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38.それは小さな出来事


 聖奈とアリシアが水浴びを終えて戻ってくるのと、(たきぎ)を集めて戻ったウェインが戻ったのはほとんど変わらなかった。

 よく澄んだ水面に木漏れ日が反射され煌めく美しい光景に興奮し、本当はもっと楽しみたいところではあったけれど、観光気分でいるわけにもいかない。

 時折忘れそうになるが、聖奈は命を狙われているのだ。そして、油断をしていれば未だ即死は免れないだろう。それだけはなんとしても勘弁だ。


「ということで、食材集めに行ってこようと思う」


 と、慣れた手付きで火起こしを済ませたウェインは、はっきりと宣言した。

 そんな彼を見据えながら、聖奈は口を開く。


「私も行っていい?」

「ん? 着いてくるか? ならぬいぐるみはアリシアちゃんと留守番だな」


 まさか快諾してくれるとは。聖奈は思わず目を丸くしながらウェインを見詰めた。

 自慢ではないが、聖奈はサバイバル的な生存能力は皆無だ。知識もさほどないのだから当たり前なのだが、野性動物を捕まえることも捌くことも出来ないし、魚釣りもしたことはなく、食べられる野草がわかるわけでもない。これらは全て、〈魔の森〉での野宿の時に露呈することになった事実だ。どれだけ役に立たないか、彼はよく知っているだろうに。

 本気なの? 私なにも出来ないけど?

