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28.優美なる天使


 宿を出て大通りに向かうと、なおもそこは人に溢れていた。

 昼時なのもあって、美味しそうな匂いが漂ってくる飲食店らしい店先には多くの人が並んでいる。


「来た時もだったけど、やっぱり人の数が多いね」

「迷子になんてなんなよ、セナちゃん。捜し出すなんてことになったら、間違いなく骨が折れる。チビどもも、頼むから服の裾掴むなりしてはぐれないようにしてろ」


 切実な頼みに、聖奈とアリシアは迷わず頷く。

 聖奈が頷いたのは迷子になって迷惑をかけることより、迷子になってひとりはぐれて途方に暮れることが嫌だったという方が大きかったのだが、アリシアも同じような理由だったのかもしれない。〈ルイゼン〉に到着した時と同様に服の裾を掴む手に、僅かに力を込められたのがわかる。

 一方でラピスはむっすりと眉をつりあげた。


「子供扱いするな」


 彼とアリシアには、外套をまとってもらっている。

 アリシアは尖った耳は隠してもらってはいるが魔族なのであるから言わずもがなだが、ラピスはその厄介な立場にあった。

 だからこそ、ウェインは呆れの混じった顔でラピスを見下ろした。


「はぐれたらお前が一番厄介だってこと、理解してるか? 理解してなくても、絶対はぐれんな。フードもしっかり被っとけ」

「いちいちうるさい」

「人の気遣いになんたる暴言……!」

「ウェイン、落ち着いて。ラピスならちゃんとわかってるって」


 わなわなと震えるウェインをどうどうとなだめ、聖奈はラピスに視線を遣る。

 すると、その手が聖奈の服の裾をちょん、と掴んでいるのが見えて、頬を緩ませながら改めてウェインを見上げた。


「それで、まずは何処に行くの?」

「道具屋というか、雑貨屋? 売れるもん買い取ってもらうのが先。今の持ち金じゃ何か食べるには少し厳しいだろ」

「まあ、ねえ……」


 当たり前ではあるが、餞別にと貰ったお金はそうそう多くはない。このままでは次の街での宿泊で尽きてしまうだろう額しか残ってないのだ。

 なんにせよ、道中で見つけたものが買い取ってもらえるのなら、それに越したことはない。

 と、そこでふとした疑問が浮かんだ。


「ウェインはお金ってどうやって稼いでるの? やっぱりこんな感じで拾ったものとかを売ってコツコツと?」


 その疑問を投げかけると、ウェインはああ、と答えを口にした。


「それもあるが、トレジャーハントして手に入れた宝をその手の専門店に売りさばいたりしてるな」

「ウェイン、最低」

「最低です」

「その評価は納得できないが、否定もできねえ……」


 無断で誰かの持ち去って、売り払ってしまうなんて言語道断である。それがもし、もう持ち主も血縁者もおらず朽ち果てるのみだとしたら、状況は変わってくるかもしれないけれど。

 すっかり落ち込んでしまったウェインに、聖奈が下げるバッグが僅かに揺れる。おそらく中に入っているルキフェルだろう。後で何を言われるかわかったものではないが、叱るようにぽんと叩くとそれ以上動くことはなかった。

 気落ちはしても、ウェインの足は止まらない。

 斜め前を行く彼は、溜息を吐きながらも更に言葉を付け足した。


「あとは、酒場とかに寄せられてる依頼を完遂して貰う報酬かな」

「依頼?」


 おうむ返しに聞き返すと、ウェインは深く頷く。


「どこの街でも酒場は旅をしてる奴らが集まる。同時に酒場なんてのは住人たちの憩いの場でもあるからな。結果、飲みに来た客からマスターは自然と金策に関する愚痴と、魔物に困っていたりだとかいう悩みが寄せられるんだ」

「あ、なんとなくわかるかも」

「片や金を稼ぎたい、片や悩みを解決したい。なら依頼って形で酒場で仕事を管理して回せばいいんじゃないかってなったわけだ。つっても、聖奈ちゃんたちが請けに行っても回ってくる仕事はせいぜい掃除や、指定の薬草や実、鉱石を拾ってくるもんだと思うぞ」

