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40.紅蓮の魔女


 この世界には〈魔女〉、そして〈魔術師〉と呼ばれる者達がいる。

 それは、人間でありながら魔に魅入られ、人間であることを代償にして魔族となったとされる者たちの総称だ。

 彼らは元々、一様に人間としては稀有な魔法の使い手だと言われている。それ故に魔道に魅了され、人間としての倫理を犯すのだと。そうして魂さえも売るのだと。

 生まれながらの魔族ではない。けれど心と魂を悪魔へと売った忌まわしき人間である〈魔女〉と〈魔術師〉は、魔族に等しいとされ、人間であれば誰しも子供の頃から決して近づいてはならないと、関わってはならないと繰り返し言って聞かされるような危険な存在だ。

 もちろん、人間が後天的に魔族になれるはずもない。正しくは魔族の末端に近づくことは可能のようだが、考えるような魔族になることは出来ない、と魔族の少女と使い魔は語った。

 だがただの人間にとっては、それでも脅威であることに変わりはない。

 そして何よりも、ウェインにとって〈魔女〉や〈魔術師〉は、魔族以上に関わりたくない相手だった。

 命の危険という意味では、人間にとって魔族も大差ないのだが、人間であることをやめた彼らは人間とは掛け離れた思想や思考回路を持つ。ともすれば狂い歪み切った行動指針を持つがためにその思考を読むことは常人には極めて難しく、時には近づいたが最後、彼らの知的好奇心を満たす実験台となりかねないのだ。

 だから、ウェインは決して彼らに近づかないと決めていた。

 それは保護者とも呼べる天使(ハニエル)からきつく言い聞かせられたからだけではない。自分自身でも危険を抱いたからだ。――だと、いうのに。


「…………」


 目の前には柔らかな香りを放つ、香茶の注がれたカップ。その奥にはクッキーやマフィン。

 テーブルにつくウェインは、それらを前にして心底からこう思った。

 ――どうしてこうなった、と。

 ちらりと横を見遣れば、同じように椅子に座ったラピスが困惑しきりの様子で目をしばたかせ、アリシアとルキフェルもまた状況について行けていないのだろう、呆然としている。

 そりゃそうだ、と息をつきながら、ウェインは向かい合うように座る相手を見た。


「どういうつもりだ」


 睨み付け低く声をかけると、相手は小首を傾げる。


「あら。何か気に入らないものでもあった? もしかしてこの香茶の匂いがダメなのかしら? でも悪いわね、ここには紅茶はな、」

「そんな事を聞いているんじゃない。一体、何を考えて俺達を此処に招いた? ――ルディスの森に住まう〈紅蓮の魔女〉?」


 人里から離れて暮らす〈魔女〉と〈魔術師〉の数は決して少なくはない。彼らは人間からは特に恐れられる存在であるし、とにかく人と関わり暮らすということをしたがらないからだ。

 そんな彼らの中には人々の中で広く異名を知られる者達がいる。言い換えるならば、危険な存在である彼らの中でも屈指の危険人物たる者達。

 〈紅蓮の魔女〉はその中の一人だ。

 その名の通り燃え盛る炎――紅蓮のような真紅の髪を持ち、その風貌に相応しく火炎の魔法を得意とする、古くからルディス山脈の森奥に暮らしているという〈魔女〉。

 多くの人々が活用する山道のあるこの場所で、多くの人々に異名を知られ恐れられていながら、けれども具体的に非道な行いを知る者はそう多くない謎多き存在。

 それが遭遇した者がことごとく彼女により消されたからなのか、それさえも知る者はいないとされている程に。

 その不明瞭さが、ウェインには不気味で受け入れ難い。加えて、今こうしているまでの経緯についても頭が痛かった。


『あら、その背負われてる子……毒でも貰ったの? まあ、どちらでもいいわね。ついてらっしゃい、休ませる場所を貸してあげるわ』


 と、森奥でウェインたちに襲いかかってきた黒色の狼を一言で制した後、ウェインの背負う聖奈の状態に遠目でも気付いたらしい〈魔女〉は、何を思ったのかそんなことを言い出した。

 傍らに寄ってきた黒狼をひと撫でして歩き出した〈魔女〉の提案は、聖奈のことを思えば悪いものではなかったが、果たして信じてついて行っていいものか。

 悩み、アリシアと顔を見合わせたところで、更に〈魔女〉から掛けられたついてくるようにと促す声。背を見せて逃亡するという選択肢もあるにはあったが、相手は〈魔女〉。それは決して得策とは思えなかった。


