二人目 裏
「やれやれ、何とか間に合ったのね」
『黒の法』に所属している黒尽くめの大男『デッド』から一通り報告を聞いた『均衡と調停を司る神』はソファーに背を預け肩の力を抜き、より深く腰を落とす。
どうにか、大きなうねりになる前に、件の鍛冶職人を処分する事ができた。
他からの介入があるかと心配していたけれど、それは無かったらしい。
「ええ、何とか。彼の製作した装備品についても順次回収中です、が、そちらは中々難しい物もありますね。低レベルな冒険者や普通の騎士ぐらいなら問題ないのですが、やはり各国の上層部やレベル7以上の高レベル冒険者となると殺す以外に装備を奪うのは殺す以外にありませんし」
ある一定以上の地位にいるものは『物』の価値が本当によく分かっているし、金も生活に困らないというレベルは十分に満たしている。
ユニーク級、まして神代などと呼ばれる装備を交渉入手するなどほぼ不可能。
結局、奪おうと思うと実力行使になってしまうのだ。
「できうる限り回収する。その手段は問わない。その方針に変わりはないよ。が一番の懸案だった戦争の危機は回避されたようだ。なら後は周囲への影響が大きくなり過ぎないようゆっくり進めておくれ」
「はい、仰せのままに」
デッドは一礼すると総本部ギルド長室から退室して1階へ向かう。
向かいながら先日斬った、無抵抗で来られた一人の男の事を考える。
やたらと高性能な武器を安価でバラマキ、周辺諸国をも巻き込んだ大騒乱を引き起こそうとした死の武器商人。
実際、彼の所属していた南の小国は急速に力をつけていて、隣国との戦争を始める寸前だった。
それはそうだろう、兵のレベルを2つも3つも引き上げてしまうような装備品をいくらでも手に入れられる状態だったのだ。
武器があり、勝てる相手がいるなら戦いたくなるのが人であり国という物。
そんな中心にいた彼の本質、それはおそらく『生粋にして稀代の鍛冶師』だった。
しかし、それだけだ。
自分の作るものがどのような影響を与えるか、そんなことを微塵も考えたことがない幸せな思考は、ある意味羨ましくもあるが、あまりにズレていて憐憫を誘う。
そして、破綻が訪れた。
この世界に与える影響があまりに大きすぎて見逃せないものとなったとき、そこに与えられるのは『死』という平等なものだけ。
それが変わらぬ、世の摂理なのである。
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「よう、エリッシュ。どうしたい不景気な面して」
1階へ降りると、そこには数人の冒険者がたむろしていた。
この総本部に所属するのは極一部の例外を除きレベル6以上の上級者だけだ。
例に漏れず、彼らもレベル7のパーティである。
暇そうにしているということは適当な依頼が無く行く宛もないのだろう。
「なんだ、ゴレス。人の顔を見るなりご挨拶だな。たまには簡単な依頼も受けろよ」
俺は声をかけてきた男の側までツカツカと歩み寄ると、見下ろすように言ってやる。
「わ、分かってるよ。だがよ薬草拾いやら、熊の肝やら、ゴブリン退治なんてのは受ける気にはなれねぇんだよ」
高レベルしか所属しない総本部の掲示板にも、たまにこういうレベル3以下の依頼が貼りだされることがある。
むろん、それを受けるパーティなどほとんど皆無だ。
だからこそ、それらの依頼が一種の『暗号』として使われる。
当然、受ける人間は意味を理解して処理が出来る立場にいるのだ。
「ふん、気持ちは分かるが、たまには良いものだぞ。ああ、そうだ。最近小耳に挟んだんだがな、南の小国でユニーク級のミスリルの長剣が見つかったらしいぞ、他にも幾つかユニーク級の装備品が出たとか何とか」
ゴレスのパーティはまだまだ裏の仕事を引き受けるに足る様々な物が足りていない。
と上層部は判断しているのだろうし、俺もそれには賛成だ。
よって、こういう装備品の回収も良い訓練になるだろう。
「マジかよ。ちょっと情報集めて本当なら行くか!」
ゴレスとそのパーティの面々の顔色が一気に変わる。
くだんの国までまっとうな手段で移動すれば半年か悪ければ1年かかる。