 視線だけで問い掛ければ、ウェインは小さく微笑んだ。


「大丈夫、最初からセナちゃんのことは人手として数えてないから」

「それ大丈夫って言わない!」


 すかさず叫んだが、彼の言葉を否定することは出来なかった。悲しいかな、事実だからだ。

 それでも納得がいかなくて声を荒らげると、ウェインは笑みを絶やさぬまま言葉を付け足す。


「ま、誰でも最初はそんなもんだって。俺もそうだったし。本人が覚える気があるってんなら、見ることも大切な勉強になるしな」

「……出来るようになるもんなのかなぁ」

「なるなる。てか出来るようになってくれなきゃ困る」

「いや、ほんと何から何まで頼りっぱなしでごめんなさい」


 戦いにおいてもそれ以外でも、本当に頼りっぱなしだ。それを苦ともしないから甘えてしまってしまっているところもあるけれど、そこにあぐらをかくわけにもいくまい。

 ほんの少しだけ眉を下げると、ウェインは目をしばたかせ、やがてにんまりと口許に弧を描いた。


「働き者のウェインさんに惚れてくれてもいいんですよ?」

「ないかなー」

「セナちゃんってば容赦なーい」

「あー、うん、ありがとう」

「誉めてないぞー? でもそういうとこ嫌いじゃないかなー」


 ウェインのノリは時折、謎だ。

 にこにこと機嫌が良さそうに笑う彼を見ながら、心底思う。嫌いではないし、このノリの良さに救われているところも確かにあるのだけれど。

 しばらく見詰めていると、ウェインは不思議そうに首を傾げる。

 なんでもない、と答えると、すんなりと引き下がった彼は、アクアマリンの双眸を緩やかにラピスへと移した。


「お前も行くぞ」


 告げられて、ラピスは僅かに眉を顰める。


「……狩りとかしたことないけど」

「お前もか……だとしても飲み込み早そうだから問題ねえだろ」

「遠回しに貶されてんのかな、私」

「セナちゃんなら、どうしてもダメでも俺が手取り足取り――ぶえっ!?」


 刹那、空を裂きながらウェインの横っ面にぶつけられたのは白い物体――タオルだった。ご丁寧に丸めて結んであるそれは、音を立ててめり込んだ気がする。

 ぼと、と落ちるタオルをそのままに、投げた張本人であるアリシアを見れば、眉をつり上げてウェインを睨み付けていた。


「その先は言葉を紡ぐことさえも許しません!」


 勇ましく言い切ったアリシアの傍らで、ルキフェルがじとりとした視線をウェインへと向ける。


「煩悩ごと死滅しろ」

「うるせえ! 煩悩の前にてめぇが死滅しろぬいぐるみ! ってか普通にいてぇ……! なんで精度あがってんの、アリシアちゃん……」


 直撃した頬を押さえ、地面に落ちたタオルを拾い上げるウェインに、アリシアはほんの少しだけ誇らしげに微笑んだ。


「女の子は日々進化するものなんです」

「……さいですか」


 ウェインはそれ以上なにも言わなかった。

 彼がどうして言うことを諦めたのか。聖奈にはわからないが、おそらくその判断は正しいと思う。確信はないけれど。

 地面に落ちたタオルを拾い上げ、なんとも形容しがたい表情を浮かべたウェインは、付着した土を払いながらとぼとぼとアリシアのもとへと向かい、そっとタオルを差し出す。

 アリシアは素直に受け取って、何事もなかったかのように荷物へとしまった。


「留守は任せてください。ただ、くれぐれもセナ様に失礼を働きませんよう」

「ういっす」


 にこやかなアリシアの言葉に、ウェインは反論をしない。賢明な判断である。でなければ至近距離からまたタオルをぶつけられていただろう。

 そそくさと距離をとったウェインが、こちらを見る。


「よっし、さくっと行ってくるぞ! さくっと!」

「そうだね」


 どんだけ痛かったのだろうか。怯えるように声をかけ、そのまま歩き出したウェインの背を見詰めて心底思った。

 とはいえこのまま立ち尽くすわけにはいかない。聖奈はくるりとラピスへと振り向いた。


「ラピス、行こう」


 かけた声にラピスは緩やかに顔を上げ、視線をつい、と逸らすとウェインを追って歩き出す。

 その一連の行動に小さな違和感を感じながらも、聖奈はアリシアとルキフェルに顔を向け、


「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、セナ様」

「不要な醜態をさらし、面倒をかけぬようにな」

「言われなくてもわかってます!」


 一言多いルキフェルにすかさず切り返して、ウェインとラピスを追い掛けた。



 * * *



 繰り返すようだが、聖奈にサバイバル能力はない。

 そういう類いのことに触れたこともなければ、興味すらもなかったからだ。そして、興味がないのだから機会もあるはずもなく。

 こうしたことを考える度に、自分がどれだけ恵まれていたのかと実感する。それ以上は理緒(あに)や両親、友人たちのことを思い出してしまって、考えることはないけれど。……あまり思い出すと、立ち竦んでしまいそうで怖いからだ。

 ラピスと共に並んで、目の前の光景を眺める。

 そこでは石に腰掛けたウェインが器用に仕掛けを作っていた。慣れた手付きで小さなナイフを用い、その辺にあるもので狩猟道具を作り上げていく。


「……いつ見てもすごいね」

「凄かないって。慣れだよ慣れ、俺だって最初からできた訳じゃねえし」


 手元を覗き込みながら訪ねれば、さらりと返される。


「……ちょっとやってみたい」

「これは危ないから、別のやつな。順を追ってやらなきゃダメ」

「子供扱い……」

「ナイフの切れ味がいいから、うっかりしてるとぱっくり行くの。それでもいいんなら……」

「遠慮しときます」

「よしいい子」


 油断して手元が血だらけになろうものなら、アリシアに怒られることが避けられない以前に、自分自身もパニックになって更に迷惑をかけそうだ。それに、さすがにそうしたものを手にするのは怖い。

