授かる子の為に
「夜も更けてきた、些細な事ながらも歌を贈ろう」
困惑する二人を尻目に、化生は滑らかな口調で歌う。
「茜さす対の若草波雲に新玉を磨ぐたまきはりけり」(愛し合う夫婦は新しく迎える命の為に己を磨く)
「我等の為に歌を頂戴する事をかたじけなく思います」
余程嬉しかったのだろうか、静は何も言わずに涙を流し、金丸は精悍な面持ちになった。
霧綱は頷き、立ち上がる。
「心惜しいが別れの時だ、我は都へ戻り、京の民を守らねばならぬ、金丸、良き奥方を娶った、侘しくとも互いに支え、慎ましくも良く生きる事を願う」
「不肖金丸、身命を持って臨ませて貰います、しかし、天井を壊すのは止めていただきたく願います」
高らかに笑い声が響く、化生となり、初めて心から笑った。
「道中の無事を願います」
村を去る際に村人が総出で霧綱に声を掛ける、皆一様に笑顔に溢れ、命がある事に喜んでいる。
静は乳無し子を連れている、何事かと霧綱が近寄ると、一人の子供が前に進み、手を差し出した。
その小さな手には、雅とはかけ離れた小さな鞠が乗っている。
「ありがとう」
ただ一声、子供は霧綱へ告げた。
自分がもう少し速く朱天を討つ事が出来たのなら、この子等は親を亡くす事も無かったと自責する。
「霧綱様、どうか御自分を責めないで下さい、御前が来なければこの村が死に包まれていた事でしょう、無念だと言うのなら、これ以上この子達の様な子を出さぬ様守って下さい……そして、人を守る事に疲れたのなら再びこの村へと赴く事を願います。貴方がその身を持って教えた事をこの村の者達は忘れませぬ」
静の言葉に大きく頷き童から鞠を受け取る、そして何も言わずに村を去った。
後悔をする暇も無い、雪綱はまた、再び京を魑魅魍魎で覆い尽くすだろう。
弟の企てを止める為に進む、それしか道は無いのだから。
月が白銀に輝く髪を照らす、人を守る為に、弟を止める為に、人を辞めた化生は疾風の如く山を降る。
さて、ここまで御静聴頂き、誠に嬉しい反面、少々、心残りで御座います。
次はいよいよ、兄、霧綱と、弟、雪綱の最後の戦いで御座います、皆々様、どうか今暫くの御時間を頂ける事を願います。
「霧綱、心残りは無いか?」
白狼が静かに語りかける、思えば白狼と出会い苦楽を共にしていた。
そして一つの疑問が浮かび上がる、いや、それを聞こうとしなかっただけで霧綱は白狼の全てを知らずに過ごしてきた。
「心残りは無いが、ただ一つ聞きたい事がある、白狼、御前は何故、剣に収まっておる?名品とも成れば人から崇められる物だろう」
暫しの静寂の後、自分に言い聞かせる様に、白狼は語る。




