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束の間の休息

そこに居たのは猪を担ぎ上げた化生――霧綱が居た。


「驚かせたか?済まぬ、しかし汝も腹が減っておろう?塩など持ち合わせておらぬが……その代わりと言っては何だが、山椒を見つけてな、今火を起こすしばし待て」


 化生が慣れた手付きで火を着ける、袖から短刀を取り出し、猪の皮と肉を切り離していく。

炎に炙られた肉と山椒が香ばしい匂いを上げ、娘の食欲を駆り立てる。


「良し、出来たぞ」


 娘は今か今かと、待ち焦がれていた様だ、貪欲に肉を貪っている。

霧綱はそんな娘に話掛けた。


「娘……あの村が好きか?」


 娘は頷きつつ食べ続ける。


「我も大切な、守りたい者が居た、半分は叶わず、半分は叶ったが……失った物は多く、そして悔いる事も多かった。娘、目の前の事に囚われず最善を見よ、我の様に欲を出すと身を滅ぼす、何を例えて話しているのか、解からぬと思うが。何時か解かる日が来るだろう」


 何処か人の様な考えに娘は悟る、目の前に居る化生は人だったと。

食指を止め、霧綱へ答えた。


「随分と辛い思いを重ねて来たのでしょうね……全てが解かると申しませぬが、思う所は有ります、どうか御自分を責める事の無きように」


 炎に照らされ、微笑む霧綱の顔は何処か哀愁に満ちた物だった。

数刻もしない内に娘は眠りに付いた、男の様に狩衣を纏い、山道を案内したのだ疲れが溜まっていても仕方が無い。


霧綱は天を仰ぐ、瘴気に阻まれながらも、辛うじて星や月が見える、弟の事を考えていた、今も何処かで同じ様にこの星と月を見ているのではないかと。

確証は得られないが、自分と同じ様に天を仰いでいると、そう感じていた。


「雪綱……汝の夢は叶い、幸せに満ちて居るか?外の世界もまた、牢と知る事の無きよう我は願う」


 闇に響く言葉は、虚しく虚空へ消え、その答えを返す者は居なかった。

傍らの焚き火が爆ぜ、そして徐々に炎が消えていく、火の粉が舞う頃、娘の眼は覚めた。


「休めたか?ならば今のうちに村へと戻るのだ」


 娘の眼には剣を握り締め、背中を見せる化生が映っている、その化生の前方から、吐き気を催す程の空気が押し寄せて来ている。

娘は嗚咽を漏らし、その場に縫い止められた。

 動こうにも、眼を離せない。恐怖が娘を捕らえ、離さずに居る。


「娘!我の眼を見よ!汝の名は?」


 生気を奪われた眼で娘は霧綱を見上げる、そしてやっとその口を動かす事が出来た。


「静……と……申します……」


「静、何も案じる必要は無い、汝は村へ帰るのだ、汝を慕う幼子が待っている、さあ行くのだ」


 凍えるような手が静の体を包む、余りの冷たさに身が竦む。

しかし化生が言った言葉は何よりも温かく、安堵に包まれた物だった。

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