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意地悪!

「あとがき・創作メモ」と同時更新です。

 シェラーサを離宮に送り、王宮に戻ったエヴィルソンは、イダートに「王宮を出る」と打ち明けた。

 しかし、もちろんすぐに出るわけにはいかない。今後、どのように国を治めていくのかを決めてからになる。


 大臣たちには「自分がいると聖樹に呪いが集まる可能性がある」ということは伏せ、彼のミシスに乱れがあるから静養の必要があるのだ、というようにミラグ師に証言させた。あまり呪いのことをおおっぴらにしてしまうと、王家の信用が失墜してしまう。自分の信用はともかく、国を乱れさせておいてイダートに投げるつもりはなかった。

 今後の公務について話し合いをし、湖の塔にいるかつての妃や怪我をした従僕など、エヴィルソンの被害者である人々についてもさまざまな手配をする。その他にも雑事が降りかかり、日々がすぎた。


 エヴィルソンがようやく離宮に向かったのは、一ヶ月が過ぎた頃だった。

 彼が離宮で暮らすことは、シェラーサには故意に教えていなかった。逃げてしまいそうだったからだ。


 案の定、久しぶりに会ったシェラーサは「愚かな女王として名が残っている」「王家を脅した」「年齢が」と並べ立て、自分はエヴィルソンが側に置くような女ではないと言った。しかし、シェラーサは今回の一件で強さと愛情深さを見せ、何よりも恐れずに彼と向かい合い、救ってくれた。こんな女性を手放せるだろうか。 

 落ち着いた表面上とは裏腹に内心は必死のエヴィルソンがかき口説き、ようやく彼女は離宮で暮らすことを受け入れ、笑顔を見せてくれた。

(様々なものを失ったシェラーサを、私が守る)

 エヴィルソンは決意を新たにし、王宮での彼女への仕打ちを悔やみながら優しく彼女に接した。

 嬉しそうに自分を見上げる彼女を愛おしく思った瞬間、彼女もまた同じ思いでいることに気づく。互いの唇が自然に近づく経験は初めてだった。



 さて、その日の夜。

 療養していたシェラーサには部屋が与えられており、一方離宮には元々エヴィルソンの部屋がある。しかし、このまま部屋を別にしておくつもりは、エヴィルソンにはなかった。

「シェラーサ」

 小食堂で食事をとりながら、エヴィルソンは言った。

「食事が済んだら、見せたい部屋がある」

「何の部屋?」

 聞き返すシェラーサの皿は、料理があまり減っていない。小食だとは聞いていないが、と思いつつも、エヴィルソンは続けた。

「王宮の、西の塔の部屋よりは、色々と置いてある」

 二人で過ごす部屋だということを、遠回しに伝える。

「……西の塔の部屋、最低限のものしかなくて、ちょっと殺風景だったしね」

 シェラーサが笑ったので、ひとまずエヴィルソンはほっとした。

 結婚だけは何度も繰り返した彼だが、妃が彼の側にいたがるそぶりを見せたことなどほとんどない。部屋を共にしようと誘うのも、少々勇気が要ったのだ。

 エヴィルソンが食事を終えたとき、シェラーサもフォークを置いて言った。

「行く?」

「もう食べないのか」

「あまりお腹空いてなくて。今日はびっくりしすぎたわ」

 立ち上がったシェラーサが肩をすくめる。エヴィルソンも立つと、彼女の側に行って軽く肘を上げた。シェラーサがその腕に自分の腕を絡め、二人は歩きだした。


 二人の部屋は、離宮の三階にあった。絨毯や壁は灰色がかった青で、家具に白と金を使った落ち着いた雰囲気。窓が大きく切られ、昼間なら遠くまで見渡せそうだ。美しい模様の入ったランプが光を投げかけ、絵画やカーテンの飾りを照らしている。

