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7.うっかり捕縛の青年は


 人間がどうして此処に。いつの間に迷い込んでいたのだ。

 そんな声があちこちから聞こえてくるのがわかって、アリシアは慌てていた。

 だって、彼女は人間ではなく〈魔王〉なのだ。

 自分の必死の願いにやっと答えてくれた次代の〈魔王〉。確かにその姿は人間そのものだけれど、それでもあんな卑怯な奴等とは違う。

 それを伝えようと息を吸って、


「待て、アリシア」


 すんでで制止されてしまった。

 はっと振り向くと、忙しなく羽を羽ばたかせながらそこに浮かぶルキフェルの姿がある。


「でもルキちゃん!」

「……今はまだ、このままで良い。でなければあの男からまともに話も聞けんだろう」


 極めて冷静な言葉に、アリシアは憤りを隠せない。

 だって、だってだっていま彼女が話し掛けている相手は人間じゃないか。アリシアたちを傷付ける敵だ。此処にだってきっと何か悪いことをしようとして来たのだ。このまま見ているだけでは彼女にだって危害が加えられてしまうかもしれないじゃないか。

 それ以前に、他の魔族たちは彼女が〈魔王〉だと知らないのだ。万が一にも敵意や害意を向けられでもしたら――そんなの、嫌だ。

 だがルキフェルはそんなアリシアの心を見透かしたように言う。


「セナを案じているのはわかっている。もしもや万が一を恐れておるのもな。だが、それでもこの場であの男の話を正しく判別出来るのはあの小娘しかおらぬ。……そして、その姿は同胞達にも見せるべきものだろうよ。血の昇りすぎた、同胞たちにもな」


 ルキフェルの言いたいことは、アリシアには全部はわからない。

 けれども、なんとなく自分の行動はいま急いですべきことではないという事だけはわかった。それだけしか、わからなかった。



 * * *



 確認じみた疑問に対して笑顔と共に首肯した聖奈せなを見て、青年の顔がどんどん戸惑いと困惑の色に染まっていく。


「人間がどうしてこんなところにいるんだ!? まさか、捕まって……!?」

「あー、私はそういう訳じゃないんです」

「そういうわけじゃないって、それ以外でこんな場所にいるわけが……!」

「え、えっと……ちょっと事情がありまして?」


 純粋に心配するような問いに、聖奈はしどろもどろになりながら誤魔化すことしかできない。

 まさか魔族に召喚されましたー、だとか、しかもそれが〈魔王〉召喚の儀式によるものでー、だなどと答えられるはずもないからだ。聖奈自身も受け入れがたいのに、そんな発言をしてもお互いに困惑しかしないだろう。それは避けたい。

 青年は聖奈の答えに納得した様子はない。むしろ怪訝そうな顔ではあったが、それでも正直には答えてもらえそうにないと思ったのか、それ以上は問い詰めてくることはなかった。


「私は、南雲なぐも聖奈。聖奈で構いません、貴方のお名前を聞いても?」


 ひとつ安堵の息を吐いて、聖奈は首を傾げながら尋ねる。

 青年は眉根を寄せ、少し悩んだような素振りを見せながらも、


「ウェイン。ウェイン=リベルタだ」

「ウェインさん?」

「さんはつけなくてもいい、敬語も面倒なら構わない。それで、セナ? 俺に聞きたいことがあるって?」

「あ、うん。そうなの、聞きたいことがあって」

「出来れば答える前に縄を解いてほしさはあるが……まあ、無理だよな」


 苦笑を浮かべる青年――ウェインに、聖奈は申し訳ない気持ちにはなりながらも頷くことしかできない。

 彼自身も察しているようだが、ウェインの拘束を解くことは聖奈の一存では出来ない。ウェインはあくまでもこの場にいる魔族によって捕まった身であって、その決定に聖奈は関与出来ないからだ。

 ならばせめて、と手足の自由のきかないウェインの上体を起こさせて座っているかのような体勢にさせると、彼は短くありがとう、と言って、


「それで、俺に何が聞きたい?」

「貴方が、此処に何をしにきたのかを」


 その言葉にウェインは目を瞬かせ、息を一つ吐いた。


「さっきからそこの魔族どもにも言ってるが、俺は宝を探しに来ただけだ。今なら宝物庫に誰にも気づかれるんじゃねえかって思ってな」

「……ウェインって、泥棒なの?」

「泥棒なんかと一緒にすんな。俺はトレジャーハンターであって泥棒とは違う」

「トレジャーハンター? それって、泥棒とどう違うの?」


 聖奈にはその違いが今ひとつわからなかった。

 結局のところ、彼は此処に宝を求めてやってきていて、それを気づかれないうちに盗み出そうとしていたのだから。それって、やっぱり泥棒じゃないか。

 だがウェインは聖奈の疑問に待ってましたと言わんばかりにアクアマリンの双眸を輝かせた。


「トレジャーハンターっていうのはな、山奥や廃墟、古代遺跡や未踏遺跡に赴き、遺された旧時代の《財宝》を探し出して手に入れるロマンあふれる冒険者のことを言うんだ! そのへんのコソ泥と変わらねえ泥棒とはまったくちがう!」


