過ち
「どう……か……兄……君を……御頼み……願います……」
この一瞬を待っていたのか、しかし、その願いも……泡へと消える、霧綱は死んだのだ。
そして目の前に居る雪綱の命もまた……
何も言わずに貫いた腕を引き抜く、丁寧に、優しくその遺体を横にする、その傍らに一振りの剣が落ちている、
「兄君、これでも尚人を、現世を憎むか?……それほど絶望するのか!?応えろ!!」
「我が食い尽くした者共は己の欲そのままに動いた、その度に我の心は穢れて行き憎悪は深く濃くなった、だが……この者だけは違った、この者達に出会わなければ、暗く、苦しき道から救われなかったかも知れぬ」
「なれば、兄君、我等の成すべき事は一つだ」
「苦労を掛けてしまったな、弟よ、言葉で償えるとは思わぬが、これだけは伝えて置きたい、済まなかった」
霧綱が眼を覚ます、その視界には上弦の月が燦々と光り輝いている。
飛び起きると隣に雪綱が眠っていた。
その姿は地下牢に居た時のまま、時が止まったかの様に見える。
「霧綱……」
誰かの声がする、その方を見ると、霞に包まれた白い狼が二匹、霧綱を見ている。
「霧綱、済まぬ御前達を救うには、他に手立てが無かったのだ」
何を言っているのか、理解出来なかった。
それを紐解く様に、霧綱に伝える。
「心静かに聴いて欲しい、御前達は人では無い、ある時、汝等が別れを誓うその前の時に、汝等の姿を固定した、それ故幾年、幾年月時を過ごしても老いを知らぬまま、過ごす事になるだろう」
「我等の様な存在になったと思えば良い、ただ、それ故に辛いのだ、死ねぬ体に、子を成せぬ体に成るのだから、弟……雪綱へ伝えて置いてくれぬか?我を止める為に済まなかったと」
霞が徐々に薄れていく、霧綱は覚束無い頭を振り絞り、叫んだ。
「何処に行く!?何故自分の口から伝えぬ!?」
「命という物は悪戯に弄んではならぬのだ、それ故に我等は相応の場所へ彷徨う事になる、どちらかが目覚め、伝えるまで待って居ただけだ、何……心憂う事は無い、霧綱、御前と弟、雪綱の御陰で兄は憎しみから開放された、礼を言うぞ」
「白狼!!白狼…………」
霧綱が名を呼ぶ、しかし、その呼び声に応える物は居なかった。
「兄君?……ここは?涅槃か?……それなら兄君が居るのも頷ける……」
雪綱の言葉に声を返す。
「誠に無念だが、ここは現世だ」
その言葉に反応して雪綱も体を起こす。
弟は辺りを見回し、自分の体を触る。
「何をして居るのだ?雪綱よ」
「いや、確かにこの胸を貫かれた筈……黒狼と白狼は何処へと!?」