『……〈魔女〉であれば、まず最悪の事態になることはあるまい。それに、〈紅蓮〉の異名に聞き覚えがある、…………気がする』

『頼りになんねえな、ぽんこつぐるみ。ラピス、万が一の時には頼む』

『ん。別にあんたが死のうが死なまいが構わないけど』

『クソガキ……! アリシアちゃんは離れないようにな』

『は、はい!』


 不服そうに震えるルキフェルを半ば無視するように短く話し終えると、ウェインは道の先で佇み待つ〈魔女〉を追って歩き出す。

 先導する〈魔女〉は時折振り向き、つかず離れずの距離を保ちながら歩いていた。そうしてしばらく進んだ先、森も奥深くに見えてきたのはひっそりと建つ一軒の小屋。

 小屋の近くには、井戸と実をつける樹木。それからやはり同じように実をつける植物が植えられた小さな畑。

 黒い狼は真っ直ぐに小屋へと向かう〈魔女〉から離れ、適当な場所で落ち着き、くるりと体を丸めてそのまま。

 〈魔女〉によって扉が開け放ったままの玄関を潜ると、そこには少々物は散乱しながらもただただ変哲もない生活感を与える空間が広がっていた。


『ちょっと物が散らかってるけど、文句は言わないでちょうだいね。その子は奥の部屋に寝かせてあげて。そっちはしばらく使ってないけど、汚してはないし……定期的に掃除はしてるから大丈夫でしょ。ああ、別に開けてすぐ襲ってくるようなモンはないから、安心なさいな』


 指差ししながら言った〈魔女〉はキッチンへと向かい、戸棚を漁り始める。

 ウェインはしばし彼女を見詰めたが、それよりも聖奈を寝かせることを優先して、〈魔女〉が指差した部屋へと向かった。

 安心しろ、とは言われたが、かといってすんなりと信じられるものではない。

 念のためにとアリシアとルキフェルに魔法の類いは掛かっていないか、しっかりと調べてもらった上でラピスに開けさせると、何事もなく扉は開く。その先には不必要な物はない、けれども温かみと清潔感のあるごく普通の寝室と思しき空間だけが広がっていた。

 室内にも魔法の類いの気配はないことを確認し、聖奈を寝かせてようやくひとつ息を吐く。

 そっと触れて確認するだけでもわかる相も変わらず高い熱と、荒い呼吸を繰り返しながら沈んだままの意識。滲む汗を拭う役目をアリシアに任せ、ルキフェルのことも置いて部屋を出てリビング空間に戻ると、テーブルの上には菓子が用意されていた。


『何もなかったでしょ、あの部屋。さすがにあたしの部屋は、入れたもんじゃないからねえ……』

『なんのつもりだ?』

『見ての通りよ。根詰めすぎも良くないものよ、ましてこれから解毒薬の材料を取りに行くというのなら、なおさらね』


 お嬢さんたちも呼んで、まずはとりあえず席につきなさいな、と〈魔女〉は微笑む。

 断れはしない。何もかもが推し量れない今のままでは。

 言われた通りにアリシアとルキフェルを呼び席に着くと、間を置かずにカップが前に並べられ、〈魔女〉は向かい側に腰掛け――そして今に至る。

 経緯を思い返しても何がなんだかわからない。それ以上に、この女が何がしたいのかがわからない。端的に言えば不気味過ぎる。

 だからこそウェインは、探るように目を細めながら言葉を重ねた。


「あの子にベッドを貸して貰えたのはありがたい。それは魔族と使い魔を連れ歩いているから、という理由なんだろうってことで納得はできる。だが、人間と神族もいるってことに気付いていないわけでもないだろ?」


 人間は〈魔女〉や〈魔術師〉を、魔族とほとんど同一視している。

 事実の程や魔族たちはどう捉えているかはウェインにはわからないが、アリシアとルキフェルの様子から(かんが)みるに、少なくとも両者の間に嫌悪の感情がないのは確かだ。

 だからこそ、ウェインには解せない。

 人間(ウェイン)神族(ラピス)を当然のように受け入れ、それ以前にそんなことなど一切気にも留めていない風であることが。そして何より、聖奈を〈魔王〉と知って家へと招き入れたのか否かが。

