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33.決意を嘘としない為に


 数は七、いや、八。行く手を阻むように立つ男たちは、よく見れば紅い装飾品を身につけていた。

 それは、紛れもなく彼らが〈紅牙の蛇〉に身を置いている証拠だ。


「ずっと様子を窺っていた事は気付いていたが、予想より数が多いな……もしかしてあんたら、下っ端か?」


 未だ片手は繋いだまま、男たちを一瞥するウェインの声は平時と変わらない。強張りも震えもしていない事に、不思議と安心感を感じて緊張がほんの少しだけ解れた気がした。

 それでも状況は良くはないし、切り抜けられるのかさえわからないのだけれど。

 小馬鹿にするようなウェインの言葉に、男の一人が口を開いた。


「念には念を、という奴だ。此処でその餓鬼を殺すためにな」

「想像通りの答えをどーも。ついでに俺らまで始末するつもりの癖によく言う」

「邪魔立てするのなら死んでもらうしかないというだけだ。立ち去るのであれば見逃してやろう」

「裏社会の人間が嘘くせぇこと言ってんなよ。何が見逃すだ、そんな甘っちょろい組織じゃねぇだろ?」


 自分一人の命でどうにかなるのなら、と思わないこともない。狙いは聖奈のことだけのようなのだから。けれど、そう簡単に死んでやりたくもない。

 ルキフェルはもちろん、ウェインのことまで危険に巻き込んでいることは承知の上だが、聖奈には目的がある。力不足で死するのならまだしも、何もせずにタダで殺されるわけにはいかないのだ。

 男の言葉を鼻で笑うウェインの背中で強く思っていると、ルキフェルが小さく零した。


「セナよ。貴様、此奴(こやつ)らと戦えるか?」


 短い問いに、聖奈は肯定も否定も出来ない。


「わからない……魔剣を召喚したとか言われても、使い方とかわかってないし」

「悪い、セナちゃん……いくらなんでも基本の型くらいは叩き込んでおくべきだった」


 小声のやり取りが聞こえたのだろう。視線は寄越さぬままながらもすまなそうなウェインに、聖奈は慌ててそんなことない、と宥めた。

 ルイゼンに至る街道でグリフォンを倒すことに成功した後も、剣を振るう機会はもちろんあった。グリフォンがいなくなったことで少しずつ他の魔物の姿が戻ってきたからだ。

 だがルイゼンへの到着が最優先だったあの状況で、剣の型を学べるはずもなかった。油断をしていればまたそうした魔物が現れる可能性もあったのだから、なおさら。

 そんな状態なのに、ほいほいと魔剣など振るえるわけがない。例え型を教わっていたとしても、ほとんどぶっつけ本番だ。怖すぎる。


「否、そうではないのだ」


 と、ルキフェルは小さく呟くように言った。聖奈は弾かれたように見上げる。


「え?」

「貴様が心底望むのであれば、おそらく力を抑えることも可能であろう。我も、幾つかの助力くらいであれば出来るはずだ。だが……」

「何をブツブツと言っている! もういい、お前ら、此処できっちりと始末するぞ!」


 ルキフェルの言葉は男の叫ぶような指示に遮られ、その先を聞くことは出来なかった。

 それを合図として襲いかかってくる男達に目を剥く聖奈の体が、とん、と路地の方へと押し戻される。

 聖奈を軽く突き飛ばしたのはウェインだ。

 彼は襲い来る一人が振るうナイフを銃身でいなすとすぐさま距離を取り、屈みながら続いて襲い掛かる男の懐に潜り込んで腹部に肘を叩き込む。


「おい、ぬいぐるみ! 障壁くらいなら普通に魔法を放つより多く使えるな!?」


 吠えながらも流れるような所作で銃を握り締める手を、男の顎目掛けて振り抜く。寸でで上半身を逸らされ空を掻いたが、間髪容れずに頭部へと蹴りを叩き込む。

 ウェインの動きは止まることを知らぬかのように、動き続けていた。それは複数の男たちを一人で相手取っているからなのかもしれないけれど。


「当たり前であろう! 貴様には使うつもりは一切ないがな、小僧!」

「上等! ぬいぐるみの助けなんざ誰が要るかってんだ!」


 ルキフェルと小馬鹿にし合うような応酬を繰り広げながら、ウェインは繰り出した足を強引に振り抜いて男の一人を地面に叩き付けると、真正面からナイフの切っ先を向けて突進してくる男に向き直り――その斜め後ろから別の男が斬りかかろうとナイフを振り上げていた。

