災禍
「愉快……愉快よの、雪綱、そなたの剣舞は惚れ惚れする物じゃ、妾を殺そうとするその殺気も、他の者では味わえぬであろう。しかし、いい加減観念したらどうじゃ?斬れる剣も妾に届かぬのなら無用の長物じゃろう?」
「汝の言う通り、剣が届かぬのなら確かに無用の長物だな」
雪綱は剣を鞘に納め酒天へと向き直る。
「認めよう、剣では汝を殺める事叶わず、だがこれなら届くだろう」
雪綱が呻きを挙げる、狩衣が破れ、見る見る内に獣へと変わっていく。
酒天は何が起きたのか解らず、ただ、その出来事を見守るしか出来なかった。
大きく息を吐き、雪綱は告げる。
「剣は無い、だがこの牙、爪、鼻、耳、全てが剣より鋭く切れる、何処まで逃げ切れるか……簡単に捉えられぬ様に肝に銘じておくのだ」
それからは雪綱の独壇場だった、酒天が消え現れる先々を読み取り、薄皮を剥いでゆく、まるで獣が獲物を嬲り殺そうとしている様だ。
それに、鬼とは言え相手は女、それが余計に霧綱の心を責める。
「雪綱ああああ!」
叫んだ、もう止めてくれと、変わり果てた弟など見たくないと言わんばかりに大きく叫んだ。
雪綱は一瞬霧綱を見て、動いた。
次の瞬間、雪綱の爪は酒天の腹に穴を開けた。
そしてそのまま帳へと酒天を投げつける、周囲には至る所に酒天の血が飛び、惨状を物語っていた。
しかし、これで全てが終わったんだと安堵していた時。
けたたましい破壊音と共に、帳がある場所が陥没した。
二人はその場所へ動いた、足元には大きく、そして深い穴が口を開いている。
「何が、起きた?酒天はどこぞへ消えた?」
霧綱が訊ねる、しかし雪綱も知る由は無い。
それを確かめようと二人が穴を覗くと、唐突に吹き飛ばされた、吹き飛ばされる瞬間感じたのは。
途方も無い強さの風だった、余りの強風に霧綱は天井に叩き付けられ、更に床へと落ちる。
雪綱は柱に背中を強打したが、全く効いていない様だった。
霧綱は朦朧とする意識の中、それを見た、酒天を片手で抱き支え、空中で胡坐をかく姿を、半身は霧綱よりも美しいが、残る半身は眼を背けたくなるほど醜い物だった。
「朱天……さ……ま……」
腹を貫かれた酒天が呟く、あの女鬼は酒天では無かったのだろうか。
少なくとも死の間際の言葉に偽りは無いと霧綱は考えていた。
「茨城、この様な獣を招く等何を考えておる?この醜き姿を見よ、時を待たずして目覚め、膨れ上がった我が半身を……」
「朱……天……さ…ま……どうか……お……許し……を……」
刹那、雪綱が男に飛び掛る、しかし、その爪と牙が届く事無く、柱へと叩き付けられた。
「哀れな茨城よ、この者共を懐柔しようとしたのだな。ならば我が直々に従わせよう、だが……」




