刻黎狼
布で隠されていた顔は獣の様な輪郭を持っていたが、今目の前に居るのは、自分と同じ顔を持つ血を分けた兄弟だった。
「兄君……何故、何故抗う事をしないのです!何故……私を殺めようとしないのですか!?」
兄と言われた男はただ、その両手を広げ、子供の様に泣く弟を抱きしめた。
「雪綱……もう良いのだ、これからは二人、誰も知らぬ所で暮らそう、我も御前も人では無い。誰にも何も言われぬ、幾分、幾日も過ぎたが。漸く言える、雪綱、心行くまで歌を歌い、音を奏でようぞ」
兄の腕の中で嗚咽を堪え、泣く弟は静かに応えた。
「いいえ、兄君……私はやはり、何も成せぬ愚かな弟です、己の過ちさえ償えずに兄君へ頼る事しか出来ぬ故に……どうか、兄へ刃を向けた咎を与えて下さる事を……」
霧綱がその言葉の真意を知る前に、弟は立ち上がり距離を取る、その姿を追おうとし、霧綱も体を起こす。
雪綱が苦しみ、悶えている、急ぎ、雪綱の元へと駆け寄るが、それに足を止めてしまった。
雪綱の体が変化していく……黒よりも暗き漆黒の化身へと、血潮よりも紅き眼は体が震える程の憎悪に満ちている。
「……しぶとい蟲めが!やっと我に喰い尽くされたか!」
枯れた声、それは雪綱とは違う声、何が起きているのか解らずに佇んでいると、腹部に強烈な衝撃が襲い、吹き飛ばされた。
まともに受身も取れず、糸の切れた傀儡の様に、転がる、全身から力が抜けていくのが解った。
それでも尚立ち上がり、その姿を探す。
その背後から、人を憎み、現世に絶望を抱く化物が吼える。
「白狼!我が同胞よ!己を喰らい、現世の全てを滅してくれよう!」
独り、いや、一匹の獣が、現世を一切合財全てを滅ぼす。
一笑に付す所だが、しかし、何故か真実味を帯びている、
黒狼と霧綱の間に、一振りの剣が地面に刺さっている、それを見た霧綱は痛む体に鞭を打ち、駆け出していた。
駆ける音に反応し、獣も剣へと駆ける。
肉が潰れる音、聞く者全てが嫌悪する様な音が芒の原に響く。
風に舞う綿毛が、黒き獣の体へと舞い降りる。
その紅き瞳に映るのは、無残にも血を流し、死に抱かれた瞳を残す一匹の化生の姿だった。
「阿呆めが、その脆き肉で我に勝てると思うのも甚だしい……と申しても聞えておらぬか、何とも呆気も無い」
憎しみの権化とも言える、獣が歩む、霧綱の手に握られた、その剣を目指して。
この時、この瞬間、黒狼は勝利の美酒に酔い痴れていたのか、それとも、ただ、その身に湧き上がる憎悪を爆発させる事を考えていたのか、それは誰にも解らない。
しかし、霧綱の剣に手を伸ばした瞬間、その手を止める物があった、それは死んだ霧綱の手だった。
無論、相も変らぬ瞳に生気は無い。
ここも修正しないとなぁ、後白狼と黒狼の名前を変えなければ。。。。




