を妃に望んでいると知ったとき、国の為にあえて選んだのかと思った。聖樹が失われた今、国民の心の拠り所として、王家は聖樹の代わりを果たしている。そしてそなたは、聖樹とともに歴史を刻んできたナージュ家の一人娘。その血筋が王家に合流するのだ、ますます王家はその神聖さを強めるであろう」


(うっわー)

 シェラーサは内心、ひやりとした。

(こりゃますます、リアンテがナージュの血を引いていないことは、絶対にバレるわけにいかないわね)


 しかし、エヴィルソンはこう続けた。 

「が、それと同じほど、父としての私にとっては、長命の一族出身であることが重要だ。……あれは母親が早死にし、祖父も短命だった。知っての通り、祖母もいつとも知れぬ命だ。そなたが健康に生き、長くあれのそばにいることが、あれにとっては一番の支えとなろう」

 そして、右手を広げてバルコニーの外の景色を示す。

「このダナンディルスにとってもな」


 シェラーサはじっと、エヴィルソンを見つめた。

 短命だったイダートの祖父とは、エヴィルソンの父親だ。エヴィルソン自身が父親を早くに亡くす経験をし、そしてイダートの母である妃は不遇のうちに命を落とした。

 イダートにこれ以上の悲しみを与えまいと、エヴィルソンはリアンテの長寿を望んでいるのだろうか。しかし当のエヴィルソン自身が、イダートの母を大事にしていたとはとても思えず、シェラーサとしては「あなたがそれを言う?」と思わなくもない。

 けれど、今、国王の目を見つめていると、その言葉は本心に感じられた。

「はい。陛下のお気持ち、いつも心に留めておきます。お心遣い、ありがとうございます」

 シェラーサは皮肉な気持ちになることなく、素直にそう言った。

「どうか、陛下もいつまでもご健勝で。あ、いえ、戦士として鍛えていらっしゃるのですもの、無用な心配かもしれません」

 エヴィルソンは目を細めた。シェラーサは尋ねられる前に、おずおずとした微笑みを作って言った。

「お手に、剣だこが」

 エヴィルソンは先ほど広げた右手に目を落とすと、どこか暗い笑みを浮かべた。

「剣の腕も、いったい何のために鍛えているのやら……な」

 戦争のないこの時代、彼が今まで剣で斬り捨てたのは、身内の者しかいないのかもしれない。シェラーサがそんなことを思っていると、エヴィルソンは軽く目を細めて彼女を見た。

「そなたは私が」

 言いかけ、すぐに口をつぐむ。そして改めて、

「時間を取らせたな」

と会話の終わりを告げた。

 シェラーサはもう一度、腰を落として頭を下げる。

「私などのためにお時間をいただき、ありがとうございました。失礼いたします」

 侍女に案内されてシェラーサがバルコニーを去る時、エヴィルソンはまた、窓の向こうの湖を眺めていた。 


 控えの間に行くと、イダートがほっとしたように立ち上がった。シェラーサは微笑んで彼に近寄り、二人は連れだって廊下に出た。

 歩きだしてすぐ、シェラーサがふと後ろ髪を引かれるように振り向いて足を止めたので、イダートは声をかける。

「どうした」

「……いえ」

 前に向き直ったシェラーサの頬は、わずかに上気していた。


 もしも、エヴィルソンが言いかけたのが、「そなたは私が怖くないのか」という質問だとしたら──

 答えは決まっている。一匹の猫を助けた男を、恐れるはずもなかった。



 王太子の私室に戻ると、居間の手前、控えの間で、リアンテが待っていた。

 リアンテは今日、「シェラーサ」という名で侍女の面接を受けるため、父親の用意した紹介状を持ってシェラーサと共に王宮に入っていたのだ。

 全員で居間に入ると、すぐにイダートが尋ねる。

「リアンテ、どうだった」

「私の方は、無事に面接が済みました」

 皆でソファに落ち着きながら、リアンテが言う。

「私の顔を知っている人はいなかったようですけれど、もしいても髪や目の色が違うし、濃いめの化粧をしていたからバレなかったでしょう」

 イダートは苦笑した。

「王太子妃の座を狙っていた王丘の令嬢たちは、城に出入りする機会のある王族に侍女として仕えていたために、城の者も顔を覚えているようだ。しかし、リアンテは城の外、ワント公爵邸で暮らしていた。リアンテの顔を知るものが城に少ないのは、そのせいもあるだろう」

「それが幸運でしたね。父の思うつぼだと思うと、複雑な気分ですが。……そちらはどうでした?」

 リアンテは尋ねたが、シェラーサはソファに腰掛けたままどこかぼーっとしている。

「……どうしたの?」

 リアンテがシェラーサの手をそっと叩くと、シェラーサは我に返ったように瞬きをした。

「え?」

「謁見の間を出たときから、少し様子がおかしいな。父上に、何を言われたんだ?」

 イダートも尋ねる。

 シェラーサはゆっくりとイダートの方を向き、彼の顔をまじまじと見つめ、口を開いた。

「似てない」

「は?」

「陛下。あなたと似てないなんて。やられたわ」

 シェラーサは自分の頬を両手で挟み、ため息混じりに言った。

「いい男じゃない……! 正直、女顔のあなたの父親だしと思って期待してなかったのよ」

 イダートはむっつりとした表情になる。

「悪かったな、私は母親似だっ。いや待て、事前に肖像画を見ただろう!?」

「あんな修正入れ放題のもの見たって、信用できるもんですか」

 シェラーサは満足気にうなずいた。

「年齢が程良くにじみ出てる男って、いいわねぇ。王宮暮らしに楽しみが増えたわ」

「まあ、シェラーサは陛下みたいな男性が好みなの?」

 リアンテは少々戸惑ってしまった。

 彼女から見るエヴィルソンは、愛する人の父とはいえ、やはりその所業から「恐ろしい」という印象が強い。国王という地位と相まって、人間を容赦なく裁く神々のような畏怖を感じてしまうのだ。それを「格好いい」「○○な男」と表現してしまえるシェラーサに、リアンテは素直に感心する。

 シェラーサは「好みなのよー」とぐふぐふしてから、我に返ったように言った。

「あら失礼。ええと、さっき陛下に呼ばれて話したのはね、リアンテが長生きすることがイダートにとって一番の支えだって。愛されてるわね、イダート」

「……そうか。その父がリアンテを殺すのではないかと警戒しなくてはならないとは、皮肉なものだな」

 イダートは視線を落とす。


 シェラーサは軽く身を乗り出した。

「ねえ、あなたは国王のこと、どう思っているの?」 

「どう、とは?」

 イダートが聞き返すと、シェラーサは表情を改め、すっぱりと言った。

「父親が、妃を四人も不幸にした、ってことに対してよ。実のお母様も、でしょう?」

「シェラーサ」

 ぎょっとしたように、リアンテが目を見開く。

 イダートはリアンテにうなずきかけてから、何と答えようかとしばらく考えを巡らせる様子を見せた。やがて、口を開く。

「……父が悪いのかどうかは、誰にもわからないことだ」

「男女のことですものね。でも、国王には『冷酷王』という呼び名がついた。それでもあなたは、父親を信じている、ということ?」

「…………」

 イダートはまた黙ったが、すぐにリアンテとシェラーサの顔を交互に見て言った。

「リアンテには話したことがあるが……シェラーサは、私の母上のことはある程度知っているか?」


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