「……それは私が弱いせいだって遠回しに言ってる?」

「違う違う。そうじゃなくて、信頼の問題」


 ほんの少しだけむくれて見せると、ウェインはくつくつと笑ってそう答えた。

 少しの間を置いて、教え諭すように言葉は続けられる。


「顔も名前もわからない相手は論外にしても、本当に与えた仕事をこなしてくれるのか、こなすにしてもどんなもんの実力なのか。名の知れた傭兵や、同業者の間で知られてんならまだしも、無名の相手に簡単に大きな仕事は回せねえからな」

「そうなんだ」

「……そうなると、ウェインさんはどうやって仕事を請けられるように?」


 不思議そうに首を傾げるアリシアに、そういえばそうだと思い出す。

 ウェインはいま、酒場のマスターから仕事を回してもらえる間柄のようなのは間違いない。ならば彼はどうやってそこまでになったのだろうか。やはり、これまた地道に信頼を獲得したのだろうか。

 そんな答えを導きだしながら言葉を待つと、ウェインはこともなげに答えた。


「あー。俺の場合、ツテがあってちょいちょいマスター個人の依頼にこたえてたら、そのうちに同業者(トレジャーハンター)が俺の事を話したらしくて、いつの間にかそれなりの仕事を任されるようになった」


 やけにさらりとした答えだった。

 まるで、そこに特別なことなどないかのように。


「……え。ウェインって、トレジャーハンターの中では結構名前が知られてるの?」

「さあ?」

「さあ、って……」

「別に誰かに認められたくてこの仕事(トレジャーハンター)やってるわけじゃねえからなあ。手っ取り早く稼げてラッキーとは思ったが、同業者からの評判とか、どうでもいいわ」

「そういうもの?」

「そういうもんなの。出し抜き出し抜かれ、時に嵌められることだってある世界だからな。誤情報は日常茶飯事だって割り切ってはいるが、いいやつばっかってわけじゃねぇし」


 特に感情を動かすこともなく、淡々とウェインは言う。

 聖奈にはトレジャーハンターのことなどわからない。けれど、彼の言っていることがわからないでもない。

 彼らが探し求める財宝は、決して世の中にごまんとあるわけではないだろう。そして、皆が皆、それを探し出すまでの冒険を楽しみにしているとは思えない。

 きっと、自らの手で見つけ出した財宝を収集することに楽しみを見出しているものもいることだろう。そう考えたとき、同業者間での駆け引きがないなんて嘘だ。

 そして、それは恐らくウェインもまた行ってきたのであろう。


「まあ、トレジャーハンターの世界はどうあれ、ウェインはウェインだもんね」

「ん? んー……、んんっ? それってどういう意味だ?」

「どういう意味だろうね?」


 頭の上に疑問符でも浮かべていそうなウェインに、聖奈はくすくすと微笑む。

 彼はしばらく考え込んでいたが、やがて考えても答えは見付からないと考えたのか、思考するのを止め、大通りから細めの道へと曲がった。

 そうしてすぐに見えた一件の店を指差し、此処だ、と振り向きながら告げる。

 そこは何の変哲もない店だった。店自体にも特に飾りはなく、店先にある立て看板には店名が書かれているのか、読めない文字が並んでいる。窓越しに僅かに見える店内からは、落ち着きある雰囲気を感じた。

 店主とは馴染みの間柄なのだろう。ウェインは遠慮なく扉を開き、


「おーい、おやっさーん! 買い取って欲しいんだけ、ど……」


 何故か勢いよく閉めた。扉を挟んで内側から、微かにベルの音が聞こえる。


「ウェイン?」

「どうして閉めてしまうんですか?」


 ドアに手は添えたまま動かないウェインに、聖奈とアリシアは声を掛け、顔を見合わせた。

 そうしてようやく、ウェインはこちらに振り向く。


「――先になんか食おう」


 と、彼はこの上ないくらい真面目そのものな面持ちでそんなことを言った。


「……何で? お店にまで来てるのに」


 どうしてそんな顔をするのか。いや、そんなことよりもいきなりどうしたというのか。

 眉を顰めながら尋ねると、ウェインはすぐに答える。


「なんかおやっさん、取り込み中だったし? 少し時間潰してから改めて来よう」

「取り込み中って、本人に聞いてないよね? もしかしたら大丈夫かもしれないんだから、店先で決めちゃだめだよ」

「ダメくないから! 俺、おやっさんと仲良いから!? 目と目でしっかり通じ合えたから!?」


 何故そんなに慌てるのだろう? それに、言っていることもわけがわからないが何よりその汗はなんなんだ?

