第22話 友情崩壊!?それでも音楽は止まらない!
「おい、来夢。とりあえず話は分かったからさ、土下座はやめろよ」
ワイングラスを軽く揺らしながら、皇が低い声で言う。その目線は斜め上──店内の客たちの好奇の視線を意識していた。
「店中の皆が見てるじゃねえか。早く席に着けよ」
「う、うん。分かった……」
私は膝を擦りながら席に戻る。冷静になって周囲を見ると、チラチラとこちらを見る他の客の視線が集中してるのに気が付いた。
炭火の上に置かれたイカみたいに顔中が熱くて痛い……!恥ずかし過ぎる!
「さーて、これからどうしたもんかねえ?」
皇は残ったワインをくいっと飲み干し、天井を見上げながらワザとらしく鼻を鳴らす。その姿はやけに余裕があって、逆にムカつくくらいだ……いや、実際はムカついてないけどさ。
「す、皇ちゃん!呑気にワイン飲んでる場合じゃないよ!」
菜々子は身を乗り出して、テーブルをバン!と叩いた。ドリンクバーのグラスがカタカタ揺れる。
「あっ!対バン決闘の事って、来夢ちゃんとオーヴァーちゃんの2人だけの話なんでしょ?今からでも、来夢ちゃんがオーヴァーちゃんに謝って取り消してもらったらどうかな?」
その言葉に私はハッとする。
なるほど!菜々子の言う通りだ。謝ればワンチャン撤回してもらえるかもしれない!
もちろんオーヴァーは『キャーホホホ!だから、ワタクシは最初に言ったんですのよ?これからはせいぜい身の程を知るんですのよ?』なんて嫌味をたっぷり垂れ流すだろうが……でも、菜々子が望むなら、私は頭を下げる!
「……その方法も、もう手遅れみたいだねえ」
皇がスマホを取り出し、画面を睨みながらつぶやく。
「す、皇ちゃん、それはどういう意味なの?」
菜々子の声が裏返った。
「1時間くらい前に、祭りの運営委員会の公式SNSに投稿されてる」
皇はスマホをひょいと差し出した。画面にはキラキラ絵文字付きの告知文が。
『今回の「ミュージックフェス」ですが、演奏終了後に〝演奏バンドの投票イベント〟を行うことが決定しました!皆様、最後の最後までお楽しみに!』
オーヴァーの奴、もう運営委員会にまで手を回してやがったのか!?
中学時代の頃から、余計な事だけは手が早いんだよな!
バンド解散に関しては、何も書かれていない所から察するに、運営委員会には〝単なる人気投票イベント〟という形で提案して、上手く丸め込んだんだろう。
――やっぱりあの女、腹黒さは昔から全然変わってない。
「ど、ど、どうしよう?こ、こんなに、だ、大々的に告知されてるんじゃ、も、もう逃げられないよー!?」
菜々子がテーブルの上に両肘を突き、指をぎゅっと絡めながら必死に頭を抱え込む。その肩は小刻みに震えていて、今にも泣き出しそうだった。
「な、菜々子!仕方ないよ!こうなりゃ、3人で力を合わせて乗り切ろう!」
私は慌てて口にする。だが、声が裏返っていた。
「はあ?何よ!その他人事みたいな言い方!」
菜々子の大きな瞳が、氷のように冷たく私を射抜いた。
「元はと言えば、来夢ちゃんが勝手に余計な事をしたからでしょ?せっかくミュージックフェスに出演決まって、凄い嬉しかったのに、一気に地獄の底に突き落とされた気分よ!」
その言葉は鋭い刃みたいに胸に突き刺さる。何も言い返せなかった。
怒るのも当然だ。私だって逆の立場なら、絶対にブチ切れてる。
「きっとオーヴァーちゃんに対バン決闘を挑まれた時は、〝ウルトラマンや仮面ライダーとかのヒーローに変身した気分〟で、勢いに任せて受けちゃったんでしょ!?……あ!今、一瞬目を反らした!図星なのね?来夢ちゃん、分かりやすいんだから!!そんな後先考えない生き方をしてると、その内に〝変身不能〟な痛い目に遭うわよ!」
「菜々子、ごめん!本当にごめん!」
必死に声を絞り出す。けれど、届かない。謝罪の言葉が空気に溶けて消えていく気がした。
「この間、一緒に秋葉原行った時だって、ナナが止めたけど後先考えずに3万円もする『帰ってきたウルトラマン』のウルトラマンジャックのフィギュア買って、その日の内に歩道橋から落として壊しちゃうし!しかも、その後『お金が無い!』って騒いでたじゃない!今更だけど、どんな事すればフィギュアを歩道橋から落とせるのよ!?」
