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25【最終話】 王が手に入れたもの

「陛下……!」

 国王の大きな姿を見上げ、シェラーサは肩掛けを胸の前で握りしめた。

(イダートが来ないわけは、これかっ!)

 国王が王宮を留守にしているのなら、王太子まで王宮を離れるわけにはいかなかったのだ。


 扉を閉め、濃緑色のマントを外しながらも、エヴィルソンはじっとシェラーサを見つめている。

「……起きていて、大丈夫なのか」

「ええ、その、まあ」

 どんな顔、どんな話し方をしたらいいのかわからず、シェラーサはベッドの縁に腰掛けて視線を泳がせた。


 森で人と関わらずに暮らした時間が長かったシェラーサは、人との接し方をほとんど忘れており、幼いリアンテともその後出会ったイダートとも距離を詰めすぎるところがあった。「王太子妃」の身代わり演技は、彼女にとってむしろ人との距離をうまく調節できる結果になっており、それ以外にも魔女らしい演技をすることで自分を「作って」いた。

 しかし、今の彼女は、王太子妃でも魔女でもない。素のままの自分を、(さら)け出さねばならない。


(ああ、どうしよう。陛下、格段に顔色がよくなって、生き生きしてる。少し若く見える。ますますかっこいい。服は相変わらず黒。だがしかし、そこもいい! はい、見ました満足です! では!)

 心の中でこの会談を終わらせようとしたシェラーサだったが、エヴィルソンは椅子の背にマントをかけ、腰を下ろした。

 シェラーサは仕方なく言った。

「……ええと、陛下は、お加減は?」

 エヴィルソンは彼女をじっと見つめ、低い声で答える。

「あの直後は疲れていたが、すぐに回復した。元々、私はミシスの恵みが大きいらしいからな」

「ですよね」

 シェラーサはうつむく。

(リアンテったら、何を話せというの?「私が側にいてあげる」なんて、今まで自信満々で言えてたのは、魔女くらいしか呪いを浄化できなかったから。今ならもう、陛下は好きな方をお妃にできるのに……!)


「何と、呼べばいい」

 エヴィルソンは尋ねた。

「もう、魔女と呼ぶのはおかしいだろう」

「ええ、あの、陛下のお好きなように。お前でもババアでも」

 うろたえるあまりおかしなことを口走るシェラーサ。

 さらにエヴィルソンは言った。

「シェラーサというのは、本名ではないそうだな。シェライラ女王、と呼ばれるのも好かぬと聞いた。(かしず)かれるのも嫌がると」

(どこまでしゃべっちゃったのリアンテー!!)

 シェラーサは卒倒しそうになったが、かろうじて自分を立て直して背筋を伸ばした。

「ええ、やめて。だってそれじゃ、この場にダナンの国王と女王が同時に存在してしまうわ。それに、たった四年在位してそれから百年以上も女王やってないから、何だか変」


「では、シェラーサ」

 エヴィルソンは立ち上がると、シェラーサの前で片膝をついた。

 そして、肩掛けを強く握っていた彼女の手を、静かに握ってほどく。

「シェラーサのおかげで、国は救われた。本来なら国を救うはずの私が、逆に破滅させようとしていたのを、シェラーサが救った。今、王丘には呪いの気配はない。……感謝する」

 手の甲に、丁重に口づけが落とされた。


(あ。今度こそ死んだ)

 ぐらり、と身体を揺らしたシェラーサを、エヴィルソンが急いで手を伸ばし支える。

「辛いのか。リアンテを呼ぶか」

(ある意味とても辛い! でも恥ずかしいからリアンテは呼ばないで!)

 シェラーサは心の中で叫びながら、目を閉じて首を横に振った。

 エヴィルソンは立ち上がると、シェラーサの脇に手を入れて軽く持ち上げながら片膝をベッドに乗せ、彼女を奥の壁に寄りかからせた。ベッドがきしみ、シェラーサは焦る。

(ああっ、どうしよう……あまり近寄られると私、しばらく入浴してないから臭うかも)

 とっさに、突き放すように言った。

「わざわざお礼を言いにきて下さるなんて、ありがとうございます。でも、森の近くの住民に見られないうちに、お帰りになって。私は、罪を背負って王家から離れた人間だから」