 胸を張って誇らしげなウェインに、思わず聖奈は吹き出すように笑う。

 やっぱり聖奈にはその違いはわからないけれど、彼にとってはそこに明確かつ決定的な違いがあるらしい。それはちゃんと覚えてあげるべきなのだろう。

 それに、聖奈には彼が本当にそれ以外の目的がないように思えたから。


「そっか。じゃあ、そんなうっかり屋なトレジャーハンターさん?」

「……うっかり屋は余計だが、なんだ?」

「この周辺とここにいるひとたちの状況をわかっているのなら、どうかおとなしくしていてね?」

「は?」


 訝しげな反応を示したウェインに、聖奈は微笑を浮かべたまま、ね? と言い聞かせる。

 アリシアはこの周辺には人間と神族が駐留していると言っていた。そして魔族はずっとそんな人間と神族と戦い続けている。

 ウェインはあくまでもトレジャーハンターだと言う。それは嘘ではなく、おそらくは此処を取り囲む人間や神族たちとは無関係だ。ならばウェインがどのようにして決して少なくはないであろう目を掻い潜って侵入してきたかはわからないが、魔族に見付かって拘束されてしまった以上、無理に脱走するよりも彼は此処で大人しくしていたほうがずっと安全だ。

 もし逃がしたとしても、逃げ出す姿を目撃されでもすればきっと彼は今度は人間と神族の拘束を受けてしまう。

 魔族の隠れ里から逃げ出す人間。そんな存在を果たしてすぐに解放するだろうか。魔族をこうまで傷付ける者たちが――この場にいる魔族たち同様、正常な思考ができているとは思えない者たちが。


「おかしな動きをせず、ちゃんとおとなしくしてさえすれば、貴方は傷つけられたりはしないだろうから」

「いやでも、此処は魔族しか……! 魔族は、」

「――魔族は、争いを好まないんだって」


 その言葉だけは、あえて声を張り上げて口にした。

 ウェインは突然大声を出されて驚いた顔をしているが、聖奈は彼によりもその言葉を聴いて欲しいと思った者たちがいたから。

 だからはっきりと言い切って、にっこりと笑う。

 水を打ったようになったのは言葉が届いたからなのだと信じるように。

 けれどもその直後。どたばたと駆け込んできた男が広間に響き渡らせた言葉は、魔族たちの表情を凍りつかせ、生気を奪い去ったのだった。


「た、大変だ! ついにアイツが、〈勇者〉が前線に来やがったッ……!」



 * * *



 時は少しだけ遡り、聖奈がルキフェルによって落とされるようにして世界を越え、アリシアと出会ったその頃。

 〈魔の森〉と呼ばれる深い森の奥、名前も忘れられた遺跡を取り囲むようにして駐留する人間と神族の軍隊の中に、彼はいた。

 整った美貌。鬱蒼うっそうと木々が生い茂る森の中であってもなお煌めきを放って見える、切り揃えられたプラチナブロンドの短髪に、美しい青をした切れ長の瞳。背には大振りの剣を背負う、二十代も中頃に差し掛かる程度の年の頃に見えるその男は、憂いの帯びた表情でぼんやりとどこかを見詰めていた。


「……如何なされました? クロード様?」


 近付く足音と掛けられた声に、彼――クロード=ブレックは振り向く。

 向き直った先には、別の男が立っていた。二十代といった年の頃の、ライトブラウンの髪に同色の瞳を持った男性。腰には鞘に収められた細身の剣が下げられている。


「ユーシスか。いやなに、少しばかり考え事をしていただけだ」

「考え事、ですか?」

「ああ。……我々はなぜ、魔族を討ち滅ぼそうとしているのだろうか、と思ってな」

「は?」


 クロードの言葉に、ユーシスと呼ばれた男は素っ頓狂な声を上げた。

 ハッと気付いて慌てて謝罪を口にしたユーシス――ユーシス=レイルズに、クロードは構わないと小さな微笑を浮かべる。


「恐れながら、何故そのようなことを?」


 ユーシスの静かな問いに、クロードは僅かに眉を下げた。


「古くは、魔族と我々は手を取り合ったと言うだろう? それが何故、我らは神族と共に唐突に魔族の国に侵攻をすることとなり、彼らを斬ることになってしまったのか……それを、考えてしまってな」

「魔族が我等人間を脅かし、神族に仇なす存在だからでは?」

「それは、あくまでも神族の言い分だろう」


 真面目な受け答えのユーシスに、クロードは苦笑を一つ。

 頭の上に幾つもの疑問符を並べていそうなユーシスを、柔らかく細めた双眸で見詰め、だがふとクロードは憂いの帯びた表情を浮かべた。


「……もしかすると、これはただの通過点に過ぎないのかもしれないな」

「クロード様?」

「いや、なんでもない」


 ゆるゆると首を横に振るクロードに、ユーシスは訝しげな視線を向けたが、それもすぐに消え去ってしまった。


「クロード様! ユーシス様!」


 駆け寄る足音と、張り上げられた声で紡がれた二人の名前。

 ガシャガシャと身に纏う鎧を鳴らしながらやって来た兵士は、クロードとユーシスに一礼すると、はっきりとした声で告げた。


「間もなく定刻です。クロード様、ご命令を」


 頷いたクロードは、兵士とユーシスを伴い進む。 その先、森の中の少ない開けた場所には幾人もの兵士が整列していた。

 クロードは彼らを見て一度目を伏せ、開くと眉をつり上げた。


「総員、突入しろ! 遺跡の内部にいる魔族を捕らえろ。抵抗する者は殺して構わない!」


 弾かれるように動き出した兵士たちに続くように、クロードも踏み出す。 そうして背負っていた剣を抜き出した彼の表情には、先程までの憂いは一切見られない。

 一切の私情を挟むことなく、魔族の隠れ里である遺跡に彼は、〈勇者〉クロード=ブレックは足を踏み入れたのだった。


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