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18.街道での闘争


 〈ルイゼン〉までの道は、〈エルリフ〉を出てすぐの道から石畳によって整備されている。農村である〈エルリフ〉で手塩にかけて育てられた作物は、早くから各地で売られるようになったからだ。

 そんな石畳の続く途中。


「……」


 鮮やかな青の空。燦々(さんさん)と輝く太陽の陽射しが降り注ぐ、緩やかな丘陵地帯の街道のど真ん中で、聖奈(セナ)()()と対峙していた。

 それ、とはスライムのことだ。

 赤いコアを包む青みの帯びたゲル状の体を揺らすスライムは、向かい合う聖奈の出方を伺っているように見える。目がないスライムは体内のあるコアによって生体を感知し、方向や距離を正確に把握するという優れた能力を持っている。

 しかし、いかにすぐれていようと彼らの動作はひどく緩慢だ。

 攻撃のためにと伸びる体。それを踏み込みながら横に回避し、地面を強く蹴る。


「でやっ!」


 至近距離に迫り、両手で柄を握り締める刃こぼも錆び一つさえもない両刃の剣を、聖奈は勢いよく振り下ろした。刃はゲルを裂き、そのままコアまで綺麗に両断する。

 両断されたコアが砕け散るとスライムの体は途端に形を失い、ただの液体となって地面を濡らした。

 そこまで見届けてようやく、聖奈はふ、と息を吐いた。


「なんとか無傷かつ、一発で仕留められた……」

「スライム相手に時間をかけすぎだ、話にならん」

「うぐ……っ」


 聖奈の目線より少し上。背の小さな翼を羽ばたかせて中空に浮くルキフェルが、腕を組み見下ろしてくる。

 街道では常に人目を気にする必要がないため、村に滞在していた時よりずっと嬉々としている気がした。

 そんなルキフェルを、聖奈は恨みがましく睨んだ。


「……そういうこと言うくらいなら、剣の扱いくらい教えてよ」

「何か言ったか?」

「べつにぃ」


 どうやらぼそりと口にした言葉はルキフェルの耳には届かなかったらしい。

 手にした剣を鞘に収め、聖奈は再度息を吐いた。


 聖奈たちが〈エルリフ〉を出てから、既に一日が経過している。

 その間、聖奈もアリシアも街道に現れるスライムたちを相手に戦い続けてきたのだが、聖奈は未だ剣をただがむしゃらに振り回すしかできなかった。

 というのも、アリシアはもちろんルキフェルまでもが剣を扱った経験がなかったからだ。

 ルキフェル本人曰く、剣など使えずとも魔法さえあれば問題はないとのことで、過去を遡っても剣はもちろん武器自体、扱うことをしてこなかったらしい。もちろん、武術にまつわる知識さえもないとのことで。

 別に先代魔王を自称する彼を本当にそうだと信じていたわけではない。ただ剣を扱えないという事自体は事実であろうと推測できたからこそ、聖奈は呆然とすることしかできなかった。

 様々な事に造詣(ぞうけい)の深いルキフェルならば、何かアドバイスくらいは貰えるのではないかと期待していたからだ。

 だが実際にはそうした事さえなく。結局聖奈は型どころか構え方さえおぼつかないまま、ただただ剣を振り回すことしかできなかったのである。


「遺跡でおじさん達から、せめて構え方くらいは教えてもらうべきだったかなあ」


 今更ながら考えて眉を寄せていると、困ったような笑みを浮かべたアリシアが聖奈のもとにやってきた。


「で、でもセナ様。森での時よりずっと動きが良くなってますよ!」

「ありがと、アリシアちゃん。だったら嬉しいなあ」


 小さく微笑むと、アリシアは嬉しそうに笑う。

 彼女の攻撃魔法の技術成長は著しかった。

 元々魔族であるアリシアにとって魔法というものは馴染みのあるものなのもあって、当初は不安げに怖がりながらも放った魔法が明後日(あさって)の方向に飛ぶなどの珍事件はありながらも、小さな頃は魔法書を読んでいたという言葉通り今ではそんな不安定な魔法を放つこともなく、それどころか新しい魔法を使えるようにまでなっていた。

