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16 掛け持ち妃

 内々の結婚式で、外に騒ぎが漏れなかったのが幸いだった。

 エヴィルソンとイダート、そして大臣たちは、すぐに会議の間に籠もった。エヌイスは大聖堂の控えの間で、侍女たちと共に深く眠り込んでいるところを発見され、別室で医師がついている。

 リアンテは自室に戻ると、落ち着かなげに窓の外を見たり扉を見たりしていた。


 やがて、急に扉が開いてイダートが入ってきた。

「イダート様! 会議は」

「気分が悪いといって抜けてきた。シェラーサは?」

「まだ」

 戻ってこない、と言おうとしたところで、細く開けたままの窓からするりと猫が一匹入ってきた。

 猫はたちまち、シェラーサの姿になる。

「呼んだ?」

 魔女は赤い唇で微笑んだ。


「シェラーサ! さっきのはどういうことなんだ、説明してくれ!」

 イダートが詰め寄る。シェラーサは両手を広げた。

「ご覧の通りよ。どう、魔女らしかった? あの場の人たちみんなをビビらせようと思って、雷鳴とか化粧とか、色々演出してみたんだけど」

「ばかな。いくら父上が欲しかったからと言って」

 イダートはまだ、信じられない様子だ。

「魔女が王妃などありえないと言っていたのに、なぜ急に。確かに、我々はそなたの幸せを望んでいるが、あのような……理由があるなら言ってくれ!」

「エヌイスを助けるため? でも、結婚をやめさせるだけなら他にも手があったでしょう……?」

 リアンテはイダートとシェラーサを見比べながら、おずおずと尋ねる。

 シェラーサは腰に手を当てて言った。

「だって、これが一番手っとり早いじゃない。私が五番目の妃になれば、エヌイスは望まない結婚をしなくて済むし、陛下のご乱行の事情がわかってすべて解決するかもしれないもの。ふふ、王太子妃の身代わりやってるのに、陛下の妃にもなっちゃった。掛け持ち妃ね」


「いくら何でも無茶だ!」

 イダートはさすがに、眉を逆立てた。

「王族としての役目を何だと思っているんだ。掛け持ちでできるような甘いものではない!」

「だから、王妃冠は受けなかったじゃないの」

 ほんの少し後ろめたそうに、シェラーサが肩をすくめる。

「あれ一応、権力はいらないって意味でそうしたんだけど。王妃業なんかやったら、さすがにリアンテの身代わりができないし」

「身代わり、続けるつもりなの?」

 目を見開くリアンテに、シェラーサは大きくうなずく。

「当たり前よ! でも、ああ言っちゃったし、明日は陛下と会うからちょっと身代わりはできないわ。その後もたまには、陛下と二人で過ごす時間が欲しいわね。その間だけはリアンテのそばにいられないけど、私が陛下を見張ってるんだからいいわよね?」

「二人でって……陛下がシェラーサに刃を向けたらどうするの!?」

 心配するリアンテに、シェラーサは指を一本立てる。

「誓いを破れば呪うって言ってあるし、もし刃を向けられても基本方針は変わらないわ。『何かあったら死んだふりして撤退』」

 そして再び微笑むと、

「じゃ、私、また猫になってちょっと会議をのぞいてくるわ。どういう話になってるかしらね、今」

と言うなり呪文を唱えて猫になった。

「待っ」

 イダートが止めるまもなく、猫は窓から外に出ていった。


「──っ、いくら何でも滅茶苦茶だ。掛け持ち妃だと!? どういうつもりなんだ」

 イダートは思わず、テーブルに手をつく。

「イダート様、私、シェラーサが心配です」

 リアンテは両手を握りしめる。

「魔法をあんなに楽しそうに使っていたシェラーサが、呪いを盾に人を脅すなんて、変だわ」

「式は夕方だった。人をたばかるのが得意な黄昏(シャンピ)だ、シェラーサなりに何か理屈を付けているんだろう。いや、シェラーサの心配をしている場合ではない。身代わりがどうなるのか……リアンテが無事で済めば良いが」