 ウェインの言葉が意外だったのかあるいは驚いたのか。〈紅蓮の魔女〉はカップを手に目をしばたかせていたが、不意に眉をつり上げた。


「呼び方」

「は?」

「〈紅蓮の魔女〉って呼ばれるの、キライなのよね。名も呼ばれず種族で呼ばれてるようなものだし、いい気はしないわ」


 小さなため息混じりに言って、〈魔女〉は香茶を一口。


「全ては神族が故意的に誤った情報を広め、それを誇張して更に広めた人間のせいなんでしょうけど。まったく、いい迷惑よ」

「俺はあんたの名を知らない。だが知るつもりもない。返答次第ではあんたを踏み越え、あの子を連れ此処を離れる。それだけなんだからな」

「あら、物騒ねえ。器自体は人間とはいえ、あの女の子は〈魔王〉でしょう? あなたが必死になる理由はないと思うのだけど?」


 口元に弧を描き、からかうようにゆっくりと紡がれた言葉。

 アリシアの表情が強張り、ラピスとルキフェルの警戒が深まる中、ウェインは真っ直ぐに〈魔女〉を見据え続けていた。


「……人間とはいえ、〈魔女〉だってんならやっぱ気付くか」

「ふふ、そう怖い顔をしないでちょうだい」


 くすくすと微笑む様子はウェインの眼には美しい映る事は決してなく、むしろ恐ろしさを抱く。やりにくい相手だと感じながら押し黙ると、代わるようにルキフェルが静かに口を開いた。


「貴様はそれを知っていながら何故、我らを招き入れた? 魔族ではないのだ、気付いたならば関わりたくないと思うのが普通ではないか?」

「随分と冷たい物言いねぇ。確かに〈魔女〉としてはそう考えるのが普通であることは認めるけれど、かといってあたしは苦しみ困っている人や、何よりも見知った相手を見捨てられるほど薄情ではないつもりなのよ?」

「……む?」


 訝しげなルキフェルに、〈魔女〉は少し傷ついたような、けれども仕方がないと言わんばかりに息を吐いて、形のいい唇を動かす。


憑代(よりしろ)をぬいぐるみにしてしまったがばかりに、記憶の容量まで小さくなってしまったのかしら。魔族や神族は、見目ではなく魔力や魂で相手を記憶するといわれているけれど、まさかあなたは例外とかはないわよね?」

「なんの話だ?」

「――()()()()()

「っ! 貴様、もしや……」


 〈魔女〉が口にした言葉に、ルキフェルが途端に目を見開いた。その反応に、〈魔女〉は小さく笑みを零す。


「お久しぶりですわね。長くお会いしていなかったですけれど、ようやく思い出してもらえましたかしら?」

「やはりルーシィか! そのわざとらしい口調は母君そっくりだが、在りし日の面影も、母君の面影さえもないのであれば気付けるはずもなかろう。まして、魔力まで……」

「〈魔女〉とはそういうものだもの、文句を言われてもねえ? にしても、〈紅蓮〉を継いで今はカーマインを名乗っているから、ルーシィと呼ばれるのもしばらくぶりね」

「ふむ。そうか……、そうだったな。アルツェン家は、そうして続いてきた一族だった」


 満足げに目を細める〈魔女〉に、二度、三度と頷くルキフェル。

 顔見知り、と呼ぶには親しすぎるように思うやり取りに、ウェインは眉を顰めながらアリシアを見遣ったが、彼女は緩く顔を横に振って示すだけで。


「あの、ルキちゃん? お知り合い、なんですか?」


 アリシアの問いに真っ先に反応したのは、〈魔女〉だった。


「え、ルキちゃん? なに、あなたそんな風に呼ばれてるの?」

「う、ぐ……」

「ぷっ! くくっ、あははははっ! 随分とかわいい呼ばれ方してるのねぇ! ふふっ」


 言葉を詰まらせたルキフェルを見て、真紅の髪を揺らしながら〈魔女〉は笑う。そんな彼女をルキフェルはギッと睨み付けた。


「笑うな! この器では我が何者であるか、どうにも信じてもらえぬのだ。致し方あるまい!?」

「くっ、ふふ……っ、そりゃあそうでしょうねえ。けど、結果オーライじゃないのー? それとも、まだ(あが)められ(ひざまず)かれ、(おそ)れられ(おのの)かれたい?」


 〈魔女〉が口にしたのは、やけに含みのある言葉だった。

 まさかこのぬいぐるみに宿るのは、特別な存在だとでも言いたいのだろうか。そう考えてまずウェインの脳裏に思い浮かぶのは、名乗る名前の通り魔族にとっては偉大なる、人間や神族にとっては畏怖すべき、先代魔王ルキフェルそのものである可能性だが、さすがにそれは有り得まいはずだ。