 それはアリシアの才もそうだが、努力にもよるものとは彼女に魔法の指南をしたルキフェルの弁。つくづく自分にも師が欲しいと思う聖奈である。


 ――彼がいたなら、すこしは違ったのだろうか。


 そんな思いが過ぎるのも、今日いまこの時が初めてじゃない。

 だが考えたところで詮無きことだと緩く頭を横に振って頭の片隅へと追い払い、先に進もうとアリシアとルキフェルに声をかけようとしたとき異様な光景が目に飛び込んできた。


「……あれ?」


 続く石畳の道の先に、スライムの姿がある。そこまではいい。これまでもそうであったのだから。

 しかし彼らは何故か聖奈たちに気付いていないのか、近くを通り過ぎるようにして逃げるように急いで離れていってしまう。それも皆一様に同じ方向へと向かって。

 そんな異様な光景に、聖奈は思わずアリシアと顔を見合わせた。


「な、なんかおかしくない……?」

「はい……逃げて、いるのでしょうか?」


 首を傾げるアリシアに頷き、聖奈は視線を逃げるスライムたちに遣って眉を寄せた。

 ややあってからスライムを追うように何処かから現れたのは、中型の鳥の姿をした魔物――イーグルだった。イーグルたちもまた、脇目も振らずに逃げるように飛び去ってしまって。


「まさか……! まずいな、セナ、アリシア! このまま街道を突っ切るぞ!?」


 と、黙り込み様子を見ていたルキフェルが、ハッとした顔で突然声を荒らげた。


「えっ? ルキフェル……!?」

「問答している時間も惜しい! 走れ!」


 急かされて聖奈はアリシアと共に駆け出した。

 舗装された道は小さな石が転がっているものの、草原よりはずっと走りやすい。

 その時、〈ルイゼン〉方面へと駆けていく聖奈の耳にそれはかすかながら届いた。

 遠方――魔物たちが背を向け、聖奈たちが駆け抜ける街道から見て左手。聞こえてくるのは、空を叩くような。


「羽ばたき音……? 何か、近付いて来てる……?」


 目を遣っても、それらしい姿は見えない。だが青空には不自然な黒点が浮かんでいた。

 それが何であるのか観察していたものの、ルキフェルによそ見をするな! と怒号を飛ばされてしまい、それもそうかと聖奈は改めて走ることに集中する。


「魔物の世界にも階級が存在する。階級とはいっても、我らのように王や貴族、平民といった形ではなく、完全なる強さによる階級だがな」


 不意に語りだしたルキフェルが背負うの翼は大きく空を叩き、その度に羽ばたき音を鳴らしていた。

 聖奈はアリシアの様子を一瞥してからルキフェルを見遣り、続く言葉を待つ。


「野生動物がそうであるように、魔物の世界も弱肉強食で成り立つ。弱ければ死に、強ければ生き残る。そして強者は弱者を文字通り喰らうのだ。それで言えば、これまで遭った魔物は最下位に属する」

「それって……まさか!?」

「うむ。その通りだ」


 答えを聞くまでもなく、ルキフェルは頷いた。


「今迫るのは、上位の魔物だ。――グリフォン。そう呼ばれる魔物が捕食に来たのだろう」

「グリフォン……」


 復唱して、思考を回転させる。


 グリフォン。

 確か獅子のような(からだ)に鳥のような頭と鋭い爪を持ち、背には翼を生やした魔物だったはずだ。この世界ではどうなのか知らないが、作品によっては高い知能を持っているという描写がされていた気がする。