 イダートは髪をかきあげてため息をつくと、

「……会議に戻る。先に休んでいてくれ」

といって軽くリアンテの肩を叩き、部屋を足早に出ていった。


 リアンテは足の力が抜けるのを感じ、どっとソファに腰掛けた。

『あなたが信じてくれることが、力になる』

 そう言っていた、シェラーサの笑顔を思い出す。

(信じているわ、シェラーサ。でも、どうしてこんなことを? 何か隠しているの? 私にも話してくれないの……?)

 両手で頬を押さえ、リアンテは目を閉じて必死で考えを巡らせる。

 そして、以前自分がイダートに言ったことを思い出した。

(そう……私の身代わりなんかしていなければ、シェラーサは他の誰かに変身するとかして、陛下のおそばに行けたはず。魔女として、じゃなく。それなのに今日、あえて魔女の正体を晒したのよ。なぜ? 何か理由があるはず)


 そして、リアンテは一つの決心をした。



 翌日も、リアンテは王太子妃を続け、シェラーサは侍女として働いた。イダートは昨夜以来戻って来ず、シェラーサとリアンテが二人きりになる機会もなく、ただ時間が過ぎていった。

 夕方になり、侍女はレイシアとニェーテに交代し、シェラーサは休憩時間に入った。

(シェラーサ……)

 リアンテが一人、自室のそばの庭園に出て篝火に照らされた西の塔を見つめていると、渡り廊下をイダートが歩いてくるのが見えた。

「イダート様」

「……父上は、塔に行かれる」

 庭園に降りてきたイダートは、眉間にしわを寄せたまま言った。

「やはり皆、呪いのことを気にしている。魔女と取り引きして呪いをどうにかするにしても、とにかく会わないわけにはいかない、と。もちろん護衛は連れていく」


「イダート様、どうか、シェラーサをお怒りにならないで下さい」

 リアンテは思わず、イダートにすがる。

「決して、王家に仇なすような人ではないわ。昔から言っていましたもの、『助けを求めている人の前にしか現れないことにしている。魔女は魔女を必要としている場所以外ではうっとうしがられるものだから』って。あえて魔女の自分を晒したのは、何か考えがあってのことなのです」

「しかし、そうだとしても、それを私たちに打ち明けてはくれない」

 イダートは答えた。

 リアンテはうなずき、そして言った。

「調べましょう」


「……リアンテ。もしかして、私と同じことを考えているのか?」

 イダートの表情が、わずかに和らいだ。

 リアンテは微笑む。

「きっと、そうです。……シェラーサの過去を、調べましょう。王宮にいた頃の彼女は『誰』だったのか、なぜ一人で森で暮らすことになったのか。シェラーサが話してくれない部分に、きっと今回のことの原因があります」

「……そうだな」

 イダートも、庭園の木々の間から見えている西の塔に目を向けた。

「私たちのために身代わりになってくれたシェラーサを、私も悪く思いたくない。そのためには、彼女をより深く、知らなくてはならない」


 

 ダナンディルス王宮の西の塔は、現在は使われていないが、数代前の国王の命で建てられたものだ。外観は無骨な石造りだが、蔦が絡まっていくつも花をつけ、周囲の景色に溶け込んでいた。塔の部屋は、王宮の中で最も、湖に映る夕陽を美しく見ることができる。