 間髪いれずに答えると、ウェインが安心したように頬を緩めた。それからつい、と視線を移す。


「ラピス。お前もしっかり見てろよ?」


 かけた声に、ラピスは答えなかった。

 隣りに立つ彼は、ぼんやりと虚空を見つめるばかり。その姿はどこか上の空のようにも見えるし、思い悩んでいるようにも見える。

 なにか、あったのだろうか? だが思い当たるような出来事はない。

 ちらりとウェインに視線を向けると、気付いた彼が首を横に振り、肩を竦める。どうやらウェインにも思い当たるようなことはないらしい。


「ラピス?」

「…………」

「ラピス!」


 語気を荒らげてようやく、ラピスは振り向いた。

 僅かに目を見張り、驚いた様子で聖奈とウェインを見たが、すぐに眉を顰める。


「なに?」

「ぼんやりしてるようだったから。どうかした? なにか悩み事?」


 首を傾げながら問いかけるも、ラピスは口を閉ざしたまま、答える気配は見られない。

 何かあったことは間違いないと思うのだけれど、答えてくれないのならば力になりようなどなく。やがて別に、とだけ言って黙り込んでしまったラピスに、聖奈は困り果てた。

 無理に聞き出すことは出来ないし、言ってくれるまでしつこく尋ねることも出来なかったからだ。


「……何もないってんならいいか」


 少しの沈黙を経て、ウェインが諦めたように告げる。

 明らかにどこかおかしい様子なのに、たった一言で打ち切ろうとしていることには一抹の寂しさはあったが、どうしようもないこともまた事実だった。

 そうこうしている間に狩猟道具の用意を終えたウェインはナイフを仕舞い、それらを手に立ち上がる。


「罠だけ先に仕掛けてくる」

「あ、うん」

「……その辺うろちょろしたりすんなよ? 絶対にここにいろよ? あと、草花には注意な?」

「はぁーい」

「ざっと見ても毒草とかあるからな? 触るなよ?」

「どんだけ信用ないの、私!」


 数歩踏み出しながらわざわざ振り向いてまで言うウェインに、聖奈は思わず怒鳴った。

 水浴びに向かう時もだが、彼は子供扱いが過ぎる。

 毒草というと、聖奈には見た目からしておかしいものが多いというイメージがあった。実際、周辺に軽く目をやるだけでも名前こそわからないが、明らかに毒を持っていそうな毒々しい色をした花を咲かせる草がいくつかあるのがわかる。

