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20.城郭都市ルイゼン


 ウェインも加えて街道を進み、四日目の昼を迎える頃にはようやく目的地が見えて来た。


「わぁ……なにあのすごい門」


 小高い丘の上から見えたのは、外壁でぐるりと覆われ、物々しい門を構える街。それはまるで王城を守る城塞のようで、市壁の中には密集していくつもの家屋が並んでいるように見える。

 感嘆の息をもらすと、ウェインが口を開いた。


「あれがルイゼン、城郭都市(じょうかくとし)だ」

「城郭都市?」

「ああ。堅牢な市壁に守られた、この地方唯一の城郭都市だぜ」


 首を傾げる聖奈に告げたウェインに続くように、アリシアが言葉を継ぐ。


「この地方は、元々魔族が治めていたんです。エルリフやファージルはかつてより人間が暮らしていましたが、このルイゼンは元は魔族の住まう街。……わたしたちがあの遺跡に逃げ延びる直前までいた場所でもあります」


 そう言ったアリシアの表情には、僅かに陰りが帯びていた。

 おそらく、この街には様々な思い出があるのだろう。加えてこの地には奴隷として働く魔族もいると、ウェインは言っていた。その心境は想像するよりも複雑かもしれない。


「で、今はといえば人間や神族が詰めてるわけで……バレたらひとたまりもねぇわけだ」

「私とウェインはともかく、アリシアちゃんは気を付けないとね」

「はい……」

「ぬいぐるみ、てめぇもバッグの中で息を押し殺してろ」


 アリシアに外套を着せ、人間のものより尖った耳を髪の中に隠すのを手伝っていると、ウェインがルキフェルへ告げた。


「貴様の指図は受けぬ。此処でも抱えて貰えば良かろう?」

「お前はちょーっと自分の異質さと、事態を甘く見すぎだな」


 ルキフェルは当然ながらウェインに噛みついた。

 そこまではいつも通りだ。しかし、ウェインは刺々しい言葉こそ返したがまともに相手取るつもりはないらしく、呆れ果てたように肩を竦める。


「お前の存在はな、お前が思ってるより稀有であり奇異なんだよ。それに、田舎なら腹話術で通せるが、こうした街じゃそれはキツい。お前のせいで危ない橋を渡るなんざ、俺は勘弁だ」

「う……、ぐぅ……」


 すごい、言いくるめた。

 ルキフェルの返す言葉すら奪ったウェインに、聖奈はまばたきを繰り返す。


「ウェイン、スゴいね。普段はルキフェルと喧嘩してばかりだから、また言い合いをするのかと思った」


 正直に口に出すと、振り向いたウェインか不満そうに唇を尖らせた。


「なんだよ。俺が問題児みたいにー!」

「えっ? 実際、問題児でしょう?」

「セナちゃん酷い!」


 わー、とわざとらしい泣き真似をするウェインに、セナは苦笑をひとつ。やはり真面目な一面を垣間見せても結局はウェインなのである。いまもどうすべきか迷うアリシアを見て、期待しながらチラチラと窺っているし。

 とりあえずアリシアには嘘泣きだから気にしなくていいよ、と声をかけて、聖奈はルキフェルを見る。その際、ウェインがネタバラシやめて! と叫んでいたが、気にしないでおく。


「それで、どうするルキフェル? 私は別に抱えても大丈夫だけど」


 ウェインの言葉を冷静に黙考していたルキフェルが、聖奈を見下ろす。

 それから遠くに見える〈ルイゼン〉を見遣ると、ふるふると首を横に振った。


「いや……腹立たしくはあるが、小僧の言っていることはもっともだ。此奴(こやつ)の様子ではこの街には兵の出入りも激しいということであろう? ならば、我は身を隠した方が良いだろうからな」