「そうだ、そのことを話さねばならん」

 エヴィルソンは、シェラーサからやや距離を置いてベッドの隅に腰掛けると、低い声で話し始めた。

「せめてもと思い、シェライラ女王の王配について調べ直すよう、私の手の者に密かに命じた」

(うわ、忘れたい過去が次々と)

 冷や汗をかくシェラーサ。エヴィルソンは言いにくそうに続けた。

「女王の名誉を回復できればと思ったのだが……」

「ええ、証拠も証人もナシじゃ難しいでしょうね、昔の話だし。いいの、気にしないで」

 シェラーサは淡々と言った。


 頭の片隅を、母のことがかすめる。

 娘にかかった容疑を「あり得ない。ばかばかしい」と鼻で笑い飛ばし、シェラーサが湖で『死んだ』後、王家への当てつけのように立派な慰霊碑を建てた。おかげで僻地へと追放されたものの、そこで元気に暮らして寿命を全うしたらしい。

(お母様がご存命のうちに、名誉を回復できたらと思ったことはあるけれど。娘の魔法の力を知らなかったわけはないと、共犯を疑われて……怒ると怖い方だったもの、我慢できなかったのね。追放先をようやく見つけ出した時は遅くて……お会いしたかった)


「…………」

 黙り込んでいたエヴィルソンは、それから家の中を見回した。

「この家は……ああ、シェラーサを助けたという庭師が作ったのか」

「散らかってますので、あんまりじろじろ見ないで下さる?」

 シェラーサはそっぽを向きながら、内心焦る。

(作ってくれたのはウェインだけど、壁とか家具とか時間が経って壊れたところは私が直してて、すごく変だから……!)

 エヴィルソンは言った。

「ここはもう、出たらどうだ」

「……そう、ですね」

 シェラーサも、寝込んでいる間にそのことを考えていた。

 なるべく魔法に頼らないようにして生きてきたとはいえ、もう彼女のミシスの器は壊れてしまったのだ。怪我をしてもすぐには治らず、森の中で一人は辛いだろう。何よりイダートやリアンテ、侍女たちと暮らすうちに、人が側にいることに慣れてしまった。

 時間も動き出したのだ。町の人々と関わり合いながら、年を重ねるのもいいかもしれない。

「そのうち、出ることにします」

 シェラーサが言うと、エヴィルソンはすぐに答えた。

「今日、これから出るといい。王宮に部屋を用意してある」


「は? 王宮に?」

 シェラーサは思わず聞き返した。

 エヴィルソンは彼女を見つめたまま言った。

「まだ具合が良くないのだろう、恩人を置いては帰れぬ。イダートにも、シェラーサを見つけたら必ず連れ帰ってほしいと言われた。顔を見せてやってくれ」

「ああ……」

 曖昧にうなずきながら、少し疲れてきた頭でシェラーサは考える。

 リアンテも必ず「置いては帰れない」と言うだろう。イダートの顔も見たい。しかし……

「王宮には、行きません」

 シェラーサは言い、苦笑した。

「身代わりも終え、王宮に行く理由がないわ。女王だったことも明かすつもりはないし、王家を脅した魔女が舞い戻れるわけないでしょ」

 エヴィルソンは答える。

「大臣たちは、魔女は死んだと思っている。リアンテは王太子妃に戻り、後は侍女シェラーサが王宮に戻ってくるだけだ」

 シェラーサは笑いながら首を横に振ったが、次のエヴィルソンの言葉に凍り付いた。


「仮にも結婚した相手を、ここに放ってはいけない」


 急に表情を固くした彼女に、エヴィルソンがはっとして言葉を切った。

「どうした」

「……ごめんなさい」

 唇が震えてうつむいたとたん、急に涙があふれて膝に落ちた。

「私、ひどいことを。陛下に、神々の前で、嘘の誓いをさせて……あの時点で魔女失格だったのに、ずっと魔女として振る舞ったりして」


 シェラーサにとって、身代わりを始めてから最も辛かったのが、あの結婚式だった。

 自分を愛してもいない男に、神々の前で嘘の誓いをさせ、呪いで脅して近づいた。人々の考えるような「魔女」を演じ、呪いを信じさせるためだったが、自らの信仰を裏切るその行為がシェラーサにとって一番辛かったのだ。