「素敵ね」

 シェラーサは短く言っただけで、黙り込んだ。


 エヴィルソンは、自分の左腕にかけられたシェラーサの手に右手で触れる。

「手が冷たい。食事も進まなかったし、緊張しているのか?」

「げ。ええと……」

「ここに連れてきたのは、そなたとゆっくり話をしたかったからだ。結婚の誓いを盾にとって、事を急くつもりはない」

 エヴィルソンは言いながら、シェラーサをソファに座らせ自分も腰掛けた。そして、軽く顎を上げて部屋の奥の扉を示す。

「夫婦の部屋にベッドがないのは無粋だと、どこやらで聞いたから、続きの寝室に用意してある。が、今日は使わない。後でそなたの部屋まで送る」

 その言葉の途中から、シェラーサはソファの肘掛けに突っ伏してぴくぴくしていた。

「言った……言ったわ私が……」


 エヴィルソンは笑って手を伸ばし、シェラーサの髪を撫でた。

「無理しなくていい。リアンテから、そなたがここで暮らし始めてからのことは聞いている」

 ぱっ、とシェラーサが顔を上げた。

「ちょ、リアンテったら何を言ったの?」

 ちなみにリアンテは、エヴィルソンと入れ替わるようにして王宮に戻って行ってしまっている。

「シェラーサが、引き出しに指を挟んでは泣き、悪天候の日に頭が痛いと言っては泣いている、と。ずいぶん不安定なようだと」

 微笑む彼に、シェラーサは額を押さえた。

「あぁもう、ごめんなさい、正直に言ってさっきの食事中も緊張して、お腹が痛かったの。『夫』と暮らし始めたその夜って初夜みたいなもんだって思ってたから。だから痛いのを治したかったけど……もう、そんなことできなくて、もどかしくて……」

「まだ、心が落ち着かないのだろう。そなたにとって、器が壊れたのは大きな変化だ」

 エヴィルソンが言うと、シェラーサは悄然とうなずく。

「魔法が使えないだけで、こんなに不安になると思わなかった……」


 シェラーサはついこの間まで、ミシスの巨大な器を身体に持っていた。そういった人間は、その恵みを受けてほとんど体調を崩さないし、怪我なども治りやすい。エヴィルソンもそうだ。

 まして魔女だった彼女なら、ちょっとした怪我や病気でさえ魔法で治せていただろう。体調が悪い状態が続いたことが、今までなかったはずだ。

 彼女の心は、体調を自分で調節できないことに、恐慌を来しているのだった。


「森の生活ではなるべく、魔法を使わないようにしてた。でも、いつも自分の中のミシスの流れは整えてたから、体調が悪くなることなんてなかったし……怪我しても魔法があるから大丈夫だって、心は頼りきってたのね。普通の人は怪我も病気も身近にあるって、わかってたはずなのに……やだまた泣きそう、子供みたい」

 目を潤ませながら、シェラーサはため息をつく。

「今は、そなたの中はどんな状態なのだ?」

「身体にミシスが入ってきたり、出ていったりするのは感じるわ。でも少しだし、器のようなものがないからためておけないし、操れない」

 シェラーサはエヴィルソンの手を握り返す。

「こうして触れていても、陛下のミシスを感じ取れない。何だか変な感じ……」 


「そうか」

 エヴィルソンは少し考えてから──

 ──ひょい、と、シェラーサを膝に乗せた。

「え、何」

「変な感じがするなら、ゆっくり慣れればよい。私に触れることに」

彼はゆっくりと語りかける。

「子供のようでもいいではないか、そなたはいわば生まれ変わったばかりなのだから。自分を甘やかすわけには行かないか?」

シェラーサは思わずといった風に微笑む。

「……そんな風に言ってもらったら、自分のトシを忘れそう。陛下は甘やかし上手ね」

「こうしていて、私が怖くないか」

「だーかーらー、誰に向かって言ってるの、って」

 シェラーサは笑いながら指先で涙を拭き、そして眉尻を下げた。

「陛下は拍子抜けしたんじゃない? 淀みと共にあった陛下の意識を引きつけるために、ベッドがないだの全部ちょうだいだの、さんざん煽ってきた女が、今はこんな状態で」


 エヴィルソンは淡々と言った。

「戸惑っているシェラーサは、愛らしい」


「……急に口説き文句が来るわよね、陛下……」

 赤くなってうつむいたシェラーサの額に、エヴィルソンは頬を寄せた。 

(……私の中に、今、淀みは感じられない)