 聖奈はあれにわざわざ触りたいとは思わない。そうした好奇心はとっくに捨ててある。

 なのに口酸っぱく釘を刺してくるウェインは、怒気や呆れや心配、様々なものが入り交じったかのような、なんとも形容しがたい表情で眉を寄せていた。


「セナちゃんはうっかりなんかやらかす気しかしない」

「私、ドジじゃないからね!?」

「はーいはい。その言葉を信じて、行ってくるからおとなしくこの場で待機してるように」

「完っ全に信じてないね?!」

「…………絶対だぞ?」

「しつこいよ、ウェイン!」


 そこでようやく、ウェインは聖奈とラピスに背を向けて足早に茂みへと消えた。

 切り開かれることなく生い茂る草木を掻き分け進む背は、すぐに見えなくなってしまう。

 聖奈はしばしそちらを憤然と見詰めていたが、息を吐き出してラピスへと振り向いた。


「それじゃ、ちょっと待ってよっか」


 ラピスは答えない。ぼーっと考え込んだまま、声をかけられたことにも気づいてないのかもしれないとさえ感じるほど、心此処にあらずの様子だ。

 そんな彼を横目に、聖奈はそれ以上なにも言わなかった。

 隣り同士で立ったまま、口を閉ざす。耳を澄ませれば、変わらず葉擦れの音と鳥の囀りが小さく届いた。


「結局、強引に連れ出す形になっちゃってごめんね」


 しばしの沈黙のあと、聖奈はぽつりと呟くように言葉を紡いだ。

 答えはない。だが気にせずに言葉を続ける。


「もうちょっとだけでもゆっくり出来たら良かったんだけど……まあ、兵士に見付かっても危ない状態だし、それは仕方なかったのかな」

「…………」

「そもそも〈魔王〉だって啖呵切ったのは自分だし、そのことに後悔とかはないけど、なかなか気が休まらないってのはね……ごめんね、落ち着かなくて」

「……別に、」


 と、ラピスは小さく答えた。

 自嘲気味の苦笑を浮かべていた聖奈は、ちらりと目を向け、言葉を待つ。


「……その辺のことは、気にしてない」

「そっか」

「なんかあった方が、何も考えないで済むし」


 ぽつ、ぽつ、とラピスは独り言のように言った。

 聖奈は口を挟まない。今はただ、相づちだけを繰り返すのが正しいのだと、何か言いたげになった横顔を見て思ったからだ。

 やがて沈黙を経て、ラピスは静かに口を開いた。


「……気づいたときには、ナイフを持ってたんだ」


 それは、きっと今よりも過去のラピス自身の話。

 聖奈にとって想像もできない、言ってしまえば遠く、きっと一生知ることもなかったであろう世界のこと。


「何かを殺す技法を身に付ける度に、上手く出来る度に誉められて、甘いお菓子が貰える。それが異常だとは思わなかった、おかしいとさえ思わなかった。何も考える必要がなかったからかもしれない……でも、殺せなかったんだ」


 木々の合間から覗く空を見詰めているラピスの殺せなかったという言葉が指すのは、聖奈のことではないと直感的にわかった。

 きっと彼が話しているのは、聖奈とウェインと同じように〈紅牙の蛇〉に襲撃され、退けた時のことだ。


「止められたんだ、殺すなって。わかんないけど、一瞬だけ躊躇った……どうせ、遅かれ早かれあいつらは死ぬしかなかったのに」

「それでも、ラピスが手をかける必要はなかったんだよ」


 きわめて静かに告げると、ラピスの金色の双眸がゆるやかに向けられた。聖奈はそれを真っ直ぐに見詰め返す。


「もうそんなことを強いる人はいないんだから、やりたくないことする必要ないんだよ」

「やりたくないとか、思ったこと……」

「じゃあ、好きじゃないこと、かな」

「…………」


 途端に険しく歪む表情を見て、聖奈は小さく微笑んだ。


「アリシアちゃんの言葉で躊躇ったってことは、少なくともそれが楽しいだとか面白いだとか、そんな風には思ったことがないってことだから」


 たぶん、きっと、そうだといいという願望もあるけれど。

 だが誰かの声でとはいえその瞬間に生じた躊躇いは、ラピスの本心を表しているように思えたし、少なからず手遅れではないように感じた。それはただの願望だとは言い切れないだろう。

 聖奈がこうして生きている理由もまた、彼が複雑な心で示し出した答えなのはずなのだから。

 ラピスは眉を顰めたまま、じっとこちらを見ていた。

 その金色の瞳に帯びているのは、呆れと困惑と哀れみと、ちらつく不安。その不安からは、迷子の子供のようなあどけなさを感じさせる。


「ねえ、ラピス。いろいろ探そうか」


 聖奈はそう、投げ掛けた。

 金の眼は僅かに見開かれ、怪訝そうに細められる。


「なにを?」

「好きなもの、それから好きじゃないもの、苦手なもの、嫌いなもの。これまで知る必要のなかったこと、ずっと知りたかったもの、そういう沢山の事を」

「……どうして? それが何になるのさ?」

「私があなたの事を知りたいから。知れたらきっと、本当にやりたいことが見付かるかもしれない。そうすれば、何かを諦めて俯くこともなくなるはずだから」

「諦めて……」


 繰り返すように呟いたラピスの瞳から、不安は消えてはいない。

 だがそれも仕方ないだろう。人は、多くのことに不安を抱くものなのだから。

 聖奈がこの道を行くことに今も不安を抱き続けているように、これまで己で考え行動することの無かった人間が唐突に拠り所を無くしたならば尚の事不安に立ち竦むことだって仕方あるまい。