 ルキフェルの言葉に目を見開き、そうなのか、とウェインを見上げると、彼は深く頷く。


「そーゆーこと。下手するとまだ〈勇者〉だっている可能性があるかもしれねえしな」

「〈勇者〉……」


 言われて聖奈はその男性を思い出す。

 ――〈勇者〉クロード=ブレック。

 魔族たちに畏怖(いふ)される存在。聖奈がこの世界にやってきた時、あの遺跡に襲撃してきた兵士たちを率いていた金髪碧眼の端麗な顔立ちをした男性。

 きっと、この先また対峙することもあるだろう。そうなったとしても殺し合いをしたくはないものだけれど。

 それに、聖奈は〈勇者〉クロードではなく、クロードという男性には思うことがある。彼の振る舞いには少しだけ違和感があったから。

 特にあの時、表情が抜け落ちたあの瞬間を境にしてクロードはおかしかったように思うのだ。


「〈勇者〉が、まだ滞在しているんですか?」


 おずおずと問うアリシアに、ウェインは首を横に振って否定して言葉を付け足す。


「それはわからない。が、〈勇者〉がいなかったとしても、少なくない数の兵士は此処にはいるはずだ。だから、必要以上の警戒が必要ってこと」

「では……わたしも本当なら中に入らない方が良いんでしょうか?」

「そういうわけにもいかないだろ。女の子ひとりを外におっぽっとくなんて出来るわきゃねえんだから」


 ウェインは緩く微笑み、街道をルイゼンへ向かって歩き出す。それをフードを片手で押さえながら追い掛けるアリシアを見送って、聖奈はルキフェルを見上げた。


「ねえ、ルキフェル?」

「なんだ、セナよ?」

「〈勇者〉……クロードさんの事なんだけどさ」


 話し掛けながら、ずんずんと先を行くウェインとアリシアに置いていかれぬよう、聖奈はルキフェルを伴い歩き出す。


「あの若者がどうした?」

「うん……」


 話しかけたはいいが、果たしてこんなことを聞いても良いものか。ふと気付いて逡巡していると、ルキフェルは聖奈を見下ろして言ってみろ、と促してくる。

 その声は普段より柔らかく思えて、躊躇いがちに口を開いた。


「あの人、ほんとは魔族を虐げるような現状に疑問をもってたんじゃないかな」

「…………」


 ぽつぽつと溢すと、ルキフェルは黙り込んだ。黙り込み、聖奈を見下ろしていたが、やがて小さく、


「どうしてそう思う?」


 と、尋ねてくる。それに聖奈は、今度は迷うことなく己が思うことを伝えた。


「私が一方的な虐殺を咎めた時、彼の表情が仮面に覆われたかのように抜け落ちたじゃない。その直前までは友好的とも言えたのに」

「……確かに」


 首肯したルキフェルは、聖奈から視線を前方に移す。そのまま静かに言葉を続けた。


「貴様の言う通り、疑問を待っていたかもしれないな。だとするならば、あの時のあの若者は従うほかに道はない状況を強いられているのやもしれんな」

「……うん。クロードさんは言ってたもんね、全ては我らが王の意思だって」

「いや、そうではない」

「え?」


 首を傾げると、ルキフェルは聖奈をチラリと見下ろし、


「何でもない。しかしあの人間の本心が如何なるものだったとしても、だ。今後〈勇者〉と相対したとき、どうするつもりだ?」


 気を取り直すように問われ、聖奈は口を閉ざす。

 対峙する機会があったなら、殺し合いはしたくないと思った。そんなことは告げるまでもなくルキフェルもわかっているだろう。ならば、考えるまでもなく答えは出ている。


「もう一度、話をしたい」


 はっきりと聖奈は告げた。

 話したい。〈勇者〉クロードではなく、クロードという人間の本音を、少しだけでも聞きたいのだ。

 聖奈の目指す未来は、種族の垣根も隔たりもなく手を取り合う未来。それは〈勇者〉と呼ばれるあの男性も例外ではないのだから。


「話したところで、あの若者が我らに理解をするとは限らぬぞ?」

「でも、そうだとは限らないじゃない? ならちゃんと話したい。話す前から諦めたくない、一度受け入れられなかったからって戦いたくはない。分かり合えないから戦うしかない、排除するしかない、だなんて手段は取りたくないもの」


