分かつ道
生まれて初めて母の愛情に近い物をその身に受け、哀れな化生、霧綱は涙を流す。
視界が霞み、目の前に居る人影も区別が付かない、だが、その胸に去来するのは安堵と悲哀だった。
「霧綱様、御身は疲弊して居ります、今は何も考えず、その体を休めてください……そして、人を守る事にかたじけない事を申し上げます」
感謝の言葉を受け取り、霧綱の心に充足感が満ちる、雪綱は朱天を討つ事を成し遂げたのだろう。
それが出来ていないのなら、今こうして生きては居ないのだから。
これほど安心して眠る事が出来るのは何時以来だっただろうか、人だった時も、責務に追われ、化生となっても心休まる時など無かった。
幾日が過ぎ、月が映える晩、霧綱は目を覚ます。
「御加減は如何か?」
顔を横に動かすと、傍らには静と白狼を奪った男が腰を降ろしていた。
「御前は……」
「我は金丸と申す、先の事は悔やんでも悔やみきれぬ……どうか御容赦頂きたい」
金丸という男は深々と頭を下げる、その頭を静が叩き、顔を上げさせる。
「そんな事を言う為にここに来た訳じゃないだろう!ほら、気概を見せるんだよ!」
これには霧綱も飛び起き、驚いた、今の時代、女が男を叩く上に怒鳴る事など有ってはならない事だったからだ。
「解った!解った!……霧綱殿、不肖ながらも我は静を娶る事に相成りました、それも、霧綱殿がこの村を訪れなければこの婚姻も、叶わなかったでしょう」
金丸が言い終わると静も口を開く。
「霧綱様、御君を慕おうとしても、御君はこの手から離れていく事でしょう、触れては為らぬ者を想うのは罪なのでしょうか」
霧綱は静かに目を閉じる、そしてゆっくりと語る。
「我も人だった、だからこそ、その想いは何よりも嬉しい、他人を想う気持ちが罪ならば、何を持って罰するのか、生憎と我はその答えを知らぬ、それに礼を言うのは我の方だ、我が眠る間、そなたが付き添う事で母の愛を感じたのだ、それ故に一つ伝えておきたい。生まれる子が双子であろうと、必ず愛して欲しい、金丸、御前も良き父として精進してくれ、そして何とめでたき日か!」
二人は深く頭を下げ、霧綱の言葉を噛み締めている。
語る口から、その重さが伝わる。
「時に、我を運んだ男が居なかったか?」
霧綱の一言に静が顔を上げる。
「はい、霧綱様と同じ様な出で立ち、顔もそのままで御座いました」
「そうか……何か申しておったか?」
「一言、頼むと……それだけ告げると風よりも速く、何処かへと向かわれました」
「そうか……吾奴め、我を見ておった様だな」
二人は霧綱の言っている言葉に薄々と気づいていた、傷付き、息も絶え掛けている霧綱を運んだ者こそ彼が追い求める物だと。