 エヴィルソンとエヌイスの結婚式が行われると知ってから数日間、ずっと悩み──しかし、実行した。それがエヴィルソンのために一番いいと判断したからだ。

 後悔はなかった。しかしその夜だけ、会議を見に行く振りをしてイダートやリアンテから逃げ出したシェラーサは、一人泣いた。


「もう、私があなたを、呪うことはないから」

 シェラーサは途切れ途切れに言った。

「新たな王妃様を迎えれば、今度こそ二人で、支え合うことができるはず。ダナンディルスを末永く、よろしくお願いします。私は私で、これからの人生を考えたいので、気にしないでほしいの」 


「シェラーサ」

 不意に大きな手が、シェラーサの頬に触れた。涙を拭いてから、軽く上向かせられる。

 手を離したエヴィルソンは、顔をゆがめていた。

「聞いてほしい。……一人目の妃を斬った時には、私は自分が原因なのだと気づいていなかった。なぜ妃が私を嫌悪して殺そうとしたのか、わからなかった」

 彼の言葉に、シェラーサは青い瞳を見つめて耳を傾ける。

「だからとっさに、私が彼女の不義を疑って斬った、ということにした。それが結果的に、彼女の方から切りつけてきたということを隠し、親族を救うことになっただけだ。二人目の妃、イダートの母が精神を病んだ時には、自分がおかしいのではないかと思いはしたものの、原因がわからなかった。とにかくこのままではまた斬ってしまうと思い、彼女を王宮から出したのだが、妃が弱いせいにして自分から目を背けた。三人目は、最初は私を気遣って近づいてきた。つい、受け入れてしまった」

 エヴィルソンは、自嘲の笑みを浮かべた。

「その頃から、こう思い始めた。自分は国王であり、国民のミシスは自分に集まっている。さらに王家が信頼を集めれば、さらなるミシスが集まる。聖樹の代わりに呪いなど浄化できる、と。そう思うほど、不思議な自信のようなものが満ちた。……が、あれは呪いが力を増したせいだった。四人目に迎えた妃も心を病み、離縁。今でも彼女は、人との関わりを極限まで絶つことで、かろうじて安寧を得ている。危うくエヌイス嬢まで、同じ目に遭わせるところだった」


 塔で会っていた頃のエヴィルソンは、確かにおかしな自信に満ちた状態だった……と、シェラーサは思い返す。

 国王の矜持が、呪いなど何とでもできるという傲慢にすり替わってしまったのだ。


 エヴィルソンは気持ちを落ち着けるようにため息をつき、そして真剣な表情で言った。

「シェラーサが結婚式であのような行動に出、私の側にいてくれたからこそ、私は救われた。私はあの結婚に感謝している……せめてそなたの身体が治るまでの間くらい、気遣わせて欲しい。共に来てくれ」

「……でも……」

 シェラーサは迷いながら、家の中を見回した。

 リアンテの身代わりをすると決めたときに、一度この家は片づけてある。

(今すぐここを出ようと思えば出られるけど、やっぱり王宮は……)


 すると、エヴィルソンの声が、ほんの少し焦れた響きを帯びた。

「とにかく、連れていく」

 ふっ、と身体が近づいた。

「え!?」

 声を上げるシェラーサを抱き上げ、扉に向かったエヴィルソンは、つま先で扉を叩いた。

「開けてくれ」

 さっと扉が開き、リアンテの顔がのぞいて目を見開いた。

「まあ、陛下」

「連れ帰る」

 短く言ったエヴィルソンが、外に出る。そこには騎士たちが何人も待っており、シェラーサを見て目を丸くした。

(この人、本当に今度こそ私を殺すつもりかー!)

 シェラーサは真っ赤になり、エヴィルソンの腕の中で肩掛けをひっかぶった。

(これは夢。きっと夢よ!)


 ところが、王宮の玄関で出迎えたイダートは、エヴィルソンがシェラーサを連れていないことに気づいて眉を逆立てた。

「父上。シェラーサを見つけたと連絡があったのに、なぜ彼女を連れ帰らないのです?」

「途中で気が変わった」

 ぶっきらぼうに言いながら、エヴィルソンが玄関を通り抜ける。イダートはその後に続き、国王の居間に入った。

「……イダート、もし、私の行動がまたおかしかったら言ってくれ」

 向き直って眉根を寄せ、エヴィルソンは言った。

「あの森の家は、庭師とやらが彼女に作った家だとリアンテに聞いていた。一刻も早く連れ出したかった。そして戻る途中、やはり王宮にもシェラーサを置きたくないと思った。王宮は、シェラーサが王配と暮らした場所だからだ。……おかしいか? 淀みの影響だろうか」