 険しい表情を向けるルキフェルに、薄く微笑む。


「戦わなきゃならないときがあるってことくらい、私もわかってる。けど、そればかりを選んでしまったら、()()になっちゃう」

「…………そうだな」


 と、小さく頷いたルキフェルもまた笑った。

 誰と同じになってしまうのかだなんて言わなかったが、彼には伝わったらしい。


「おーい!」


 前方から、快活な声が響いてくる。

 見ると、道なりに行った先でアリシアと共に佇むウェインが、聖奈とルキフェルに向かって大きく手を振っていた。


「置いてくぞー! ぬいぐるみはともかく! むしろぬいぐるみは置いてったっていいけど!」

「ふっ……、小僧! その喧嘩、買ってやろう!」

「あっ、ちょっとルキフェル!?」


 止める声むなしく、ルキフェルは猛スピードでウェインへと突撃していく。それを見たウェインはアリシアを傍から離すように軽く押しやり、応戦し始めた。

 聖奈はしばらく呆然と見詰めていたが、遠目で見る限りは生き生きしているように見えて、意識しないままに溜息が溢れる。

 だがすぐにキッと眉をつり上げると、


「だーかーらー! 喧嘩するなって言ってるでしょう! 石畳の上で土下座させるわよ!?」


 怒鳴りながら彼らの元へと駆け寄ったのだった。



 * * *



 ウェインとルキフェルを諫め、ルキフェルをバッグの中でおとなしくしているように言い付けて、聖奈たちはようやくルイゼンの街の中に足を踏み入れた。

 ――城郭都市ルイゼン。その名に相応しい門を難なく潜った先には、人で賑わっていた。

 長閑(のどか)だったエルリフとは異なり活気が溢れており、建ち並ぶ店先から店員の威勢の良い声が大通りに響いてくる。

 その行き交う人の波の中には、危惧した通り兵士の姿があった。


「ちらほら兵士がいるね……駐在してるのかな?」

「だろうな。さっき通った門にも数人いたろ? あとは街の見回りをしてる奴等もいたはずだから……」

「本当にルキちゃんにはバッグの中にいてもらってよかったかもしれませんね……」


 ちら、と辺りを見遣りながら、聖奈はウェインの隣を歩いていた。その後ろには片手で聖奈の服の裾をちょこんと掴むアリシアもついて来ている。

 ルキフェルには当初の予定通り、聖奈のバッグの中に入ってもらっていた。念には念を、とルキフェルが喋ることはない。隙間から外を眺めてはいるだろうが、静かに息を潜めたままだ。

