一人目 裏
大陸のほぼ中央には3つの大国と1つの小国と多くの『冥界へ続くダンジョン』がある。
均衡と調停を司る神を守護神とするその小国の名は『ビリデンルット』
ビリデンルットはほぼ全ての国に対していくつかの特権を持ち『ダンジョン』を管理する組織『冒険者ギルド』の総本部があることでも有名である。
そんな冒険者ギルドの総本山には当然高レベルの冒険者が集まっている。
大半の者はレベル6以上であり、現在は最高位のレベル10に認定されている人間はいないが、レベル9に認定されている25名のうち20名はここの所属になっていた。
もちろん、そんな権威あるギルドの重厚な扉を潜ってくる者は限られている。
「うぃーっす。戻ったぞー」
少なくとも、みすぼらしいオークの革鎧を更にボロボロした低レベルの中年が、真っ昼間にやる気なさげな挨拶をしながら気だるけに入れる場所ではない、はずだ。
「おー? なんだ、ゼスクじゃないか。お前生きてたのかよ」
ギルド総本部の広い1回フロアには30ほどの丸テーブルが設置されているが、その奥の一角に陣取っている複数の巨漢からそんな声がかかる。
「これはこれは、『ドレッドバスター』の皆さんじゃないか。まあなんだ、俺は辛うじて無事息災ってもんよ」
辛うじて、と、無事息災はあまりつながるような単語ではないが意味は分かる。
「なんだ、またゴブリンに殺られかけたのかよ」
その返答には嘲笑の成分が多量に混じっていた。
全員がレベル7以上で構成されている『ドレッドバスター』の構成員からすれば、10年以上レベル3のまま、ひたすらゴブリンやオークなどの雑魚ばかり倒しているゼスクという存在は滑稽な生き物に映るのだろう。
これは総本部に所属する大半の人間が同様に思っていることであった。
「いやぁ、ゴブリンリーダーは思ったより強いな。そこらじゅう傷らだけになって大変だった」
参った参った、と頭をポリポリ掻きながらゼスクと呼ばれた三十路がらみのおっさんは真っ直ぐにカウンターへ向かう。
「あら、ゼスクさんお久しぶり。ゴブリン退治程度の依頼にすごく時間がかかってたみたいだから、てっきり殺されちゃったのかと少し心配したわよ」
カウンターにはザ大人の女、といった感じの巨大山脈を両胸に携えた二十歳過ぎと思しき美女が座っており、正面までやってきたゼスクに声をかける。
「よぉ、ミリミルちゃん、心配してくれてありがとな。でもまあ仕事はキッチリ終えて帰ってきぞ」
ゼスクはやや胸を張って誇らしげに成果を報告する。
が、後ろからはゲラゲラと笑う大きな声が響いてくる。
「ぎゃはは、ゴブリン退治でキッチリとかねぇわ。どこのシロウトだ、って話よ」
「全くだ、ぐはははは、は、うぇっほぉぅ・・・・・・笑いすぎて思わずむせるっての」
「ぷくく、腹痛てぇ」
むろん笑っているのは『ドレッドバスター』の面々である。
しかし、ゼスクはそれが全く耳に入っていないという風情で、ミリミルに討伐部位を見せていた。
「確かに、ゴブリンリーダーの耳に間違いありませんね。所で一つ確認したいのですが、周辺にいたはずの普通のゴブリン、その討伐部位が無いのですがどうされました? 」
ミリミルはゼスクが差し出した『それ』を確認すると、報酬の入った小さな袋を手渡す。
「おう、それがな、やりそこねた」
ゴブリンは繁殖力が異様に高く、また種族問わずに孕ませようとするため、たとえ依頼を受けていなくても見かければ必ず殲滅し報告すること、とギルド規則で定められているのだ。
「ああ、それなんだが・・・・・・スマン。ゴブリンリーダーで手一杯で4匹ほどやりそこねた」
ゼスクはいかにもバツが悪い、とやや顔をそむけてアゴヒゲを撫でる。
「まあ、それは! それは! ・・・・・・どういう事か、詳しい話を聞かなければならないので奥へ来なさい」
ミリミルは憤怒の表情で、ガタッっと椅子が大きく揺れるほどの勢いで立ち上がると、隣にいたまだ見習いの少年に受け付けを預けてゼスクを奥へと引っ張っていった。
後には唖然とした表情の見習い少年と
またか
と笑い転げる『ドレッドバスター』の面々が残されたのだった。
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受付から奥へ向かい階段を3度登ればそこはギルドマスターの部屋が1つあるだけのフロアとなる。
ミリミルは、その一つきりの扉の前へたどり着くと、コンコンコンと三度ノックをして
「ミリミルです。カーリが戻りました、入って宜しいでしょうか?」
と告げる。
「よろしい、入り給え」
すると、若い女のようだが威厳がある声が返って来ると同時に両開きの扉が内側へと開く。
「失礼致します」
「おう、失礼するぜ」
ミリミルとカーリことゼスクは挨拶をして中へ入る。
扉は二人が入ると同時に自動的に閉まった。
誰も触れていないから魔法に類する力で制御されているのだろう。
「カーリ、よく戻りましたね。座りなさい」
中にいたのは声に違わぬ若い娘だった。
この娘、見た目は若いのだが、実は冒険者ギルド総括にして『均衡と調停を司る神』当人(?)の写身である。
ゼスクはすすめられるままにソファに座り、ミリミルはその後ろに立った。
「今回も首尾よく仕事をこなしたようですね。7公殺しの英雄が相手、簡単では無かったのでしょうが見事です。それで何か問題はありましたか?」
「英雄さんは間違いなく首を切り落としましたよ、復活もアンデット化も不可能と断定できます。まあ取り巻きは手を出してこなかったので放置しました」
