約束を守れない婚約者は信頼できないので、拳で別れを告げました。
「どうしてあの人は来て下さらないの」
交流の席で今日も、婚約者のルイド・アフェルト公爵令息は来てくれない。
フェリシア・ミルド公爵令嬢は涙を流した。
あまりにも悲しかったからだ。
これで何度、むなしくルイドの事を待ったのか。
ルイドとは一年前、政略で婚約を結んだ。共に16歳。
金髪碧眼のルイドはとても美しくて、フェリシアはルイドを一目見て、とても嬉しく思ったのだ。
こんな素敵な人が自分の婚約者だなんて。
ルイドはフェリシアに対して、にこやかに、
「これから、よろしく頼むよ」
と微笑んで手の甲にキスをしてくれた。
しかし。それ以降、ルイドに会う事は無かった。
交流の誘いに美しく着飾って喜んで出かける事、20回。
そのたびに、ルイドは都合が悪くなったと、フェリシアをアフェルト公爵家の庭のテラス席に待たせておいて、来ないのだ。
どうしてなんで?そちらから誘われたからわたくしは出向いて来ているのよ。
結局、待つこと一時間。ルイドは現れることなく、フェリシアは冷めた紅茶を飲み干して帰るしかなかったのだ。
都合が悪いのなら、最初から誘わないでよ。
きっかり一時間、待たされた挙句、使用人が、「ルイド様は今日は都合が悪く、共に過ごすことが出来ないとおっしゃっておりました」
と言われるのだ。
何故か一時間、きっかり待たされた後にである。
都合が悪いのなら、その日にしなければいいでしょうに。何故にきっかり一時間、待たされるのか理解できなかった。
そんな日々が20回も続けばさすがに、フェリシアもうんざりした。
両親に訴えても、
「アフェルト公爵家と縁が出来るのだ。耐えろ。耐えてくれ」
「そうよ。あの名門アフェルト公爵家よ。結婚すれば嫌でも一緒にいられるのだから。我慢しなさい」
我慢しなさいですって?
さすがに我慢できないと思った。
約束は信頼である。
信頼を裏切ってばかりいるルイドに対して不信感しかなかった。
だから21回目のお茶の席の誘いがあった時に、こちらの都合が悪いと使用人を通じて断った。
そうしたらこちらの都合のいい日はいつかと使用人を通じて聞いてきた。
だから、都合のいい日はありませんと、きっぱりと断りの返事を使用人を通じてルイドに伝えて貰った。
そうしたら、いきなり、ミルド公爵家の門の前に現れたのだ。ルイドが。
「フェリシア嬢に会いたい。私は婚約者のルイドだ」
フェリシアは驚いた。
門の前でルイドが立って喚いていると聞いて。
放っておくわけにもいかずルイドを客間に通すと、ルイドは、
「私の方から折れてやっているのだ。何故、都合がつかないという。都合をつけて会いに来るのが婚約者としての務めだろう」
「会いに行っても都合が悪くなったとわたくしに会わない事、20回。いい加減にして頂きたいですわ」
「私の事を愛しているのなら私を待つべきだ。会えなくてもじっと耐えてまつのが妻になる君の務めだろう」
「おかしいんじゃありません?婚約者になったのなら、交流を持って互いの将来の事を話し合ったり、互いの事を知る事がいかに政略とはいえ大切ではないでしょうか。それなのに。会えなくて20回。きっかり1時間待たせてから都合が悪くなったって。どう考えてもおかしいとしか思えませんわ」
「だから、会えなくてもじっと耐えて待つのが妻になる君の務めだと。私の母も父のどんな我儘も耐え忍ぶ素晴らしい母上だ。だから、君も私の為なら1時間くらい、じっと待つこと位、婚約者として当たり前だと私は思っているのだが」
「それが20回ですか?わたくしの時間を返して下さいませ。そんなくだらない事に時間を使いたくありませんわ」
「くだらない事だと?私の事を考えて待つ時間はとても有意義だと思うが」
「待たされる身になって下さいませ。どこが有意義なんですか?ちっとも楽しくありませんわ」
話にならないと思った。
頭がおかしいのではないかと。
そういえば、このアフェルト公爵家の公爵夫人は大人しい人で、社交界でも目立たなくて。
いつもアフェルト公爵のいいなりだって。だから、ルイドもそんな母親を見ていたからこれだけ訳も解らない人間になったのだと、フェリシアはそう思った。
騒ぎを聞きつけて、ミルド公爵夫妻が駆けつけて来た。
「フェリシア、何事だ」
「お父様お母様。ルイド様が怒鳴り込んできたのです。都合のいい日はありませんと、きっぱりとお断りの返事を致しましたので。わたくしはルイド様と婚約解消をしたいと思っております。これまで20回、耐え忍んで参りました。もし、家の都合でどうしてもルイド様と結婚しろというのなら、修道院へ行きますわ」
ルイドが慌てて、
「我がアフェルト公爵家としてもミルド公爵家と縁続きになるのは大歓迎だ。そもそも、君が私の事を思って待つ時間を、くだらないというのがいけない」
「くだらないですわ。貴方こそ誠意がまるでないではありませんか。約束を守れない人は信頼できませんわ。ですから、わたくしは貴方との結婚は絶対に嫌です。荷物を纏めて修道院へ行って神様に祈って暮らしますわ」
「父上に怒られる。だから、そこは私と婚約を継続してくれ」
「でも、わたくしっ」
両親からも頭を下げられた。
「ルイドも謝っているのだから、フェリシア」
「そうよ。ここは貴方が大人になるべきよ」
仕方ないので、
「解りましたわ。婚約を継続致します。これからは、約束はきちっと守って下さいませ。交流の席にはきちっと交流をして下さいませね」
「解った。反省している」
ルイドはそう言って謝ってくれた。
謝ってくれたのだが、しかし、またやらかした。
共に行こうと約束していた王宮での夜会。
迎えに来ると言っていたのに、迎えにも来ない。
仕方ないので、父に会場まで馬車で送って貰った。
ルイドの為に桃色のドレスを着て、金の髪をアップにして目いっぱいおしゃれをしてきた。
あれだけ反省していたので、約束を破る事はないだろうと、夜会の会場に入ったのだが、ルイドは見当たらない。
このまま一人で待つことになるの?