 間違っても潰すわけにはいかないバッグを庇いつつ気を付けながら歩く聖奈だが、これでは気にするべきはルキフェルよりアリシアの方かもしれない。


「ウェイン。ルイゼンって、いつもこんなに賑わってるの?」

「んー、まあ、こんなもんは序の口かね。条件が重なるともっと酷い」

「わぁ……アリシアちゃん。絶対に私とウェインから離れないようにね?」

「は、はい!」


 こくこくと頷いて、アリシアはフードを押さえながら服の裾を掴む手に力を込めたのがわかった。

 ウェインもまた肩越しに彼女を見遣り、


「うっかりバレないうちに宿に行った方が良さそうだな。ルキフェル(ぬいぐるみ)だっていつまでもバッグの中ってのも哀れだろ」

「哀れって……もうちょっと言い方ないのかな、ウェイン?」

「セナちゃんからのお願いでもそれはムリだね。対ぬいぐるみでなら俺至上最大の譲歩だぞ、いまの」

「……ウェインさん、譲歩してました?」

「してた。すげーしてました」


 小首を傾げたアリシアに、ウェインはむっすりと僅かに頬を膨らませる。

 街道でグリフォンに襲われていた時、ウェインが駆け付けて以降、アリシアはウェインを名前で呼ぶようになった。

 その理由を聖奈は聞いていないため知らないが、彼女の中でウェインの見方が明確に変わったのだろうと思う。聖奈にはそれが嬉しかった。


「それで、宿屋はどこに……」


 そう切り出そうとしたその時だ。

 建ち並ぶ店のひとつ。軒先に積み上げられていた商品が大きな物音を立てて崩れ落ちた。

 予期せぬ大きな音が響いたことで近くにいた誰もが足を止め、息を飲んで振り返る。それは聖奈たちも例外ではなかった。

 そこにいたのは、若い男。

 くたびれ、汚れたシャツとズボン。日中にも関わらず靴も履いていない。よく見れば首と両手両足には途切れた鎖の繋がった金属製の輪がついている。

 彼は慌てた様子で崩れた商品を積み上げ直して行くが、焦りからか積み上げては崩れを繰り返して元通りとはいかないようだった。


「おい! うるせぇぞ! 店先で何を騒がしくしてやがる!」

「っ!?」


 と、店から小太りの男が怒号を響かせながら飛び出してきて途端に若い男の肩が跳ねる。

 小太りの男は散乱する商品を見るや若い男へと近寄り、その頬を強く殴り付けた。

 鈍い音を立てて、若い男は地面に倒れ込んだが、小太りの男はそのまま地面に倒れることも許さぬかのように胸ぐらを掴みあげる。


「テメェ、またやらかしやがったな!? 何べん言ったら分かりやがんだ!」

「すっ! すみません、すみませんっ!!」

「謝りゃいいってもんじゃねえ! テメェには仕置きが必要みてぇだなぁ……!」

「ヒ……ッ!?」


 怯え竦み切った若い男の顔から一気に血の気が失せる。その耳は僅かに()()()()()

 聖奈の目にも見えたのだ、アリシアが見えぬはずもない。刹那、駆け出そうとした彼女を、聖奈と、それからウェインの腕が制した。

 弾かれたようにどうして、と言わんばかりの双眸でアリシアが見上げてきたが、聖奈は静かに首を横に振る。

 飛び出してはいけない。アリシアの気持ちは分からないでもないし、あの男性が何者かだなんてわからなかったとしても見ていて不愉快極まりない光景ではあるけれど。

 小太りの男はスッと若い男――魔族の胸ぐらから手を離すと、立ち上がりにこやかな表情でペコペコと頭を下げ始めた。


「うちの役立たずがお見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません! どうぞお気になさらず、買い物や観光をお続けください!」


 その言葉を合図にして、足を止めていた通行人たちが緩やかに歩き始める。

 そのうちに話し声も戻り、何事もなかったかのように賑わいを取り戻す大通りに紛れるように歩き出したウェインを、聖奈は小太りの男に路地裏へと連れ込まれる魔族の男の姿を見送ってからアリシアを促し、追い掛けた。


「さっきの人……」


 ぽつ、と溢すと、聞こえていたらしいウェインが頷く。彼は前方を向いたまま、静かに言った。


「魔族だよ、奴隷として使われてる」

「……あの人だけじゃないんだよね?」

「そうだな。ああして個人の店で使われてることもあれば、開発や建設の現場で労働を強いられていたり……女だと、娼婦として働いてたりしてるみたいだな。正直、あれでもあの魔族はいい扱い受けてる方だぜ?」

「いい扱いって……! あんなにボロボロで、物のような扱いされてるのに!?」


 声を押し殺しながらも叫ぶアリシアをウェインは肩越しに見詰め、目を伏せる。しばしの逡巡の後、彼は口を開いた。


「……あの魔族、見た目はボロボロでお世辞にも綺麗とは言えなかったが、痩せこけてなかった」

「……あ」

「とりあえず、どんなもんだったとしても飯にはありつけてる証拠だ。あの魔族より、過酷な肉体労働を強いられてる奴等の方がよっぽど劣悪な環境下にいる」


 ウェインの言葉を理解したのだろう、アリシアはそれ以上何かを言うことはなかった。ただただ、俯いただけ。

 彼女の頭を撫でてやりながら、聖奈は思考する。

 おそらく娼婦として働けている魔族の女性たちもまた、比較的いい暮らしをしているのだろう。

 間違いなく雨風は防げるし、食事は摂れる。それに、病気に掛かれば治療だって受けられるだろうから。

 娼婦は売り物だ。不健康な者の相手など金を払ってまでしたくはないし売れるものじゃない。きっと。――同じ女としては、自ら望んでなったのではないのならなんと悲しいことか、と思わずにはいられないけれど。

 それでも、過酷な環境下でのひたすらの労働を強いられている魔族の方がよっぽど辛い暮らしを送っているだろうことは分かる。

 聖奈は唇を噛み締め――そんなとき、目の前に。


「………っつ!」

「!?」


 突如、何かを破壊するかのような音を立てて人影が吹っ飛んできた。



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