 ラピスは考えることをずっとしてこなかった。それこそ放棄してきたと言ってもいい。

 これまではそれでも良かったのかもしれない。むしろそうでなければならなかったのかもしれない。

 けれども本来はそれではいけない。だが何の標も無しに選択を強いるには、彼は異常な環境に慣れすぎているから。


「嫌なことは嫌だって言って良いんだよ。今はまだ、無理にやることない。それよりも、好きなことや楽しいことや嬉しいことを一緒に探そう?」

「……一緒にって、どうせ……」


 吐き捨てるように言って顔を背けたラピスに、聖奈は言葉をかけることを止めない。


「信じなくてもいいよ。でも、決めたら絶対に曲げたくないんだよね……その辺は兄さんからもお墨付き」


 根比べなら得意だ。彼が納得してくれるまで、信じてくれるまで、手を差し伸べ続けるのをやめない。

 顔を覗き込むにして口許に弧を描くと、驚いたように目を丸くしたラピスは瞬きを繰り返し、それから眉を寄せた。


「……バカじゃないの」

「かもね。けど、そういうバカだって必要だよね」

「切り捨てるだろ、普通。こんなまともじゃないヤツのこと、面倒だって、要らないってさ」

「それが普通だって言うなら、私は異常でも良いや。私はラピスのことを面倒だなんて思わないし、要らないだなんて思わない。むしろ、私の方がよっぽど面倒かもしれないよ?」


 諦めの悪さは、自慢じゃないが理緒(あに)が呆れるほどだ、自信は有り余るくらいある。

 嫌だと言われるまで、彼が一人で決めて歩けるようになるまで、聖奈はラピスの側にいたいと思う。

 やがて仏頂面だったラピスは、観念したかのように溜め息をついた。


「――既に面倒」

「そっ、それは納得いかない!」

「うるさい、やかましい」

「ええーっ!?」


 ぷい、と顔を背け、すげない言葉を繰り返す彼がどこまで汲み取り、理解してくれたかは分からないが、これ以上とやかく言うつもりはない。

 すっかり普段通りの様相、今はそれでいいと思えるから。

 他愛ないやり取りを繰り広げてしばらく、来た道を辿る形で茂みを鳴らしながらウェインが戻ってきた。


「なんだなんだ、楽しそうに会話なんかしちゃって。セナちゃん浮気かー?」


 と、聖奈とラピスのやり取りが耳に届いていたらしいウェインが、楽しげに口許に笑みを浮かべている。

 そんな彼を、じとりと睨み付けた。


「大前提が有り得ないよね」

「なんと!」

「そもそも楽しくもなかったし」

「やめてラピス! それは地味に傷付くよ!?」

「よーし、傷心のセナちゃんはウェインさんが慰めてあげましょう。おいで!」


 早くも立ち直ったウェインが、立ち止まり腕を広げる。その顔はこの上ないほどに笑顔だ、けれど。


「飛び込んだりなんて絶対しないからね?」

「遠慮する必要はないぞ?」

「ウェインのそういうポジティブさはそんなに好きじゃないよ」

「……ちょっと一瞬考えちゃうような言い回しをされるとは」


 ま、セナちゃんだからいっか、などとわけの分からない理由で打ち切って、ウェインはお楽しみの狩猟タイムだぞー、と聖奈とラピスを促す。

 軽く手招きする彼の方へと歩み寄りながら、聖奈はラピスへと振り返った。


「行こう?」


 声を掛けると、ラピスは一拍を置いて緩やかに踏み出す。


「……ん」


 極めて簡潔な返事が僅かに聞こえる。それが思いの外、聖奈には嬉しかった。

 思わず足を止めていた隣を、ラピスはすたすたと歩いていく。

 その背を追うように更に先で佇むウェインの元へと、立ち止まっていた足を動かす――その時だ。


「……った!」


 手の甲に触れた生い茂る草の葉。刹那、走った刺すような痛み。

 見れば手の甲に線のような傷が刻まれ、血が滲んでいた。

 だが処置する必要もあるとは思えぬ浅い傷に、聖奈は手を下ろすと傷と痛みから意識を外し、小走りに駆けた。




 それから狩猟を終えて野宿場所に戻る頃には、辺りには帳が落ちていた。すぐさま狩りの成果を調理し食べたその夜は当然早々に眠り、翌朝――聖奈は目を覚まさなかった。



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