 様子のおかしいウェインを、首を傾げながら見据えていると、聖奈の後ろにいるアリシアとラピスが口を開いた。


「ウェインさん、おかしいです」

「なんで焦ってるか知らないけど、怪しすぎるぞ、アンタ」

「焦ってないし怪しくもない!」

「その言葉を返す時点で何か隠してるとしか思えません。ラピス、ウェインさんを取り押さえてドアから引き離しましょう!」


 言うやいなやアリシアがウェインに向かって飛び掛かる。ウェインはそれを避けない。いや、避けられない。それどころか、強引に振り払うことすらできないだろう。

 これまでの様子から察するに、ウェインは敵でもない相手に手を上げることはない。そして今はラピスに対してもそれは同じだ。

 アリシアの指示に反抗することなくラピスはウェインの腕を掴んだ。それをもちろん振り払えないウェインは、ラピスによってじわじわとドアから引き離された。


「ほんとにやめてくれ! いやもうこうなったら逃げるしか……!?」

「逃がしません! ラピス、絶対に手を離しちゃダメですよ!」

「言われるまでもない。面白いことになりそうな気がしてきたし」

「ぜんっぜん面白いことなんて起きねえからマジではなせっ!!」


 必死なウェインの声が聞こえてくるが、突き離した拍子に怪我でもさせたら後味が悪いとでも考えているのだろうか。彼の心境はさておきとしても、暴れることすらしないウェインを横目に、聖奈は店のドアに近付いた。

 背後から制止するような声が聞こえてきたが、いまは無視させてもらおう。

 聖奈はドアノブに手を伸ばした。その時だ。


「ちょっとちょっとぉ、店先で騒ぐだなんて流石にマナー違反じゃなあい?」


 ベルの音と共に店内側に引かれて開かれたドア。

 ひょっこりと顔を出したのは整った美貌を持った麗人だった。艶やかな長髪に、施された化粧は派手すぎず地味すぎず。年齢は二十代も中頃を過ぎた辺りだろうか、大人の色気を醸し出している。漂う香りは甘い花のような匂い。どこを取っても美しいと言える麗人。

 だが発せられた低めの声と、真っ平らな胸は目の前の麗人が男性であると証明していた。

 それともうひとつ、聖奈には感じることがある。


「――神族?」

「あら、よくわかったわね。って、そこにいるのはウェインじゃない! ちょっとどこに行こうとしてるのよ?」


 目の前の麗人――もとい女装の男性が目を僅かに見張り、微笑む。とても魅惑的な微笑だ。思わず見惚れていると、彼は聖奈の背後を見て、嬉々とした様子で横を通り抜けた。

 視線をやると、ちょうど彼が傍目も気にせずウェインに抱き着くところで。そそくさとウェインから離れたアリシアとラピスは、聖奈の後ろに隠れるように身を寄せる。


「く、くっつくな、離れろっ!!」

「やぁよおっ! 今のうちに愛でておかなきゃウェイン不足でアタシ、死んじゃうわあ!」

「知るかっ! 男に抱き着かれて喜ぶ趣味は俺にはないっ! だから止めろ離せ顔を寄せんじゃねぇええええええっ!」


 本気で逃げ出そうと暴れるウェインを、見た目では細い腕で押さえ込み、あまつさえ頬を擦り寄せる女装の男性。そんな幸せそうな女装の男性に対して、ウェインの表情は心底嫌そうだ。