彼らがしばらく総本部に戻ってくることはないだろうが、それも修行だ。
無事戻ってくれば、新しい仕事を受けることも可能になっているかもしれない。
俺は満足気な表情で頷いてみせると、更に奥のテーブルへ目を向けた。
「おー、エリッシュか。こっち来て飲めよ」
すると、丁度その時、そのテーブルを陣取っていた一人のおっさんが声をかけてきた。
見れば、そこに居たのはこの総本部の中で数少ない例外、15年も冒険者をやっていて、未だレベル3という偉業を達成している男、通称『ゴブリンハンター』のゼスクである。
「なんだ、ゼスクか。お前まだクタバってなかったんだナ」
「なんで片言よ?」
ゼスクはなんとなく嫌そうな顔をする。
ザマァミロだぜ。
「まあよ、この前のゴブリンには大層苦戦してよ、今は静養中って所だ」
俺はこの男、ゼスクの能力を全く把握できていない。
なにせレベル3で、突出した能力値やスキル、祝福なんかも持ち合わせていないのは証明されている。
それなのにレベル8や9やと、もはや人外の域に達しているような『ゴブリン』の集団を一人で駆逐してしまうのだ。
全く意味がわからない。
レベル8の自分も、興味本位でこいつとサシで戦って負けたことがある。
模擬戦じゃなければ間違いなく死んでいたな。
「またゴブリンに苦戦したのかよ。ホントあんたは成長しないな。俺は南でちょっとした交渉事を終えてきた所さ」
各国を宥めすかし、時には脅して戦争を回避することも、ちょっとした交渉の依頼だ。
掲示板に貼りだされる時のレベルは驚きの『レベル1』である。
笑えるってもんだ。
「それはそれは、ご苦労様だな。頭が回る奴が受ける仕事ってのは全く理解できないことよ。それでは『均衡と調停を司る神』に乾杯」
ゼスクはそういうと、杯を掲げながらウインクしてくる。
俺も、給仕が持ってきたグラスを受け取ると同じように杯を掲げてみせる。
まだまだ日の高い時間帯だが、おそらく気付けばまた日が昇っているのだろう。
その程度には語ることが残っているのだった。
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「ふぅ、ホント、異世界とやら来た『ちぃと』とかいう連中は何考えてるんだから分からないね。そうは思わないか『刻と時空を司る神』よ」
「そうか? 俺にはよく分かるぞ。自分がやりたいことをやってるのさ
『均衡と調停を司る神』の目の前には、一瞬前までいなかったはずの荘厳な雰囲気をまとった白髪銀眼のイケメンが姿を表し返事をした。
「やりたいこと、ねぇ。それにしちゃ歪んでると思うんだがね。善良で理解できない独特の倫理観と美意識は持っているようだけど、そんな物は異物でしか無いというのに」
「そうは言うがね『均衡と調停を司る神』よ、彼らは彼らで事情があるだろう。なにせ無理やりこの世界に連れてきているのだからな」
『刻と時空を司る神』は答える。
「ふん、何を。時空を司るあんたならそれを拒絶する事もできるはずですよ」
「はは、その話も何度目かね『均衡と調停を司る神』よ、私にその権限はないのだよ。他の神の所業に介入できるのは君の特権だという事を忘れてはいけない」
『刻と時空を司る神』は、やれやれと肩を竦める。
「ふん、ただの言い訳だね。あなたの領域に穴を開けてるんだよ。それを拒絶する権限が無いとは言わせないよ」
「無い、そういうことにしておいてくれよ」
『刻と時空を司る神』はやや苦笑する。
「どうせ面白そうだとか思ってるんだろう? 均衡と調停を司る私がどれほど苦労してるのかも分かった上で」
「あまり気にすると丸くハゲるぞ」
「だ、誰のせいだと思ってるんだい!!! それに神である私がハゲわけないだろう!!!1!!!」
思わず机を強く叩いいてしまう。
「そうかい、それは失礼。まあ一応気をつけておいてやるよ。それじゃぁな」
言いたいことだけ言を言い終えたのか、『刻と時空を司る神』は唐突に部屋から消える。
「全く、どいつもこいつも」
私は一人になって一つため息をつき次の案件へ向かう。