 エヴィルソンは考える。

(一方で、心が淀みに侵されていた期間が長かったのだから、どこかゆがんでしまったのではないかという不安はある。私自身でさえそうなのだ、私がまともなのかどうか、今のシェラーサにはわからないだろう。魔女だった時はわかった上で近づいてきたのだろうが、今は……。そんな状態の男に迫られるのは、無防備な彼女が可哀想だ)

 少し顔を傾け、唇で唇を探し当てる。

 シェラーサは、素直に応えた。

(このまま、私を恐れずに共にいてくれれば……。シェラーサは自分の年を気にしているようだが、私こそそれなりの年だ。がつがつせず、今は穏やかな時間を大事にしよう。焦ってぶちこわしにしたくない)


 唇を離したエヴィルソンは、話をする雰囲気を作った。

「腹痛は、どうだ」

「あ……れ? 治ってる。ありがとう、陛下」

「それは良かった。ところで、いつまで『陛下』と呼ぶつもりだ?」

「えっ」

 シェラーサは再び慌てだした。

「もうっ、リアンテったらどこまでしゃべっちゃったの!?」


「……何の話だ?」

 単純に、元女王に「陛下」と呼ばれるのはどうかと思っただけのエヴィルソンだったが、シェラーサはさらに慌てた。

「えっ? あれ? ……墓穴?」

「リアンテと、私の呼び方の話をしたのだな?」

「うう……そうです……」

 目を泳がせているシェラーサに、

(今度、リアンテから他にも色々と聞き出しておこう)

と思いながら、エヴィルソンは柔らかく問いつめる。

「聞きたい。どんな話を?」


「た、大した話じゃ。陛下と、名前を呼び合うくらいの仲になってみたい、って言ったことがあっただけ」

「今がその時だな。そう、名前で呼んだこともあったではないか、『エヴィルソン様』と」

「うう、はい……今後はそうします」

 あの時は半分演技だったんだけど、とぶつぶつ言っているシェラーサに、エヴィルソンはさらに突っ込んでいく。

「シェラーサという名は、自分で考えたのか?」

 シェラーサは懐かしそうに微笑んだ。

「ええ。というか、猫が」

「猫?」

「ずっと昔、森の家で飼っていた猫の名前が、プーサと言ったの。それと揃えてみただけで、深い意味なんかないのよ」


「そうか。……いや待て」

 はたとエヴィルソンは思いつく。

「その猫に名をつけたのは、誰だ?」

「えっ」

 シェラーサが目を見開いた様子を見ただけで、エヴィルソンは言い切る。

「庭師か」

「見抜くの早っ!」

 シェラーサがおののく。


 今のエヴィルソンはシェラーサに全身全霊を集中しているので、わずかな言葉や仕草から彼女の心を見抜くことができる。その鋭さと言ったら、魔法使い並だ。

(しかしそれも当然だ、私はシェラーサを心配し、そして庭師も心配していた。森で寂しく暮らす彼女に、愛玩動物を連れてくる心理……よくわかる。が、昔の男の名残は気に食わない)

 黙って考え込むエヴィルソン。シェラーサは不思議そうに、彼の顔を伺っている。


(本当は、本名を呼びたいところだが……人前で呼んでしまってもまずいな)

 エヴィルソンはシェラーサの髪を撫でながら考えた。

(シェラーサ……シェライラ……)


 そして、言った。

「シェリ、と呼んでもいいか?」


「わああああ」

 煙を噴きそうな勢いで顔を真っ赤にしたシェラーサは、彼の膝から立ち上がった。

「何その可愛い感じ! 似合わないからやめて、ほんとに私、死んじゃうから!」


 エヴィルソンは彼女を膝に引き戻し、耳元でささやいた。


「シェリ」


「意地悪!!」

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