 塔の入り口には、物々しく見張りの兵が立っている。しかし彼らは、裏手の小さな窓から塔に入り込んだ猫には気づかない。

 塔の内側に張り付いた石の階段を、猫は足を止めることなく上っていく。やがて踊り場に出ると、そこに両開きの扉があった。

 猫の輪郭が光とともに溶け、すっ、と伸びる。現れた魔女シェラーサは、扉に手をかけた。鍵はかかっておらず、扉は軽いきしみ音を立てながら開く。

 中に入ると、暖かな空気に包まれた。暖炉の火が赤々と燃えている。床には分厚い絨毯が敷かれ、長椅子には膝掛けが置かれている。ランプも一つ、灯されていた。

「……ちゃんと用意してくれたのはありがたいけど、これから陛下がおいでになる部屋としては、ちょっと寂しいわね」

 つぶやいたシェラーサはぐるりと部屋を見回すと、壁際にあった台の上に手をかざした。

(ニュイス)に澄む大気、星の光よ届けよ、望むものをこれへ』

 さっ、と手を払うと、そこに水差しとグラスが現れる。

 シェラーサは水差しを見つめたまま、何事か考えながら、エヴィルソンが来るのを待った。


 ギイ、と扉が開いた。

 エヴィルソンは部屋の中を見回した。暖炉の炎と、ランプに照らされた部屋に、ひと気はない。

 護衛の騎士と、ミシスに敏感な魔法学者がちらりと部屋をのぞいたが、中には入ってこず、扉を開け放したまま外に立つ。すでに部屋の中はあらためてあるのだろう。エヴィルソンはゆっくりと長椅子に近づくと、腰を下ろした。


 次の瞬間、バン! と音を立てて扉が閉まった。

 さすがにエヴィルソンもハッと立ち上がった。扉に近づき、開けようと試みたが、扉は固められたかのようにびくともしない。扉の外にいる護衛が今頃あわてて開けようとしているはずなのに、何の音もしなかった。


 ふと、部屋の中で気配が動いた。

 エヴィルソンはゆっくりと、振り返った。


 部屋の中央、絨毯の上に、青灰色の猫がいた。きっちりと足をそろえ、しっぽをその足に巻き付けるようにして、彼を見ている。

「お前は……」

 エヴィルソンは軽く目を見開き、猫に一歩、二歩と近づいた。

「お前は、いつも危険な場所に現れる……何か起こるというのか?」

 すると、猫はまるでお辞儀をするように、頭を垂れた。その姿が淡く光り──

 草色のドレスを着た若い女が、ドレスをつまみ、頭を垂れていた。


「ようこそおいで下さいました、陛下」

 女が顔を上げる。大聖堂でエヌイスに化けて入れ替わり、エヴィルソンと婚姻の誓いを結んだ、シェラーサと名乗る美しい女。

「私はあなたに助けていただいた、猫です」

 シェラーサは微笑んだ。

「私を助けて下さったあなたのおそばに上がりたくて、とうとう人間の姿で来てしまったの」

 エヴィルソンは、はっ、と笑う。

「戯れはもう良い。用件はどうした」

「あ、ごめんなさい、どうぞおかけになって。今、飲み物をご用意するわ」

「…………」

 エヴィルソンが黙って長椅子に腰掛ける。シェラーサは部屋の隅の台でグラスに飲み物を注ぎ、トレイに乗せて運んでくると、それごとエヴィルソンの隣に置いた。そして、自分は彼の足下、絨毯の上に座って彼を見上げる。

「夫婦で過ごす部屋なのに、ベッドがないなんて……無粋ね」

「戯れはもう良いと言った。王家を脅してまで私を呼んだのは、なぜだ」

 エヴィルソンは飲み物に手をつけないまま、シェラーサを見下ろした。

「そなたは大聖堂で、私にだけ聞こえるように言ったな。私が必要としているのは、お前のような女であるはずだ、と」


「ええ」

 シェラーサは、まるで見とれるように、エヴィルソンを見つめる。

「私なら、今までの四人のお妃様のようにはならないわ。ずっとそばにいてあげる」


「……何を言っている」

 エヴィルソンの声が低くなる。

 シェラーサは表情を変えず、続けた。

「今、聖樹に、悪いものがたまってしまっているんでしょう? 王族でないお妃様たちは、その影響を受けてしまったのね。そして、あの弟子も」

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