 危ない、と一歩踏み出しかけて、その足が止まる。

 飛び出したところで何が変わる? 例え男に体当たりを決めたところで、その後はどうするつもりなのだ、私は。

 しかし見ているだけしか出来ないのだろうか。朽ちた遺跡の前で、魔族たちが命懸けで戦っていた時と同じように。


「――セナ、見ているだけで良いのか?」


 静かな声音に、肩が震える。

 目の前では聖奈の心配をよそにウェインは目の前から迫る男の刺突をかわすと、男がナイフを握る腕を掴み、強引に引き寄せて斜め後ろから向かってきていた男の方へと押し付けるように突き飛ばした。

 瞠目し踏み留まる男と、僅かに体勢を崩した男。

 追い討ちをかけるように体勢を崩した男の後頭部をウェインは銃の底で躊躇いなく殴りつけ、そのままさらに瞠目した男の顔面も殴り飛ばす。


「私は……」


 ウェインは、強いのだと思う。

 少なくとも彼ら一人一人に劣るなんてことはまずない。けれど、無傷で乗りきれるなんてこともないはずだ。


「見ているだけなんて、いいはずない……!」


 戦わないと、私も。だけど、どうすればいい?

 がむしゃらに戦うだけならただただ危ないだけだ。そんなことは聖奈にもわかる。

 それに、此処に理緒がいたなら彼は間違いなくこう言うだろう。

 ――隙を見て逃げろと。

 もしかしたらウェインも、そのつもりなのかもしれない。


「だがセナ、戦うということは他者を傷つけるという事。治ることのない後遺症を与えるかもしれぬ、命を奪うことすらあるかもしれぬ。ハニエルには場合によって戦うことも辞さないと答えていたが、本当にそれが出来るのか? 目を逸らさずにいられるのか? 背負うことが出来るのか?」


 ルキフェルの静かな問いは続く。

 だが今度は震えない。代わりに真っ直ぐにその姿を見上げる。


「言ったからには逃げ出したりしない。それに、何もせずに見ているだけだなんて、嫌だから!」


 行動を起こさなければなにも変わらない。夢ばかり語っているだけじゃ意味がない、綺麗事ばかりで自分の手を汚す覚悟もないのなら、その先の未来を掴めるはずもない。

 言うやいなや聖奈は剣を抜き出し、間近にいた男へと斬りかかった。


「っ!?」


 叩き付けるように振るわれたそれは、不意打ちではあったが男の握り締めるナイフによって易々と受け止められる。

 聖奈の振るう魔剣レイヴァテインは細身の剣だ。だがいくら刀身は長くとも、見た目よりも軽いそれに加えられる重量など所詮は戦いに不馴れな子供の細腕によるものだ。たかが知れている。


「セナちゃん!? 出て来るな、奥に隠れてろ!」


 次第に押し返される剣に歯噛みする聖奈の耳に、ウェインの怒号が届く。

 その瞬間、聖奈の中で何かが吹っ切れた。

 離れて奥に隠れてろ? 笑えない冗談だ。命が関わってるというのにどうしてそんなことを言えるのか。まして元凶は自分だというのに。


「そんな無責任なこと、出来るわけない!」


 声を荒らげながら、剣を握る手に腕に力を込める。


「危ないこと全部押し付けて、自分だけ安全なとこにいて守ってもらって、それで何が世界を変えるだ! そんなので得たもので偉そうにふんぞり返るだなんて、ただの阿呆じゃない!」