 そんなグリフォンが上位の魔物と呼ばれているのは、聖奈にとっては納得であった。


「さてセナ、此処で我からの問いだ」


 と、ルキフェルはそんな言葉をかけてくる。

 聖奈が先を促すように首を傾げると、彼は言った。


「魔物の世界に於いて、我らのようなヒトはどこに属すると思う?」

「そんなの……」


 そんなの簡単だ。

 そう言いかけていた言葉を飲み込む。

 魔物は総じてヒトに害をなす。それは人間に対してに限らず、魔族にも神族にもだ。魔物(かれら)の中では等しくヒトはヒト。相手が誰であろうと襲いかかる。

 であればヒトは、魔物たちの中で最下位も最下位、世界最弱の魔物たるスライム以下の階級に属することとなる。

 そして、ルキフェルは言った。魔物も弱肉強食の世界に生きているのだと。弱者は強者に文字通り食われるものなのだと。

 要約すると、それはつまり。


「え……もしかして私達、すっごくピンチ?」


 顔面から血の気が失せるのが分かる。端から見れば、顔面蒼白だろうと自分でも思う。

 そんな聖奈の言葉に、


「うむ。逃げねば間違いなく死が訪れるであろうな」


 ルキフェルが満足げに頷いた。

 なんでそんな涼しい顔が出来るのか。もっと危機感を持つべきではないのか。

 言いたいことは多々あったがそうこうしている内に羽ばたき音ははっきりと耳に届くようになり、左手上空にあった黒点は既にはっきりとしたシルエットとなっていた。

 まずい。これは、とんでもなくまずい。

 背中に嫌な汗が流れて伝うのを感じながら、聖奈は後ろを振り返った。


「アリシアちゃん、もっと早く走れそう!?」

「むっ、無理です……っ!」


 叫ぶアリシアには、確かに余裕はありそうにない。

 本人も申告していたが、彼女は体力が恐ろしく足りない。昔から部活には入らず帰宅部で、運動らしい運動をするのは学校の授業や体育祭程度の聖奈よりもないのだから察するに易い。

 息も絶え絶えに、それでも必死に走るアリシアから聖奈は視線を移す。刹那。


「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

「むう……っ!」


 空を叩く音が間近まで迫ったかと思うと、突風が左後方から襲いかかった。

 不意を突かれ立ち止まった聖奈は後方を振り返る。

 そこにあったのは思うよりも大きな影。聖奈たちが駆け抜けた街道上に、鋭い鈎爪(かぎつめ)によってイーグルを捕らえたグリフォンが降り立っていた。

 己より一回り以上は大きなグリフォンに捕らえられたイーグルは、鋭い爪から逃れようと悲痛な鳴き声を上げながらもがいている。しかしもがけばもがくほど爪がその体に食い込み、やがて抵抗が少なくなるのを見計らってグリフォンはイーグルを喰らい始めた。

 肉をちぎり取り喰らうその姿は、元の世界でも野生動物の姿を追いかけるドキュメント番組で見るような自然の摂理そのものであったが、実際に目の当たりにするとなおさら恐ろしく感じる。

 生々しく痛々しい光景に目を離せず立ち尽くしていると、無言のままルキフェルが聖奈とアリシアに逃げることを促した。

 言葉にしなかったのはグリフォンの反応を警戒してか。もっとも頭部は鳥であるグリフォンだ。既に聖奈たちに気付いてる可能性も高いが。

 聖奈はグリフォンの捕食光景を見て引きつった顔のアリシアと共に駆け出し――


「ひゃっ!」

「っ! アリシアちゃん!?」


 短い悲鳴に、弾かれるように振り向く。

 石畳の上の石にか、あるいは石畳と石畳の間に生じた僅かな隆起になのか。いずれにせよ躓いたらしいアリシアが地面に倒れこむ。

 慌てて戻ろうと方向転換した聖奈の視界には、緩やかに顔を上げたグリフォンの姿が映った。

 足元には無惨な死骸と化したイーグル。(くちばし)を血で濡らして、ぎらつく双眸が捉えるのは倒れたアリシアだけ。

 背の翼を羽ばたかせ、グリフォンが歓喜にも思える鳴き声を高らかに響かせる。アリシアはそんなグリフォンを見て身を竦ませた。


「アリシア! すぐに立て!」


 ルキフェルが怒号を響かせるが、畏縮しきったアリシアが動く様子はない。

 ――マズイ、このままじゃ食い殺される……!