本当は取り巻きも含め全員討伐が依頼だったし、英雄討伐後、奴隷の猫耳娘に襲われているのだが、そんなことはおくびにも出さない。
「そうですか、少し詳しく聞かせなさい」
ゼスクはそう請われるがままに、戦闘の様子を出来る限り詳細に伝える。
「あなた、またわざと逃しましたね? ふぅ、まあ良いでしょう中核が抜ければ瓦解するだけですから。その女達に罪はありませんし」
無表情な『均衡と調停を司る神』だが、実際は少し苦笑したような感情を漂わせながら告げる。
「ここ1~2年、特に異世界からの訪問者が多い。そして彼らはすぐに自分の力に溺れてしまう。困ったものです」
「奴らの中身はゴブリンと変わりません。なまじ力を持ったがゆえ脆いですがね」
ゼスクは辛辣な言葉を吐き出す。
「定期的にゴブリンを間引くことは必要な事、変に繁殖されては世界の均衡が危ういですから。遠からず次の依頼が出されるでしょうが、それまではゆっくり休みなさい」
『均衡と調停を司る神』はそういうと軽く手を振る。
すると統括の部屋にいたはずのゼスクは、扉の外に放り出されていた。
「やれやれ、人使いも人払いも荒い方だ」
ゼスクは肩をすくめると宿を取るべくギルドを後にするのだった。
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「さて、ミリミル。現状を報告しなさい」
『均衡と調停を司る神』と呼ばれている少女だが、この世界の『神』は万能などという言葉からは程遠い。
むろん、神は同士の独自ネットワークがあったりするが、すべての事象が分かっているわけではないのだ。
「はい、これまでに調べた内容と、ギルドへ入ってきている噂、どちらも7公殺しの英雄が死んだ、となっており、間違いはないでしょう」
ミリミルは一拍置いて続ける
「それに伴い、フェルンド王国と長年敵対関係にある隣国『マルンド皇国』が戦争の準備をはじめているようです」
「やれやれ、また戦争か。民が不憫じゃ・・・・・・しかし、現地人同士の争いなら手出しはせん」
勇者にして英雄という稀代の戦力を失った『フェルンド王国』はかなり厳しい立場に追い込まれるだろう。
それも自業自得なのだが。
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事の始まりは『フェルンド王国』の守護神である『華激と占有の神』が異世界から魂を引っ張ってきたことである。
元々、異世界人を勇者召喚や魂の転生によってこの世界へ招き入れる、ということは一昔前ではほとんど考えられなかった。
外部からの干渉による世界改変につながるからだ。
しかし実際に引っ張って来てみれば、様々な問題を起こしては、とんでも無い結果をもたらす彼ら異世界人の行動が神々のツボに嵌ったらしい。
それは喜劇であり、娯楽となった。
そんな、強い異世界人によって富を得る隣国の様子を見て『フェルンド王国』は自ら『勇者召喚』という魔法儀式を行い、異世界で死にかけていた1人の少年の魂をこの世界へと招き入れた。
『華激と占有の神』の琴線に触れる魂を持った少年は、かの神の巨大な祝福を受ける。
そして彼は国に言われるがまま行動し、隣国の大国・魔国の『七公』が1人を殺してしまったのだ。
これに激怒したのが魔国の守護神『力と負を司る神』である。
『フェルンド王国』と『魔国』は全面戦争の一歩手前まで関係が悪化。
しかし、周辺やギルド総本部、それに『均衡と調停を司る神』自らが調停することによって戦争だけは回避された。
勇者にして7公殺しの英雄もしばらくは大人しくしていたのだが、『華激と占有の神』からレベル9に認定され、盗賊退治や国境付近の小競り合いに参加しては大きな戦果を得て増長する。
そして自国内にあるダンジョンを尽く踏破、ついに勝手に隣国のダンジョンへ潜入して踏破するという、自らが盗賊が如き所業に身を委ねるようになった。
ダンジョンを統括しているのはあくまで『冒険者ギルド』だ。
これは各国の守護神全員の同意を得た決定事項であり、勝手に探索する事は許されない。
それを自国のみならず他国のダンジョンまで手を出すとは言語道断。
ついに『冒険者ギルド』と『均衡と調停を司る神』は討伐へと乗り出すことになる。
私怨ではない、念のため。
そんな訳で、ゴブリン退治(暗号)の討伐依頼が貼りだされ、そんな物を請け負うのはゼスクぐらいである。
彼にはちぃとを狩るという、裏の顔がある。
その時に名乗る名前が『カーリ』だ。
これはギルドでもごく一部だけが知るトップシークレットであった。
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「さて、今後はどうするべきか」
『均衡と調停を司る神』が思案顔になる。
「そうですね、丁度『ドレッドバスター』が暇そうにしていました。彼らを派遣すればいかがでしょう?」
平均レベルが7を超える『ドレッドバスター』なら、それだけで一個軍団に匹敵する戦力だ。
しばらく現地ギルドの依頼を受けさせれば戦争は回避できる可能性が高い。
「よかろう、そのように手配せよ」
『均衡と調停を司る神』はミリミルの意見に賛同の意を示す。
「分かりました、それでは失礼致します」
ミリミル一礼すると、さっそく手配をするために自分の持ち場へと帰ってゆく。
「ふむ、ミリミルもだいぶ使えるようになったな」
最後に『均衡と調停を司る神』の呟きが漏れ、その部屋には誰一人いなくなったのだった。