もう、待つのは嫌。この一年間、嫌っていう程、ルイドを待った。
待って待って待って。よく20回も彼を待っていたものだと思う。
ろくに交流もしなかった男を。
母は結婚すればどうせ一緒にいられるだろうと言うけれども、
約束を破ってばかりいる男を信頼しろというの?
わたくしは信頼できない。
結婚は信頼から成り立つの。
それなのに、あの人は……
「ミルド公爵令嬢。お一人ですか?ダンスを一緒にいかがです?」
一人の黒髪の男性が手を差し出して来た。
この男性の事は知っている。
いつもアフェルト公爵家からむなしく馬車で帰る途中に、気晴らしでカフェによって本を読むことにしているのだ。
人通りが多い、カフェのテラス席。
そこでお気に入りのチョコレートケーキを食べて、紅茶を飲んでいると、嫌な気分がすっきりする。
そこでよく見かける男性だ。
彼も本を読みながら、紅茶を飲んでチョコレートケーキを食べていた。
フェリシアは毎日来ている訳ではないのに、その男性とはよく会うのだ。
かれは頻繁にここに来ているのであろう。
「あら、貴方はカフェでよくお見掛けする方ですわ。わたくしの名をご存じでしたの?」
男性は微笑んで、
「貴方はお綺麗ですから。私の名は、ジュリアス・フェイド。フェイド伯爵家の息子です。下位貴族から貴方に話しかけた無礼をお許し下さい。よろしければ一曲お相手頂けますか」
そう言って、手を差し出して来た。
ジュリアスのリードは完璧で、でもフェリシアは悲しさを感じた。
愛する人とダンスを踊れたら。
どんなに幸せか。
でも、その相手がルイドかどうか……疑問に感じていた。
夜会が始まって4時間過ぎて、フェリシアはそれでも待って待って待ちくたびれて。
ソファに座って飲み物を飲んでいたら、やっと、会場にルイドが現れた。
「すまない。遅れてしまった。私の事がいなくて寂しかっただろう。さぁダンスを踊ろう」
手を差し出して来た。
頭に来たので、グーで思いきり、ルイドの顔を殴ってしまった。
ルイドは床にひっくり返って、鼻を抑えて顔を真っ赤にしながら、
「何をするっ。私に暴力を。訴えてやる」
近衛騎士達がフェリシアを拘束した。
フェリシアは微笑んで、
「いい気味ですわ。ええ、いい気味ですとも。それではごきげんよう」
すっきりした。
ジュリアスが、近衛騎士達に、
「フェリシア様が心配ですから、私も付き添います」
そう言ってフェリシアに付添ってくれた。
心細かったので、とても嬉しかった。
カフェで本を読んでいた時、互いに話をすることはなかったが、何故か彼がいることで安堵を感じていたのだ。
わたくしは一人じゃない。
こうして、カフェで本を読んでお茶しているのを楽しんでいる人が他にもいるんだわって。
両親が連絡を受けてすっとんできた。
父と母に、
「殴ってしまいました。ルイド様を。でも後悔はしておりません。わたくしは修道院へ参ります」
父は近衛騎士から事情を聞いた。
ルイドが四時間も遅れて来た事を近衛騎士から聞いていた時に、フェリシアは、
「四時間ですわ。四時間。もうわたくしは耐えられません。ええ、耐えられませんとも」
フェリシアは持っていた扇をぼきっと折った。
父は慌てたように、
「悪かった。フェリシア。こんなに追い詰められていただなんて」
母もフェリシアを抱き締めて、
「ごめんなさいね。フェリシア」
フェリシアは安堵のあまり涙を流した。
両親はフェリシアを責めなかった。
ジュリアスが、
「私はこれで失礼します」
フェリシアは、
「有難う。貴方が付き添って下さって心強かったわ」
「いえ、貴方の事が心配でしたから」
ルイドを殴った事は後悔はない。
これでやっと肩の荷が下りた。そんな気がした。
婚約は解消になった。
アフェルト公爵は、ルイドのフェリシアに対する態度を知って、ルイドを怒りまくった。
ルイドは、
「私は悪くない。父上はいつも母上を下に見て、やりたい放題じゃないか。それが正しい公爵家の当主のやり方だろう」
それを言われたアフェルト公爵は黙り込んで。母も俯いて何も言わなかった。
ルイドは性格に難がありと、公爵家の跡継ぎを下ろされて弟が跡を継ぐことになった。
とある日、ルイドがミルド公爵家の門の前で、