 何せ先代魔王は既に死を迎え、この大地には存在しないのだから。

 でなければ代替わりなど行われず、当代魔王がいるはずもない。

 驚きと動揺のあまり斜めに逸れすぎた思考を、ウェインは小さく深呼吸した。


「相も変わらず口が減らぬな、ルーシィ。我は世界にとって過ぎ去った存在だ……今も昔も不要な畏怖は望まぬ。それは貴様らの一族がよく知っているだろう?」

「ええ、わかってて言ったわ。貴方はうちの一族を決して見放さなかったものね。んー、でもそういうスタンスなら、あたしもルキちゃんって呼ぼうかしら? 前みたいな呼び方って、さすがにマズそうだし?」

「ぐぬ……っ! はぁ……好きにするが良い」

「――ぬいぐるみ」


 〈魔女〉と気安いやり取りを続けるルキフェルを思いのほか低くなってしまった声で呼びながら、ウェインはテーブルをトントン、と指で叩く。


「説明をしろ」

「……ひとに物を頼む態度とは思えぬが、まあよかろう」


 振り向いたルキフェルは憎々しげに睨んできたが、答えることには異論はないらしい。

 このぬいぐるみに宿る聖奈の使い魔は、どうにもウェインのことが気に食わないようだ。ことあるごとにルキフェルは噛み付き、挑んでくる。それを決まって相手取るのは、ウェイン自身がルキフェルのことを受け付けられないからなのだが。

 人間である聖奈や神族であるラピスはもちろん、魔族であるアリシアを前にしてもそんなことはないのだが、どうにもルキフェルを前にすると気が昂るところがあるのだ。

 理由も原因もわからない。ただ、ルキフェルに対して()()()()拒絶してしまうのは事実であり、どうしようもないことだった。


「何者かについては説明が要らぬだろうが、此奴は純血の魔族によって保護された〈魔女〉の一族――アルツェンの末裔だ」

「カーマイン・ルーシィ・アルツェンよ。〈魔女〉ではなく、カーマインと呼んでもらえると嬉しいわ」


 軽い紹介を受けて目元までも緩め、微笑み名乗る〈紅蓮の魔女〉カーマイン。

 その言葉にウェインが眉を顰めた一方で、アリシアが目を丸くしていた。


「純血の……? 待ってください、魔族が魔女の一族を保護しただなんて聞いたこともありません」

「そりゃあそうよ、魔族のお嬢さん。保護してもらったのはあたしのご先祖様で気が遠くなるほど昔のことで。それこそ先代魔王の統治が行われてた頃、今と同じように争いが繰り広げられていた時代だもの」

「……稀有な奴もいるんだな、魔族には」


 不意にぽつりと、ラピスが言う。

 そんな彼にも、カーマインは微笑を絶やすことはなかった。


「あら。魔族ほど他者へ寛容な種はいないわよ、神族のボウヤ。強大なものや己と違うものを畏れる人間と、自尊心が強くそれ故に自分たちのみが神に愛されるべき完全なる存在だと信じて疑わない神族。対して魔族は個人差はあるでしょうけれど、異種族を受け入れ、認めることができるわ。その相手がたとえ、互いに嫌い合う神族だとしても、ね」

「…………」

「つまり、アンタもそうして受け入れられたクチってことか」

「ええ。人並み以上に魔力が強かったってだけで人間の社会から弾かれたのよ、ご先祖様は。突然変異的かつ唐突に発露したもんだから、親からもバケモノ呼ばわりされて追い出されて、行き場をなくして途方に暮れていたところ、助けてくれたのが純血の魔族だったの」


 親も場合によってはあっさりと子供を捨てるのよねー、とカーマインはこともなげに零して、カップに口をつける。もちろんあっけらかんとしている理由は、自分自身のことではないからなのだろうけれど。

 それでも、()()()()()()言葉は、ウェインの心に深く刻まれていた。


「まあ、あたしのこともご先祖様のこともどうでもいいのよ。あたしがあなたたちに敵意や害意がないってことをわかってさえもらえればね。それよりもあの〈魔王〉の女の子、なんの毒にかかってるの?」


