遊貴丸
「むう……しかし教えを授ける事は出来るだろう?人を襲わぬ様に諭し守る為に生きろと、そう教えていけば良いのでは無いか?」
「それは出来ぬ事も無いが……我等には成す事が有るのだぞ?それを分かっているのか?」
「重々承知している。だが今直ぐに斬る事は出来ぬ……出来ぬのだ。化生と言えど幼子を斬るなど出来ぬ」
「甘いな、我は動く事すら出来ぬ、静観させてもらおう」
白狼はそう告げると黙る。霧綱は化生に声を掛ける。
「童、汝の名は何と言う?」
「僕?僕の名前?……」
「ああ、そうだ童、名を何と申す?」
幼子は困った様に顔を曇らせている。
「もしかして名を思い出せぬのか?……」
「うん……」
「何と……落ち込む必要は無い、我が名を授けよう」
名を貰えるのが嬉しいのか、幼子の腰に生えた二本の長い尻尾が右に、左に揺れている。何処と無く猫の様な仕草に愛らしさを感じる。少しの間思案をし、霧綱は口を開く。
「遊貴丸……うむ、汝の名は遊貴丸だ。」
「僕の名前?……遊貴丸?……」
「そうだ、汝の名は遊貴丸だ、もっと良く汝の事が分かったら、大人の名を授けよう。それまでは遊貴丸だ」
遊貴丸は大きく目を開き、喜んだ。飛び跳ね、全身で喜びを示している。ふと動きが止まり遊貴丸は霧綱の方を見、そして尋ねる。
「貴方は誰?僕の父様?……」
「まあ、名付け親だが……」
「父様……有難う……」
視線を合わせる為に床に腰を降ろしていた。小さい、幼子の手が霧綱の体を抱きしめる、体を包もうとして届かない手が余計に愛おしく感じられた。霧綱は遊貴丸の頭を撫でて心に誓う。それは弟にも誓う筈の事だった。
日が経つに連れ、遊貴丸は目まぐるしい成長を遂げる、真の化生とは育つのも早いのかと感心していた。
そんな中、霧綱は遊貴丸へある事伝える。
「遊貴丸、我等は人に非ず、だが善行を行えば何時かきっと遊貴丸は人に敬いを持たれる日が来るだろう、それが我の願いだ。何が有っても人を傷つける事無く、人を守ってくれぬか?」
「父様、遊貴丸は父様の言い付けを守ります。だから父様も遊貴丸と共に敬いを持たれると誓って下さい」
霧綱は遊貴丸の一言に罪悪感を覚えたが、安心させる為に頷いた。
それがどの様な事を引き起こすのかを考えずに。
二匹の化生の生活は、特に問題も無く穏やかに流れていく。
時折怪我を負い、帰って来る霧綱の事を心配の声を掛ける以外は。
今宵も霧綱は鬼を狩り、寝所へ帰る途中だった。林の中へ歩を進めようとすると、足が動かない。
「占いに面白い示しが出た物でな、尋ねさせて貰った。霧綱殿、我に言えぬ事が有るだろう?」
霧綱の心に突き刺さる言葉だった、遊貴丸を匿ってから会いたく無い人物が霧綱の前に現れたのだ。