 一瞬の思考。一瞬の判断。

 止まりかけた足を動かした聖奈は地面にある小石を拾い上げると、それをグリフォンへと投げつけた。大きな体躯にぶつかるのを横目に、街道から逸れる。


「こっちよ!」


 大声で叫ぶとそれを理解したかのようにグリフォンがぐるりと頭を動かし、こちらを捉える。

 聖奈は鞘から剣を抜き放ち、両手で構えた。それだけでグリフォンは戦闘の意志と汲み取ったのか、再度鳴き声を高らかに響かせる。

 知能はあるのだと思う。それこそ、その辺りにいるような魔物よりはずっと。

 しかし空腹によって気が立っているのだろうか。今のグリフォンの判断力は普通の魔物とそれほど大差ないように思える。だがそれが、今の聖奈にはありがたかった。

 何せそのおかげで、まんまとグリフォンの意識をアリシアから聖奈へと移すことができたのだから。

 だがここからだ。ここからどうにか退けなければならない。そしてそれが出来なければ――聖奈は死ぬ。


「くっ……!」


 地面から離れたグリフォンが、翼を羽ばたかせる。

 グリフォンの体躯は、聖奈よりも二回り以上は大きい。羽ばたきだけでも生じる風圧に体が後方へとふらついた。


「セナ様っ!?」

「セナっ!!」


 悲鳴にも似た二つの叫び声に踏みとどまる。前を見据える。

 迫る巨体と鋭い鈎爪(かぎつめ)を捉えて聖奈は恐怖で竦みかけた足を気力だけで動かし、横に転がるように(かわ)した。

 だが避けているだけでは事態の収束は不可能だ。

 すぐさま跳ね起き剣を構え直す。様にならない立ち姿であろうが、そんなことはどうだっていい。視界の端でルキフェルが魔法の詠唱を開始したのが見えたが、間に合うかどうか、それ以前に間に合ったところで命中するかすらわからない。

 ――思考はクリア、かつ冷静。

 聖奈はふっと息を吐き、大回りをして向かってくるグリフォンを正面から迎え撃つべく睨みつけた。

 無謀だということは自分でも分かってる。聖奈はよくある物語の主人公のように、誰かを守れるほど強くはないのだから。

 だがその主人公たちにだって恐怖はある。無謀な戦いを挑むこともある。それなのに何故、背中を見せないのか。聖奈には彼らを理解することは出来ないけれど。


「後悔する選択は、したくないの……っ!!」


 吐き出すように言えば、震えが収まる。

 怖くはあるが、それでも此処で立ち向かわないという選択はない。

 眼前に迫るグリフォンを睨むように見据え、聖奈は気構えだけでも負けぬよう心を奮い立たせ――その時だ。

 空気を裂くような銃声が辺りに轟き響き渡った。

 聖奈の目の前に迫っていたグリフォンが悲痛な鳴き声を上げる。その大きな翼から、真っ赤な鮮血が滴り落ちていた。

 呆然と見詰めていると、鋭く叫び叱咤するような声が耳を叩いた。


「ぼさっとしてるな!」

「!」


 その声に聞き覚えはあった。だがそれを気にしている余裕はない。

 立て続けに放たれる銃弾に穿(うが)たれ、致命傷には至らぬ銃痕から全身を駆け巡る苦悶に身をよじるグリフォンに、聖奈は強く地面を蹴り付け踏み込む。

 これで倒せるとは限らない。けれど、出来ないとやる前から決め付けて、諦めたくはない。

 渾身の力を込めて、聖奈は剣を両手で振るう。

 勢いよく振るった剣が毛で覆われたグリフォンの皮膚に阻まれた。刃の押し当てられた箇所が僅かな傷となり、うっすらと赤い血が滲む。

 ――ああ、やっぱり私にはこの程度か。

 冷静な頭が、そんなことを囁いた。

 グリフォンの血走った(まなこ)が聖奈を捉え、また一気に死に近づいたのがわかる。

 恐怖が迫る。状況を理解すれば〈勇者〉と対峙したときとは比べ物にならない速度で目の前に死が迫り、体中から熱が失せたかのように冷え切るのがわかった。

 その(おそ)れを――聖奈は意地だけで押さえ込む。

 柄を握る手に力を込め直し、奥歯を噛み締め踏み込んだ足で地面を蹴るように体重をかけて刃を押し込む。グリフォンが更に躰を穿つ銃弾に構わず、鈎爪を振り上げた。

 聖奈はギッと眉をつり上げ、睨みつける。


「そんな血まみれで、往生際が悪いのよ……っ!」


 もっとも聖奈だって負けず劣らず往生際が悪いことくらいわかっている。けれども自分を棚に上げてそう吐いて、更に剣を押し込む。

 すると、不思議なことに刃がグリフォンの皮膚を裂き、肉を少し断ち斬り始めた。

 だがまだだ、こんなものではまだ倒せない。

 爪が振り下ろされるより早く。命が尽きるより早く。剣を押し込む。肉を断ち、骨を断てるように。命までは奪いたくないところであるが、その甘さが此処で己の命を散らす結果になるのなら躊躇わない。