 半ば強引に話しを切り替えたカーマインが、カップをソーサーの上に置き首を傾げる。

 未だ彼女は信じるに値するのかについて、ウェインは掴みかねていたが、それでもルキフェルの様子からは〈魔王〉である聖奈に危害が加えられる心配だけは皆無に思えた。

 ならば、答えても問題はないのだろう。


「……ルファナの毒だ。疲労もあって、少し毒の回りが早い」

「ふぅん、厄介なもんに掛かかっちゃったもんねえ。アレは知識がなきゃ猛毒とは思えない花を咲かせるから、わからなくもないけど……」


 肩を竦めたカーマインは香茶を飲み干すと、席を立った。そのまま戸棚を開いたかと思うと、小瓶をひとつ取り出す。


「予断はできないけど、あの様子なら毒の回りが早いとはいえまだ半日は大丈夫。けど念のため進行を一時的に緩められる薬をあげるから、飲ませたげなさい」


 言いながら投げられた小瓶は、緩やかな放物線を描いてウェインの手元に落ちた。受け止めたその小瓶の中には、緑色の液体が収められている。


「解毒剤の素材はほとんどこの家にあるけど、クルフの果実だけは採りに行かなきゃなんないわね。案内するから、早速出るわよ」

「待て。あんたがあの子のために、俺たちへそこまで協力する理由なんかないだろ?」


 まるで飾るかのように引っ掛けられていた帽子を手に取り被ったカーマインに、ウェインは静かに声をかけた。

 彼女の行動は、さっぱり理解が出来ない。物事に対して示される行動にはどうやっても損得や、それに近い理由が存在する。

 例えば聖奈がアリシアの涙を原動力ときっかけとしてここまで来たように、それが他者には理解できなかったとしても、そこには理由がある。そのはずなのに、カーマインは曖昧だ。

 先祖が魔族に救われ、使い魔であるルキフェルとも顔見知り。わかることはその程度で、アリシアに親しみを覚えるまでは納得できても、〈魔王〉とはいえ人間である聖奈やウェイン、そして神族であるラピスにまでも友好的で、聖奈を助けようとすることには納得がいかない。

 カーマインはウェインへと振り向き、アリシアたちを一瞥すると片目を瞑っておどけて見せた。


「〈魔女〉ってのはね、好奇心旺盛なものなのよ?」


 答えになっていない答えは、ウェインには理解しかねるものだった。






 クルフの果実を採りに向かうのは、カーマインを案内役としてウェインだけとなった。

 聖奈の看病はアリシアに任せるのが一番であったし、とすればその護衛役としてラピスを残すことを選ぶのは必然。ルキフェルに関しては本人はついてくるつもりでいたようだが、使い魔であるルキフェルが主人(マスター)から離れることは自殺行為だから、とカーマインによって言いくるめられ留守番となった。

 ルキフェルは頑として自分は聖奈の使い魔ではないと言い張っているが、使い魔は例外なく活動に契約者の魔力を用いる。そしてその供給は、契約者との距離が離れすぎると途絶えることとなるらしい。

 いくら本人が認めずとも、それが適用される可能性があるのならば無茶は出来ないということは、ルキフェルにもわかったようだ。

 そもそも使い魔は、この世界ではなく〈狭間の領域〉と呼ばれる場所に暮らす存在。それ故にこの世界に生きるどんな人々よりも強大な力を有し、また人智を越えた存在でもあるといわれている。つまり彼らは契約者を変えこの世界に再臨することも少なくないようなのだが、だとするとルキフェルがその辺りの知識に疎いのは何故なのか。使い魔に纏わる事に明るくないウェインにはわからない。


「この森は魔物がいないわけではないから、気を付けていきましょ」

「……ああ」


 家の外に出るなり黒い狼へと留守を頼んだカーマインは、大きく伸びをする。

 ウェインは彼女をちらりと一瞥して、短く頷いた。


「ツレないわねぇ。クールな子なのかしら、それともそんなにあの女の子のことが心配?」

「あんたには関係ないだろう」

「そうねぇ、関係はないわねぇ? でも興味はあるわ」


 のんびりと歩き出したカーマインに、こっちよ、と呼び掛けられてウェインはその背を追った。


「あたしは言ったわよね、()()()が〈魔王〉のために、()()()()()()()()()必死になる理由はないと思うって」


 その瞬間、少なからず浮かんでいたであろう苛立ちさえも抜け落ちるのが、自分でもわかった。

 ぴたりと足を止め顔を上げると、カーマインは少し先で笑みを浮かべていた。くすくす、と愉しげにも感じる笑みを溢す〈魔女〉を、真っ直ぐに見据える。


「ふふっ。ねえ、あなたはどうしてあの子を助けようとしてるのかしら?」


 にんまりと目を細めて笑うその姿は、ウェインの目には悪魔のように映った。



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