「なに言ってんだ! いいから隠れとけ!」

「嫌だっ!!」


 にわかに焦りを帯びたウェインの言葉を、聖奈は一言で突っぱねた。

 なにを言ってる、だなんてこっちの台詞だ。そもそも危険なのは承知の上。それなのに隠れろだなんてこっちの感情は総無視ではないか。

 次第にふつふつと沸き上がる怒りに更に力が籠った気がするが、目を見張る男の事も聖奈は気にも留めなかった。


「悪いけど、守られてるだけの可愛いお姫様ではいられないの! それを求めてたならお生憎様(あいにくさま)!」

「っ、重……っ、どこにこんな力が……!?」


 目の前の男が困惑し始めたが、知ったことか。

 全てが思い通りに行くと思うから手痛いしっぺ返しを貰うのだ。こちらを侮って掛かっていたとしたら、敵うはずもないとなぜ分からない? もっとも、仮に侮っていなかったとしてもただで転んでやるほど命が安いとは思わないか。

 聖奈は目の前の男を睨み付ける。


窮鼠(きゅうそ)猫を噛むってやつよ!」


 ぎちぎちと音を立て始めた鍔迫り合いをナイフの力をいなす形で終わらせ、剣を握り直す。

 未だ怒りは沸き上がっているが大丈夫。頭はまだ冷静だ。

 深すぎぬよう、足は踏み込まない。全てを判断するまで一秒も掛からない。裂傷を刻むことだけを目的に――剣を薙ぎ払う。


「ぐっ……!?」


 斬り裂いたのは男の腕。

 ガラン、と落ちたナイフ。身に纏う服ごと裂かれた肉から僅かに血飛沫が舞う。

 それを見た瞬間、聖奈は血の気が引いた。けれどその傷は深くはないはずだ。今すぐは無理だが、いずれはナイフを握れるまでに回復するだろう。

 そうと理解すれば早い。念のためナイフを遠くに――否、それよりもこうするべきか。


「ウェイン!」


 顔をあげて見遣った先では、相変わらずウェインが一人で三人の男を相手取っていた。

 そんな彼の方へとタイミングを見計らい、聖奈は地面に落ちたナイフを蹴り飛ばす。

 いつも持ち歩いているナイフはラピスに渡してしまい、銃を握り締めるウェインは立ち回りが難しそうに見えた。

 もちろん此処が街中ではなく外であったなら問題なかったのかもしれないが、銃を発砲できないこの状況であるなら、それを鈍器として扱うよりナイフの方がいいはずだ。

 意図を汲み取って、ウェインは飛び退きながら銃をホルスターに納めるとナイフを拾い上げた。


「助かる!」


 答えを聞くのもそこそこに、聖奈は止めどなく血が溢れて滴る裂傷を押さえる男をはしたなくも渾身の力を込めて蹴り飛ばし、視界の端からこちらとの距離をはかる男へと向き直る。

 ガラガラと何かが倒れ、崩れ落ちる音が響いたが気にしてはいられない。

 するとそこで、ルキフェルがふわりと聖奈の傍らに寄り添った。


「――成る程、言葉だけではなかったというわけか」

「当たり前じゃない。やるって決めたんだ、誰が言葉だけで済ませるか。でなきゃ、私は私が許せなくなる」

「フン、我は侮りすぎていたようだな。ラピスにああ言っておきながら我が貴様を信じられぬとは」

「えっ、ちょっ、ルキフェル! あの子になんて言ったの!?」


 聞き捨てならない言葉に、男から視線は外さずに尋ねるも答えは返ってこない。代わりに鋭い声が飛んだ。


「意識を逸らすな、目の前に集中しろ! 貴様の未熟な技術は我が補おう」

「それについても含め後で問い詰めたいとこだけど、今はお願いするよ!」


 言いながら剣をぎゅっと握り直す。

 ウェインの様子は分からないが、きっと彼なら大丈夫だろう。そう信じて、聖奈は目の前の男を倒すために真っ直ぐに見据えた。



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