「死ぬわけにはいかないの、私はっ!!」


 叫びながら、己の限界を超えるつもりで力を込める。刃が深く食い込む。

 火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。自分に此処まで力があったなんて思いもしなかった。

 振り上げられた鈎爪かぎつめが、聖奈めがけて振るわれる。それでも諦めの二文字なく握り締める剣を押し込み続け――瞬間、聖奈は自分の体が何故か軽くなったのを感じた。

 戸惑いが半秒。好都合と瞬時に判断を下したのと、剣に白い炎のようなものが帯びたのは同時だった。

 炎に見えるのに聖奈には熱も感じられない。間もなく白炎は柄ごと剣を包んだが、握り締める手はおろか制服すら燃やすことはなく、それどころか辿るように体へと昇ってきたそれは、聖奈に迫っていたグリフォンの爪を、腕を焼き焦がした。

 どうやらこの白炎は聖奈には傷一つ付けないが、他者が触れればたちまち焦がすようだ。

 触れる剣と、腕から燃え移った白き炎によって焼け(ただ)れる躰に、これまでより大きく痛々しいグリフォンの声が耳を叩く。

 その声にほんの少しの罪悪感を抱きながらも、剣を押し込む。不思議とこれまでのような抵抗はない。好機と判断して聖奈は躊躇いを捨て去り、


「はぁああああああああっ!!」


 何かを断つ生々しい感覚を僅かに両手に感じながら剣を振り抜いた。

 躰に深い裂傷を刻まれたグリフォンが、物悲しいまでの断末魔をあげて光へと還る。

 魔物の死骸はヒトや動物のそれとは異なり、いつまでもその場に(のこ)ることはない。グリフォンに無残に喰われたイーグルの死骸も、今は跡形もなかった。

 聖奈は目の前で柔らかな光の粒子と貸すグリフォンをしばらく見詰めていたが、やがて脱力して座り込む。

 すっかり白炎の消え去った手から滑り落ちた剣が地面を叩いた。


「……倒せた?」


 自分でやったこととはいえいまひとつ実感なく呟くと、聖奈の耳に足音が聞こえた。

 振り向いたと同時に、足音の主が聖奈へと飛びついてくる。視界に入り込んだ淡く薄い緑色の髪。少しだけ見下ろすとその少女――アリシアの肩が震えているのが見えた。


「セナ様っ、ごめんなさい……わたしのせいで……っ! ごめんなさいっ!」


 震えた声で謝罪を繰り返すアリシアに、聖奈は眉を下げて微笑む。


「あはは、謝らなくていいよ。……アリシアちゃんが無事でよかった」

「なんも良いことねえだろ!」


 と、よしよしとアリシアの頭を撫でていると、怒気のこもった声が耳に届いた。

 その青年は聖奈たちのもとに近寄ると視線を合わせるようにしゃがみ――聖奈の額を人差し指で弾いた。


「いたっ」

「お前は馬鹿か!? グリフォンみてえな上位種の魔物が現れたら逃げるのが定石。たとえ追いかけられたとしても、逃げて身を隠せばそのうちに他の魔物を捕食し始める。真っ向から戦うなんてもってのほか、それは自殺しようとしてるのと変わんねえんだぞ!? 馬鹿だよ、お前! 紛れもなく馬鹿!」

「う……そ、そんなに何回も馬鹿馬鹿言わなくても……」

「口答えすんな馬鹿セナ。一歩間違えれば死んでたんだからな、反省をしろ!」

「うぅ……っ」


 ずい、と顔を寄せられて怒られ、聖奈は顔を伏せる。何も間違ったことは言ってないからこそ、唸ることしか出来ない。

 頭上で深い溜息を吐かれたのがわかる。それからぽつぽつと、彼は言葉を零した。


「……まあ、元を正せばグリフォンの件を伝えそびれていた俺のせいでもあるからな。伝えていたなら、あんたがこんな無謀なことをすることはなかったかもしれないし」


 そこで言葉を切って、聖奈の名前を呼んだ。

 おずおずと見上げると、安心したような微笑がそこにはあった。


「無事でよかったよ、ほんと」


 そんなことを言われて、聖奈は目をしばたかせる。

 その言葉は嬉しいのだけれど、どうして助けてくれたのか、何故そんな顔をするのか、という困惑の方が大きかったからだ。

 何も言わない聖奈に対してか、不思議そうに首が傾げられ、


「それで、何故貴様は此処にいて、セナのことを助けたのだ? ――ウェインよ」


 尊大なルキフェルの問いに、彼――ウェイン=リベルタは嫌そうに表情を歪めた。


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