「お前が悪いんだ。お前がっーー。出て来いっーーーフェリシア。お前がいけないっ。お前が私の事を待っていればっ。たかが待たせるくらいでっーーー」
喚いていたので、警備隊に連れていかれた。
その後、会う事も無かったので、彼がどうなったのか、フェリシアは知らない。
フェリシアは暴力事件が知れ渡った為、修道院へ行こうと。
ただ、最後にお気に入りのカフェでお茶をしたいと思い、そこへ出かけたら、ジュリアスがいつもの席でお茶をしながら本を読んでいた。
フェリシアはジュリアスに近づいて、
「この間は、付き添って頂いて有難うございました」
「いえ、心配でしたから」
立ち上がり、向かいの席の椅子を引いて、
「さあ、どうぞ」
フェリシアを座らせて、
「何か頼みますか。貴方がお気に入りの紅茶とチョコレートケーキを」
「まぁ、わたくしが食べている物を知っているのですか?」
「いつも気にしていたんですよ。貴方はあまりにも綺麗で、私の憧れの人ですから」
「でも、がっかりしたでしょう。わたくし、グーで殴ってしまいましたわ」
「あれほどの仕打ちをあの男はしたのですから、皆、貴方に対して同情していますよ」
ジュリアスはフェリシアを正面から見つめながら、
「私と婚約して頂けませんか?私なら貴方の事を待たせたり致しません」
「でも、わたくしは……」
「貴方のあの事件は社交界ではルイドは殴られて当然だと、皆、言っております。私もそう思っております。私は貴方と一緒にこのカフェで過ごしたい。貴方が好きなこのカフェ。実は我が伯爵家の経営するカフェなのですよ」
「え?そうなのですか」
「王都に店を出させて貰って、貴方が気に入ってくれて私は嬉しくて嬉しくて。どうか私と婚約を、フェリシア様」
本当にわたくしでいいの?わたくしで。
ジュリアスは、フェリシアに向かって、
「このカフェで貴方を見かけるたびに、胸がときめいて。話をしたくて。でも、貴方は婚約者のいる公爵令嬢。失礼に当たると思い話しかける事は叶いませんでした。でも、やっと貴方と話が出来る。どうかお願いですから」
フェリシアは頷いた。
この人はずっとわたくしを見ていたんだわ。
わたくしがカフェでお茶をしてチョコレートケーキを食べて、本を読む姿を。
そして近衛騎士に連れていかれる時に付添ってくれた。
まだこの人の事は良く解らない。
でも、信じてみてもいいんじゃない。
フェリシアの胸が熱くなった。
ジュリアスの顔を正面から見つめる。
やっとの思いで答えた。
「お受け致します」
嬉しかった。諦めていた人生に光が差した気がした。
ジュリアスは顔を輝かせて、嬉しそうにフェリシアに向かって、
「貴方はチョコレートケーキを良く食べていらっしゃいましたが、ベリーケーキも、チーズケーキもお勧めですよ。如何です。カフェでケーキを食べながら、沢山、互いの事を話しませんか。貴方の家に日を改めてご挨拶に伺いたいと思います」
日が暮れるまでジュリアスと話をした。
これが婚約者との交流なのねと、やっと叶った交流をとても幸せに感じた。
あ、まだ婚約者ではないわ。でもルイド様と婚約者の交流が出来なかったのですもの。
これから沢山、ジュリアスと交流をしていきたいわ。
ジュリアスとの婚約は結ばれた。
フェリシアの両親も思う所があったらしく、喜んで賛成してくれた。
父は「今まで家の利益ばかり考えて、お前の気持ちを見ようとしなかった。本当に申し訳ない」
と言って頭を下げた。
母も続けて、
「結婚すれば一緒にいられるって言ってごめんなさい。信頼できない相手と一緒にいてもどうしようもないわよね」
と今までの事を改めて謝罪してくれた。
ジュリアスの家のフェイド伯爵夫妻も、
「あのルイド様を殴った事件は仕方がない事件だ」
「そうね。わたくしだって夫にあのような扱いを受けたらキレますわ」
と同情してくれて、二人の婚約を喜んでくれた。
今日もカフェで楽しくジュリアスとお話をする。
ジュリアスは決して約束を破らない。
待ち合わせをしても時間より早く来て、必ずフェリシアを出迎えてくれる。
約束を破る人は信頼できない。
でも、約束を必ず守ってくれるジュリアスは信頼出来るわ。
愛しいジュリアスとの未来を夢見て幸せに浸るフェリシアであった。