 イダートは思わず微笑んだ。

「その程度でしたら、大丈夫かと」

 さらに「それはシェラーサの昔の男への嫉妬です」と続けそうになるのを、かろうじて飲み込む。

「……ああ。……情けないな、自分の感情が時々信じられない」

 悔しげに髪をかき上げるエヴィルソンに、イダートは笑いをこらえながら言う。

「それで父上、シェラーサはどこに?」 

「途中から、王領の私の離宮に向かわせた。リアンテがついている。……イダート」

 エヴィルソンは手をおろし、息子を見た。

「私は、王丘を出ようと思う」


 イダートは一瞬黙り込んだが、すぐに答えた。

「呪いを、集めないため……ですか」

「そうだ。おそらく聖樹の根は消滅し、本当に聖樹としての力は失われたのではないかと思うが、定かではない。大きな器を持つ私が王丘にいては、再び私と聖樹に呪いが引き寄せられる恐れがある」

 エヴィルソンは語る。

「王丘から、呪いを逸らさねば。そのためには、私はここにいてはならないのだ。それに、お前の母を含め、王宮の者たちを何人も不幸にしたことも、ここにいるべきではない理由だ」


「父上がそうおっしゃるかもしれないと、薄々思っていました」

 イダートはエヴィルソンをまっすぐに見て、言う。

「しかし、国民は何も知らない。急に国王が変われば、また不安に思うでしょう。……身体を壊したことにして、ひとまず環境の良い離宮で暮らすのはいいと思います。エヌイス嬢との婚約破棄もそのためだったのかと、彼女の面目も立つ。しかし、執務は行って下さい。離宮ででも、どこでも」

「イダート」

「大臣たちとの間には私が立ち、私も国王の執務を手伝います。急ぎの件などは、王宮でないとできないでしょうから。それ以外のことは、父上がどうぞ。……私は、本当の父上を知らない。本当の父上から色々と教わりたいのです」

 イダートは言い、そして微笑んだ。

「……志半ばで女王の座を追われた、シェラーサと共に。彼女は私の大切な友人であり、父上に必要な人だと思います。どうか、大事にしてやって下さい」

 エヴィルソンはしばらくの間、黙ってイダートを見つめていた。

 そして、微笑んだ。

「わかった」



 シェラーサは呆然としていた。

 ある日突然、滞在中の離宮に馬車が何台も横付けになり、エヴィルソンの荷物が運び込まれた。彼はここで執務を行うという。

「え、あれ、陛下とイダートは二人で国を統治するって聞いたんだけど? 陛下はこちらで暮らすの? あ、王宮は出ないとまずいから? じゃあ私がここにいると変な噂になっちゃうわね、体調もすっかり良くなったし、もう出ないと」

 あわてるシェラーサに、リアンテは微笑んだ。

「あのね、シェラーサ、噂どころじゃないの。『王太子妃の侍女シェラーサ』が、王宮から急にいなくなったじゃない? 陛下、ご自分で、シェラーサを見初めて離宮に連れていったと発表なさったそうよ」

「何それどういうこと!?」

「あなたが、私の義母になるってことじゃないかしら。嬉しいわ!」

 にっこりと両手を合わせるリアンテ。


「私は聞いてないっ!」

 シェラーサは仰天し、エヴィルソンの執務室になるらしき部屋に行くために部屋を飛び出そうとした。

 とたんに扉が開き、広い胸にぶつかりそうになる。

「シェラーサ。もう身体はすっかりいいのか」

 彼女を受け止めたのは、エヴィルソンだった。

「陛下っ」

 シェラーサは彼から離れ、さっと姿勢を正す。 

「ええ、もうすっかり! だから私、もうここを出ますから!」

「なぜだ。私と共に暮らすのは、気に入らないか」

 エヴィルソンは、すっ、とシェラーサの手を取った。

「あの結婚式を気にしているのはわかる。が、リアンテとシェラーサが入れ替わり、死と生が入れ替わった結果、国が救われた。嘘と真実が入れ替わっても、神々はお許し下さる」