 なんというか、こう、目を疑いたくなるくらいには凄い光景である。


「や~ん、相変わらずほっぺたがもっちもちねえ」

「気色悪ぃ!! 誰かっ、セナちゃん助けてくれ!」

「えっ! 私っ?」


 とうとう涙目なんじゃないかと思うくらいに必死になるウェインの助けを求める声に、聖奈は驚いた。

 どうしたものか。助けるべきか、否かで悩んでいると、不意に女装の男性と目があった。

 びくりと肩が跳ね、けれど視線を逸らすことが出来ずにいると彼は表情を綻ばせ、ウェインをぱっと離すとこちらへと近付き、


「あらやだ、よく見るとこの子もかわいいじゃない~っ!」

「っ!?!?」


 伸ばされた両腕により胸元に引き寄せられた。

 突然のことに抵抗する間もなく彼の胸に顔を埋めることになり混乱する頭でも、香水であろう花の匂いは強く感じていた。とてもいい匂いである。


「っ!」

「セナさまっ!?」

「セナっ!? くっそマズった! その子離せ、ハニエルっ!!」


 ぎゅうぎゅうと抱き込まれた聖奈の耳に、くぐもった叫び声が届く。

 ウェインがこれまた焦ったような声をあげていることに、大変だなあと他人事のように思っていたのは、ハッとして離れようとはしたもののびくともせず、ある意味諦めていたからに他ならない。


「ハニエルちゃん、どうしたんだい?」


 そんな端から見たら昏迷以外の何物でもない状況をおさめたのは、店内から顔を覗かせた店主らしい初老も過ぎた辺りであろう男性の一声だった。



 * * *



「自己紹介がまだだったわね。はじめまして、アタシはハニエル。商人兼薬師をしている天使よ」


 店主に招かれる形で店内に入り、奥のリビングに案内された。

 居住スペースとも言えようそこも、店内同様落ち着いた雰囲気があり、綺麗に整頓されている。

 店主がお茶を用意するからとキッチンへと向かうと、残された聖奈たちが椅子に腰掛けるのを見計らって、男装の麗人はそう名乗った。

 向かい側に座り柔和な笑みを浮かべる彼は、その辺りの女性より断然綺麗だ。少なくとも、聖奈は自分よりも遥かに美人だと全身で敗北を感じていた。比べることさえおこがましいレベルである。


「付け加えると、男なのに女装をしている上、口調さえも女のようなものにしてる変人のおっさんだ」

「誰がおっさんよ誰が」


 ぎっと睨みつけるハニエルに、彼の隣りに座るウェインはツンと顔を背けた。

 迫力ある睨みを目にして、アリシアとラピスがびくりと身をすくませたのが視界に入る。

 それにハニエルも気付いたのだろう。彼はハッとした様子で向き直ると、すまなそうに眉を下げた。


「ごめんなさいね、見苦しい姿を見せちゃって」

「そもそも全体的に見苦しいってか、見てられないけどな」

「アンタは黙ってなさい」

「あ、あはは……」


 またもウェインを鋭く睨むハニエルに、聖奈はもう笑うしかない。

 とはいえ仲は良いのだろう。こんなにも子供っぽいウェインの姿は見たことがないということは、少なからず彼には甘えているところがあるのだろうから。そう理解すると自然と顔も綻んだ。


「私は聖奈といいます。こっちがアリシアちゃんと、ラピスです」

「セナちゃんに、アリシアちゃんとラピスちゃんね。フフッ、みんなかわいいわねぇ」

「……ラピス、ちゃん?」


 彼が名乗ったのだからこちらもとまずは自分が名乗り、隣りに座る二人を紹介すると、ハニエルはにこにこと笑みを深めた。

 彼の呼び方に複雑そうに呟いたのはラピスだったが、ハニエルの様子からは変えるつもりなど一切見られない。諦めてもらうべきだろう。

 何せハニエルはいま、可愛いものを前にした乙女のような表情を浮かべているのだから。それに彼自身、はっきりとかわいいと口にしている。好みのツボをくすぐるものがあったのだろう。きっと。


「それで……」


 と、にこにこと笑っていたハニエルは静かに切り出し、不思議そうに首を傾げる。


「アナタのバッグの中にいるコは、紹介してもらえないのかしら?」

「っ!?」


 投げ掛けられた問いに、聖奈は思わず(おのの)く。目を見開き、それまで安心しきっていたのが嘘のように緊張感が走ったのだ。

 何故ルキフェルに気付いたんだろう? それに、だとするならラピスはおろかアリシアのことも?

