撤退
「こやつ!!」
不意の事、そして二度も術を破られた事が、若き陰陽師の防御を遅らせた。
防御の詠唱は間に合う訳は無く、目前に迫る二つの鎌を陰陽師は見ている事しか出来なかった。
初めて訪れる恐怖に目を瞑り。貫かれ、切り裂かれる感覚を待ち、そして体が浮遊感に包まれた。
閉じた目が開かれ、自分が今いる場所を確認し状況を把握する。
「降ろせ!我を食うつもりか!?返り討ちにしてくれる!」
「話が通じぬ御方だ、我は御前を食うつもりも地に叩きつけるつもりも無い、下にいる鬼は御前を喰らわんと狙って居るが。見えぬか?」
陰陽師の眼下に京の街が映る。鬼が羽を広げ羽を震わせている。
「おい……あの鬼は飛べるのではないか?」
「恐らくはな、我は跳躍こそ出来るが、だからといって自由に動ける事は出来ぬ」
「それは……何故!跳んだ!?逃げれぬでは無いか!」
「逃げる事叶わずだな、汝が協力しない限りは。防御の術で奴の攻撃を塞がねば二人とも死ぬな」
「我が化生に助太刀をするとでも!?」
「出来ぬならお互いに死を待つのみだ、我が攻撃を加えても受身は取れぬ、かといって汝が術を使おうとも確実にどちらかが死ぬ、それは京の滅亡に繋がるだろう。今取れる最善手は防ぐしかない。時間も無い、今決めよ」
鬼が不快な音色を立てて飛び立つ、獲物は化生と人だった。
「陰陽師!」
「黙れ!気が散る!…………!!」
聞いた事の無い呪文を恐ろしい速度で発し印を結ぶ、次の瞬間何かの衝突する音と、焼け焦げる匂いが霧綱の鼻腔を刺激する。地に降り立ち陰陽師を降ろす。
「流石は陰陽師だな。悪しき鬼から京を守る、こうでなくてはな、鬼は滅したのか?」
「いや時間が足りなかった、手傷こそ与えたが、あれは力を蓄える為に隠れているのだろう。それにしても奇異な化生よ、何故相容れぬ者を助けた?何が目的なのか話して貰おうか」
霧綱は語る、自分が双子である事、自分なりに国を変えたつもりだったが、因習を変える事を出来なかった事、そして授かった宝物の事、全てを隠さずに話した。
「辛き事よな、人の身から化生へ変わるとは。並々ならぬ決意と覚悟の上の決断だが……弟の居場所は分かったのか?」
「皆目、見当が付かぬ。ただ、今は鬼を狩り、瘴気を辿るしか出来ぬ。我が弟は今どこで何を成している事やら。我は情けなく思う、弟を止める事すら出来ずにただその影を追う事しか出来ぬ自分を」
「誰も汝を責めぬ。元より吉兆は最悪を避ける物、不吉だと言ってその存在全てが悪い物ではない。気に病むな……汝の行く道を間違えてはならぬ」
鬼を滅する者が霧綱を認めた、ただそれだけなのに嬉しかった。