「やめて」

 シェラーサは彼の手を払った。

「確かに私は、あなたを救ったかもしれない。でも、そんな私に気を遣って嘘の結婚を真実にする? ごめんだわ」

「そうじゃないわ、シェラーサ」

 リアンテが、くすくすと笑った。

「今度はあなたが騙されたのよ。あなたを手に入れると決めた、陛下にね!」

エヴィルソンは無言でもう一度、シェラーサの手を取った。


 シェラーサは口を開けたまま、リアンテを、そしてエヴィルソンを見つめた。

「なぜ……? 愚かな女王として名が残ってるのよ? そして国を脅した魔女よ? そんな女を、国王陛下ともあろうお方がなぜ? せめて魔法がまだ使えれば、役に立てるかもしれないけど」


 戸惑うシェラーサが、今度は手を振り払わないのを確認して、リアンテは笑顔のまま、部屋を出ていく。扉が閉まった。


「シェラーサ。我が国のほとんどの人間は、魔法を使えない。そうだな?」

 エヴィルソンの言葉に、シェラーサはいぶかしげな顔でうなずく。彼は続けた。

「魔法がなくとも、相手の中のミシスや呪いが見えなくとも、人と向き合い、ともに暮らす。……ただの人間になったシェラーサを、私は心から必要としている。信じてほしい……今までの所業があるのにおこがましい話だが、私の側で生きてくれないか」


 シェラーサはさっと赤くなり、下を向いた。

「うう、ここで言いなりになったら、すごく負けた感が……呪いに勝ったのに、陛下に負けた感が……あれ、負けてもいいの……?」

 エヴィルソンは、視線をそらさず、ただ黙って待っている。シェラーサはうつむいたまま、自信なさげにぼそぼそと言った。

「……年はどうしようもないわ。百ウン十歳の女なんか、側に置いてどうするのよ」

「それの何が悪いのか、私にはわからないが。そなたが長く生きなければ、私はそなたに会えなかった」

 思わず、シェラーサは噴き出した。

「やだ陛下、実は口がお上手なのね。知らなかったわ」

 エヴィルソンは握った手に力を籠める。その手はわずかに汗ばんでいた。

「これでも必死なのだ……私はそなたに最悪な部分を見られている。少しでもいいところを見せねば」

 シェラーサはますますおかしそうに笑う。エヴィルソンは屈み、わずかに眉根を寄せて彼女の顔をのぞき込んだ。

「私が怖くないか? 大丈夫か」

「……誰に向かって言ってるのかしら。この私があなたを怖がるとでも?」

 挑戦的なことを言うシェラーサだが、その頬はうっすらと上気し、目は輝いている。


 エヴィルソンは、そんなシェラーサを見て微笑んだ。シェラーサは、エヴィルソンのその間近な表情に見とれた。


 自然に二人の顔が近づき、唇が触れ合った。

 


 ダナンディルス王国には、王家の発表や噂話を、面白おかしく語り歩く詩人たちがいる。国民は彼らから情報の断片を得て、彼ら自身で隙間を埋め、物語を作る。

 国王エヴィルソンは四人の妃を失い、やがて身体を壊して離宮に移った。しかし、王太子妃リアンテが連れてきた侍女を見初め、彼女を長く側に置いた。賢く美しい侍女は王妃とはならなかったが、あらゆる面で国王を助けた。国民は皆、国王がようやく安寧を得たのだと歓迎した。

 王太子夫妻に子どもが産まれ、十数年経って後、エヴィルソンは位を完全にイダートに譲った。そして、その子どもたちにも慕われながら、元侍女と幸せに暮らした。


 国民は元侍女を、五人目の妃、と呼ぶ。



【身代わり魔女、冷酷王に挑む  完】


★登場人物紹介


シェラーサ(シェライラ)

ダナンディルス王国十六代女王。百二十数年の時を生き、後に二十代国王エヴィルソンに連れ添う。亜麻色の髪、青とも緑ともつかない色の瞳。


エヴィルソン

ダナンディルス王国二十代国王。『冷酷王』と呼ばれたが、その治世は国を繁栄に導いた。灰色の髪、青の瞳。


リアンテ

ナージュ連爵令嬢。王太子イダートと結婚、二十一代国王の王妃となり国王を助けた。金の髪、紫の瞳。


イダート

ダナンディルス王国二十一代国王。賢王として名を馳せる。白金の髪、青の瞳。



ファミア

ミラグ

エヌイス

カトル侯爵

レイシア

ニェーテ

大臣たち

ウェイン

王配


and more……




お読み頂き、ありがとうございました。

後日、あとがきと創作メモ、そして番外編もしくは後日談を投稿する予定です。

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