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熊童子

 鬼は驚愕した、霧綱が何故怒りに満ちているのか分っていない様だ。


「何を怒る必要が有る?……先も言ったが、この者達は生きていた時より、死した今が何よりも幸せに満ちているのだ。そう言えば我が名を告げておらんかったか、我が名は熊童子。うつつに未練を残す者を救う者だ」


 目の前の鬼は、自分の行いに微塵の後悔も罪悪も感じていない様だった。吐き気を誘う死臭と腐敗が、この鬼を象らせるに何人の死者が犠牲になったのか、想像に出来なかった。


「これ以上は語るに及ばず、今、汝を討ち取ってくれよう!」


 言うや否や、霧綱は剣を首に向い、真一文字に振るが、その手に肉と骨を絶つ感触は伝わらなかった。熊童子は、その形相を一気に鬼そのものに変え霧綱を見ていた。


「そうか、御前の心の内は良く理解した。一族こそ違えどと思ったが、獣は獣という事か我もこれ以上は語る言葉を持たぬ、その四肢を落とし、首と胴を残した上で聞かせてもらうとしよう」


 熊童子は右手を軽く上げる、すると、それまで動きを止めていた死者達は、合図を皮切りに一斉に動き始めた。


「白狼!何が起きた!?確かに首を絶った筈だ!」


 襲い来る死者を避けつつ、霧綱は声を荒げた。これまで狩って来た化生、魍魎、鬼、その全てを白狼で切り伏せてきたのだから。


「余程この熊童子が強大という事なのだろう。ふむ、霧綱、このままだと汝の負けだ、いずれこの亡者共に捕まり、あの者が言う様に四肢を落とされるだろうな」


 霧綱は、平静を保とうとして更に声を荒げた、白狼が初めて負けると言った事に動揺を隠そうとしている。目の前に居る亡者の腕を、体を、首を斬るが、彼等は死ななかった。


「その言葉が真実なら何か出来ぬのか!黒狼を止める事すら叶わぬぞ!」


 そう言っている間に、亡者共は霧綱の足へ、腕へと、その腕を絡ませ、地面へと押し倒した。

耐え難い腐臭と重量に、霧綱は嗚咽を上げる。

 その右手に握られた剣を手放す事は無かったが、だからと言って事態が好転する訳でも無い。

熊童子はこの状況を楽しんでいるのか先程とは打って変わり、寒気がする様な笑みを浮かべている。


「霧綱殿、どうやらここまでの様ですな。そうだ、一つ良い事を思いつきました……御前を殺めた後、再び蘇らせ酒天様の土産としましょう、酒天様はきっと御喜びになられる、霧綱殿……安心してその灯火を終わらせて差し上げる」


 ゆっくりと確実に熊童子は霧綱の元へと歩みよる、その光景を焼き付ける為か、死者達は頭を押さえる事はしなかった。

だから熊童子の行う事もしっかりと双眸に納められた。

 一人の死者が熊童子に近寄った、熊童子は近寄ってきたその死者の頭をそのまま胴から抜いた。

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