~取説~cross~発明~
5月の8日、今日は―――――――――
「取説、ちょっと良いかしら?」
教室を出ようとしたところで蛍奈に止められた。
「なによ、私急いでるんだけど」
今日は特別な日だ。それは私だけではない筈だけど、こんなに急ぐのは私ぐらいだろう。
「依頼なら一人でやってよね」
「今日は依頼も発明も取扱説明書も関係ないわ、ちょっとした質問があるの」
質問? どうせまたあの時みたいに訳の分からない事を…
「今日って、母の日よね?」
……え?
「え、えぇ、そうね」
蛍奈から意外な単語が飛び出した。
確かに今日は5月の8日、母の日だ。クラスメイト達の会話に耳を傾けてみると、
今日母の日だよね?
何か渡すの?
とりあえずカーネーションだよな?
という会話が聞こえてくる。私が急いでいたのもそれが理由だ。
「それでね取説、母の日って具体的にどうすれば良いのかしら?」
「は?」
母の日をどうすれば良いのか?
「そんなの、日頃のお礼を言ってカーネーションとか渡すんじゃないの?」
私だってそのつもりだ。
「……なるほど、さすがは取説ね、説明が上手いわ」
「それ、ほめてないわよね?」
「もちろんよ、嫌味と取るのがいいわ」
やっぱりいつもの蛍奈だわ。
「……でもね、ワタシだって人の子よ。ちゃんと母だっているんだから」
瞬間、声のトーンが真剣なものになった。
「普段はマッドサイエンティストだけどね」
たった一瞬だったけど。
蛍奈は私の横を通って教室を出ていった。
「……」
あの一瞬の言葉、妙に引っ掛かるわね。
私は蛍奈の後を追った。どうせ行く先は同じ昇降口だ。
隣に並び、さらりと訊ねてみる。
「蛍奈のお母さんは何をしてるの?」
さっきの言葉がそういう意味なら、蛍奈はこの質問に答えるはず。
「ワタシの母方の祖父母が発明の種という物を造ったのは知ってるわね?」
食い付いた。
「えぇ、何十年か前に流行ったっていうアレね」
「発明の種はとてつもない売れ行きを見せた……けどそれは不良品だったのよ」
そういえば、ある時から発明の種が姿を消したという話を聞いた事がある。
「ソレを回収しているのがワタシの母よ」
「……」
予想が無かったわけではないけど、まさか本当にそうだったなんて……
しかも、回収しているのが、と蛍奈は言った。
「義務教育、ワタシが中学を卒業するまでは普通の主婦をしてたわ。でもワタシがこの高校で寮生活をするようになってからまた始めたのよ」
つらつらと、普段の蛍奈から想像出来ない饒舌で語り出した。
「はっきり言って無謀な数発明の種は世界にばら蒔かれたわ。けれど母は一人、聞いた話では協力した誰か……いえ、何かがあるらしいけど、今もまたその物と一緒に東西を回ってるの。それを知っている父は母に国内を任せて、自分は国外へ出て探しているのよ。更に広い範囲をね」
昇降口へ向かいながら、蛍奈は自分の親子関係を語っていく。
「ワタシだって昔からマッドサイエンティストだった訳じゃないのよ。思い返してみれば、構ってもらいたくて発明を造り出したのかもしれないわね」
昇降口を出て、校門に向かっていく。
「今日ね、ちょうど母が家に帰ってくるから。母の日の何かをしようと思って取説に聞いたのよ」
「……」
校門を出た。
そこで今まで黙っていた私は口を開いた。
「蛍奈」
「何かしら?」
「アンタって人は……どうしてそうあっさりと嘘を言えるのよ?」
気づいたのはかなり最初の方だ。
蛍奈は、寮生では無い。だからさっきの、この高校で寮生活をするようになってからというところは全くの嘘だ。
「ふふふ、さすがは取説、騙されないのね」
にやりと蛍奈は笑った。
「母の日を聞いてきたのは、わざわざ嘘を言う為だったっていうの?」
「勝手付いてきたのはアナタの方よ、ワタシはただ話しただけ」
「……やっぱり、アンタは変わり者よ」
「えぇそうよ。何故ならワタシはマッドサイエンティストだから」
そう言い残して、蛍奈は言ってしまった。恐らく母親の待つ家へと。
「……」
蛍奈が寮生なのは、嘘だ。けどその後の言葉は、正直分からない。声こそいつもの蛍奈だったけど、語られたあの言葉はそう簡単に造れるものでは無い筈だ。
つまり、あの言葉が全部本当だとしたら……
「……私も急がなきゃ」
とりあえず頭の片隅に追いやって、私も帰路についた。
……今日くらい、親子仲良くしなさいよね。
本日は母の日、何か書こうと考えていたらこれを発見して作品にしてみました。
彼女の母は、今もなお続けているかもしれない。けどそれは嘘かもしれないし、本当かもしれない。
どちらにせよ、本日が母の日なのは本当なのです。
それでは、