獣
振り払おうとしても、掴むその手の力は強まり、次第に痛みが襲い掛かってくる。
黒狼に初めて焦りと動揺が走る、目の前の死体が徐々にその体を変化させていく、金色に輝き、全てを見通すその瞳、白よりも純白に包まれるその柔くも堅き獣毛が姿を現した。
「はく……!?」
紅眼黒毛の発しようとした声を、金眼白毛の獣が吼えて消す、穢れを祓う神の声、息吹が黒狼の体に突き刺さり蹲る。
掴んでいた手を離し、倒れた体勢のまま、白狼はその拳を黒狼の腹へと見舞う。
黒く、重く硬い体が意図も容易く吹き飛ぶ、白狼のゆるりと立つその所作にさえ、神々しささえ感じ取れた。
「黒狼……いや、我が兄よ、弱くなった物だ……人の繋がりを認めず、その体を穢れに染め、何が残った?何を残す心算なのだ?」
窘める様に、静かに、そして重く問いかける。
痛みに耐える黒狼もその体を起こし、口を開く。
「何が残る?何も残さぬ事が我の願いだ!崇めておきながら、人々は我等を売り、弄んだ!この屈辱は何よりも耐えられぬ!何故汝は穢れぬ!?何故我が穢れる!?」
金色の瞳が憐憫に満ち、そして一言呟いた。
「哀れな……」
黒狼の険が強まる、何に対し、何が哀れなのか、解してはいない様だった。
「何が……!?」
再び息吹が黒狼の体を突き抜ける。
再び、膝を突き、項垂れる黒狼に、白狼は続けて言った。
「人は愚かで脆く、弱い、だがそれでも強く生きる。神は姿を見せずとも、それだけで敬われる。それ故に、人に手を下すのは神に在らず、今の兄は魑魅魍魎よりも哀れだ」
「……そうだ、我は人へ手を下した、それが己が穢れると知りつつも、敬う事を忘れた人々を憎んだ。もう後には退けぬ、穢れ切ったこの身を燃やし尽くすのみ!」
黒狼は吼える、全身の力が抜ける感覚が白狼を襲う。
「穢れたからこそ、見出せる事も有るのだ、お互い、これで息吹は使えぬ、この歯牙を持って雌雄を決しようぞ」
唸り声が響く、風よりも速く、そして重い足音が芒を散らす、互いの首に噛み付き、歯牙をその首に食い込ませる。
その爪を胸に、腕に立て、一匹は己の為に、一匹は知らぬ者の為に戦う。
痛々しい傷が二匹の獣に色を付ける、疲弊しながらも、白い獣が黒い獣の口を押さえ、そのまま投げる。
全身で息を付き、互いに満身創痍である事を悟る。
「白狼、我も汝も互いに次が最後だ」
「語るに及ばず……」
二匹の獣が駆ける、金眼と紅眼の瞳が交わる、鋭い爪撃を、相手の胸を貫かんと繰り出す、その刹那……白狼の一撃は、雪綱の体を貫いた。
「なっ!?」
何が起きたのか戸惑い困惑する白狼、貫いた腕に雪綱の血が滴る、即死する傷の筈、しかし、雪綱は口を開いた。




