雌雄決す
化生と言えど永遠に動ける訳ではない、ましてや元は人なのだから。
徐々に動きは鈍り、鬼の鎌が霧綱の髪を掠め始めた。夜の闇に銀髪の髪が舞う、均衡は崩れつつある。
霧綱が後ろに飛び退く、鬼は間髪入れずに追い掛けて追撃を繰り出す。
今度こそ逃がさぬと言わんばかりに猛攻は続く。横をすり抜け、距離を取ったと思っても、直ぐに追いつかれてしまう。
疲労は頂点に達し、とうとう霧綱の足は止まってしまった。
「白狼、済まぬな……どうやら……ここまでの様だ……」
「何、化生と言えど元は人、良くここまで耐えた、汝の事は忘れぬ。潔く参ろうか。」
剣を構え直し、改めて対峙する。獲物が疲れ果てたのを悟ったのか、鬼は鎌を大きく掲げ、力を誇示した。そして鬼はそのまま動かなくなる。何が起きているのか……それを理解するのに時間が掛かった。
「霧綱殿、諦めるには早すぎぬか?汝には成すべき事が有る我はそう言った筈だぞ。」
「忠行殿!」
「我に構う暇が有るなら剣を手に取り進め!憂う事無く前の鬼だけを見よ!」
疲労に満ちた体に鞭を打ち鬼へ走る。呪縛が解けたのか鬼は動き始めていたが、霧綱の周りに驚く事が起きた、辺り一面に霧綱が現れた。
それは忠行が操る式だった。恐ろしい数の霧綱が、同じ様に動き、鬼へ向かい一斉に飛び掛る、鬼は余りの事に驚いた、鎌を振り回し霧綱の幻影を次々に切り裂いていく。
そして一閃……真一文字に鬼の、人の首にどす黒い傷が開き、そして瘴気が放出された、鬼は流れ出る瘴気を押さえる為に溶け合った腕を使うが、次の瞬間炎に包まれた。
後ろを見ると忠行が印を結び霧綱を見ていた。体が動かなくなる。
「忠行殿……御前に滅されるのなら安心して弟を任せられる。」
諦めとも、覚悟を決めたとも取れる霧綱の表情に忠行は腕を下ろした。
「興醒めだ、我は人に害を成す鬼を滅す、それだけを生業としておる。人に害を成さぬ化生など無害にも程が有る。汝の思いは本物の様だ、だからこそ頼む。我も毎晩の様に鬼を滅す事は叶わぬ、出来るならば我の代わりに今しばらく京の街を民を守ってくれぬか?しがらみに囚われぬ御前だからこそ頼めるのだ。何時か汝の代わりが現れる、その日まで京を守ってくれぬか……」
忠行は頭を下げ頼んだ、霧綱はその思いを受け取り、忠行へ頭を上げるように促した。
「忠行殿、どうか御顔を御上げ下さい。我如きの者に頼まれる等と、陰陽師に相応しくない。力の無い我を頼る事に感謝致します、我の力がどこまで通用するか判りませぬが、この身命、民の為に尽くさせて貰います。もし何か有れば我の寝所へ使いを出して頂けたら何時でも馳せ参じます。では、これにて失礼させて頂きます」
忠行が顔を上げると霧綱と瘴気の糸が消えていた。