 混乱しかけている頭をなんとか冷静に働かせていると、何事かときょとんとしていたハニエルが、ああ、と合点がいった様子で微笑んだ。


「ラピスちゃんが神族だってことも、アリシアちゃんが魔族だってこともわかってるわ。それに、セナちゃんがただの人間じゃないこともね。バッグに入ってるコは、使い魔、かしら? 全てわかっている上でアタシは尋ねているわ」

「…………」

「でも、何かしようとしてるわけじゃないわよ?」

「……え?」


 ハニエルの言葉に、呆けた声が零れた。

 どういうことだと目で訴えれば、ちょっとワケアリなのよ、アタシとだけ答えて笑う。

 悪い人ではないのだろう。少なくとも、その確信はある。けれど。

 どうしたらいいだろう、と伺うようにウェインに視線をやると、気付いた彼はふっと表情を緩めた。


「安心しろ。変人ではあるが、ハニエルは信用するに値する奴だからさ。じゃなければ、こんな天使と深い付き合いをしたいとも思わねえ」

「あらやだ。深い付き合いだなんて」

「黙れ変人天使」

「いや、あの、ハニエルさんのことだけじゃなくて……」


 言葉に迷ったところで、キッチンから店主の男性が戻って来た。

 丸眼鏡を掛けた温和そうな店主は、聖奈たちの前にゆったりとした動作でティーカップを並べて行く。

 立ち上る湯気と共に漂う香りは、馴染みある紅茶の匂いだ。


「お砂糖とミルクは入れるかい?」


 店主に穏やかに尋ねられ、聖奈はこくこくと頷く。

 彼の視線は次いでアリシアに向けられ、彼女がおずおずと頷くと、更にラピスに向けられた。

 視線を向けられたラピスは、目の前に置かれたカップの中身を興味深げに覗き込んでいて、アリシアがふっと微笑む。


「ラピスは甘いものは好きですか?」

「……嫌いじゃない。苦いのとか、辛いのとかよりマシ」

「この子にもお砂糖とミルクをお願いできますか?」

「ああ、いいとも。そうだ、クッキーも出してあげよう」


 にっこりと笑った店主は聖奈の前にティースプーンが立てられたカップと、角砂糖の入った小瓶とミルクの入った白く小さな陶器の容器を置くと、またキッチンへと向かってしまう。

 聖奈がその背を見送り、しばらく見つめていると、察してくれたらしいウェインが口を開いた。


「おやっさんのことも気にしなくていいぜ。この街に魔族が暮らしていた頃から店やってんだって聞いたし」

「実際のところ、この店は魔族も御用達よ? 魔族も、稀に神族も旅をしているから。ま、そういう神族ってだいたい変人だけどね」


 ウェインの言葉に、ハニエルが笑みを零しながら付け足す。

 彼らがそういうのなら、きっと大丈夫なのだろう。ハニエルがアリシアとラピスの種族を言い当てたというのに、それが聞こえていなかったはずもない店主に変わった様子などなく、アリシアたちに微笑んで見せたのだから。

 聖奈は彼らを信じ、そっとバッグを開いた。

 これまでの全てを聞いていたであろうルキフェルは聖奈を一瞥すると、羽を羽ばたかせて宙に浮かんだ。


「あら、かわいいわね。猫のぬいぐるみに憑依(ひょうい)した使い魔なんて初めて見たわ」


 その姿を見た途端、眼を輝かせながら口元を押さえたハニエルをルキフェルは見下ろし、僅かに目を細める。


「この気配……人間と魔族の世に溶け込んでいたのか強烈ではないが、やはり大天使か」


 吐き捨てるように言うルキフェルに、ハニエルはほんの少しだけ驚いたように目を丸くする。


「初めてアタシを見て神族って言い当てるヒトもそうそういないけど、そこまで言い当てられるたのは二度目だわ。凄いわね、アナタ」

「フン、白々しい。こうして面と向かえばよくわかる。貴様がどれだけ強大な魔力を秘めているのかがな……誤魔化しなど通じんぞ」


 見つめ合い、訪れた静寂。

 やがて、観念したかのように目を伏せ息を吐いたハニエルは、少しだけ困ったように眉尻を下げて笑みを零した。


「否定はしないわ。けど、誤魔化そうと思ったわけではないの。だって今のアタシは、序列も何もかも剥奪されているんだもの」



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