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天を衝く角

 男は口を大きく開ける、顎が外れ、肉が伸びる。


「あああ!いや……いやあああ!…………」


 何という事か、男の口が酒天の顔を覆うと同時に、醜い半身が瞬く間に美しい半身へと変わって行く。

酒天の体が抜け殻の様に干からびて行く、男は酒天の精気を吸い取っているのだろう、金に輝く髪、天を衝く雄雄しく朱の角、朱天童子、正にその名に値する様相だった。


「さて……我が居をここまで荒らした犬には、躾が必要だな」


 朱天が指を指す、その方向に居たのは雪綱だった、指された瞬間、轟く様な轟音が響く、離れていても強烈な風が霧綱を襲う。

距離が有っても肌を切裂く強風に雪綱は成す術も無く、翻弄されている。

 悲痛な泣き声が響く、霧綱は白狼に言った。


「頼む、変化させてくれ……このまま雪綱を見捨てる事は出来ぬ……」


「止めても汝は傷ついた身で助けに行くのだろうな。最早何も言うまい、助けてやれ」


 白狼の一言が終わると同時に、体中から力が溢れてくる、それに伴い再び破壊衝動が霧綱を蝕む。

だが、その衝動に耐えると、視界が開けた。


「伏せろ」


 雪綱は朱天の言った言葉通りその場に伏せる、傍目から見ると正に犬の様だが、実際には朱天の操る風で人形の様に扱われていた。

何とか立ち上がろうとする物の、それ以上の暴風が襲い掛かる。


「うむ、賢い……番犬に相応しい姿だ」


 鋭い風が化生の体を徐々に切り刻んでいく、硬い筈の獣毛も真空の様な風の前には意味を成さず、じわり、じわりとその血潮が流れ出て行く。

とうとう眼も開けるのが辛くなり、閉じてしまう。

 初めて己を越える存在にどう対処していいのか、雪綱は解っていなかった。


「雪綱……」


 暴風が弱まり、自分の名を呼ぶ声がする、雪綱が眼を開けるとそこには、白銀に輝く獣がいた、金に輝く瞳が雪綱を黒狼を優しく見つめている。


「兄君?」


「話は後だ、手を取れあの鬼は二人でやらねば手に余る」


 霧綱にも荒れ狂う風は襲い掛かっている、だが、当の本人は全く意にも介していなかった。

雪綱を右肩で支え、左手を朱天へと向ける。

 すると荒れ狂う風も、二人に届く頃には穏やかな凪へと変わって行く。


「雪綱、強くなったな……自信に満ちて生気に満ちている、それは兄として素直に嬉しいぞ」


「……何時まで経っても不出来な弟には変わりませぬ、今一度言います、侮蔑して構いませぬと」


「その不出来な弟に兄は助けられたのだ、これほど愉快な事は無かろう」


 久方振りの兄弟の会話、互いに肩を支える事が出来るのは、化生の道を選んだが故に訪れた物だった。


「ほう、愉快な獣だな。我と力比べをするか、試してやろう」

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