菜々子の声が震える。怒りだけじゃない、そこに失望も混じっていた。
「あ、あれはさ、歩道橋から見えた夕日があまりにも綺麗だったから……(夕日をバックにフィギュアを撮影したいなー)って思って、歩道橋の柵の上に置いたらバランス崩して道路に落ちちゃってさ。しかも、運が悪い事にトラックが走ってきて〝グシャ〟……ってか」
言い訳がましく語る自分の声が、情けなくて仕方なかった。
「そんな事で3万円も無駄にしたの?どこまでバカなの!!来夢ちゃん、19歳でしょ!?家に帰るまでオモチャで遊ぶの我慢できないなんて子供じゃないんだからさ!いい加減にしてよ!」
菜々子の叫びが、店内に響いた。周囲の客たちがこちらを見ているのを感じて、顔が熱くなる。恥ずかしい――それ以上に、情けない。
「菜々子。今は、その事は関係ないだろ?まあ、来夢の気持も少し分かるよ。〝ウルトラマン二世〟と言えば、第5話や第37話とか夕日をバックにした名場面が多いからな」
皇が口を挟んでくる。ワインを傾けながら呑気に言うその調子が、逆に救いに聞こえた。
「皇ちゃん!ウルトラマン二世って、『ウルトラマンA』の第14話でしか使われなかったウルトラマンジャックの別名じゃない!そんなの細か過ぎて、ナナ達にしか通じないよ!……じゃなくて!!何の話をしてんのよー!!」
菜々子の声は、もう涙交じりだった。
「もういい!来夢ちゃんなんか知らない!〝フェスの事は、ナナが1人で何とかする〟から!!」
〝バン!〟
菜々子は乱暴にテーブルに五百円玉を叩きつけた。
その音が、決別の合図のように思えて仕方なかった。
「もう帰る!!」
そう怒鳴り、椅子を勢いよく引いて立ち上がった。
「ナナ様、待ってなのだ!」
ミラが泣きそうな顔で立ち上がる。
「菜々子……待って……!」
必死に呼び止めるが、菜々子は振り返らない。
背筋を伸ばしたまま、真っ直ぐ出口へ歩いていく。その背中は、今まで見たことがないほど遠く、冷たく感じられた。
私は椅子から立ち上がることもできず、ただ茫然と見送るしかなかった。
「おーい!菜々子!五百円じゃ足りねえよ!」
皇の乾いた声が追いかけた。
「あーあ、行っちまったか。仕方ねえ、足りない分は来夢が出せよ」
店のドアが閉まる音が、心臓に突き刺さるように重たく響いた。
残された私は、胸の奥に大きな穴が空いたみたいな気分だった。
「菜々子……」
声にならない呟きが漏れる。
私は俯いたまま、手が震えていた。さっきまでの怒声と、テーブルに響いた小銭の音が、頭から離れない。
「おい、来夢。……とりあえず顔を上げろ」
皇の低い声が耳に届く。
けれど私は、どうしても顔を上げられなかった。
菜々子、バンド辞めちゃうかな?こんな事を言う資格無いのは分かってるけど、こんな別れ方嫌だよ!
「ライ様……大丈夫か?」
ミラの幼い声さえも霞んでいく。
――どうして、こうなってしまったんだろう?
ヒーローに憧れて、勢いで挑んだ結果がこれか。
守りたいはずの仲間を、私は逆に傷つけてしまった。
「チッ!こんなガキにまで心配かけやがって、全く世話が焼けるなぁ!」
カチャン、と音がする。皇が手にしていた箸で、目の前のワイングラスを軽く叩いたのだ。
続けて皿の縁、空になったグラス……。
カン、カカン♪──。
リズムが紡がれていく。
最初はただの音。
けれど、すぐにそれは「音楽」に変わった。
規則正しいビートが、心臓の鼓動みたいに胸に響いてくる。
聴いてるだけで、何だか踊りたい気分になってきたわ!
箸で、お皿やグラスを叩いて、こんな音楽が出せるなんて!?凄い!凄いよ!皇!!
私はハッと顔を上げた。
そこには、真剣な眼差しの皇がいた。
赤いネクタイを揺らしながら、箸をドラムスティックのように振るう姿は、いつもの酒に呑まれたダメ人間じゃなかった。
──まるで、舞台の上で輝くドラマーだった。
「おっ、来夢!やっと〝楽しく〟なってきたようだな!」
「スメ様、凄いのだ!」
「まあな。これでも一応ドラマーだからな。それ、もういっちょ行くぜ!」
カン、カカン、カカカン……。
やがて、皇の生み出すリズムに釣られて、隣のミラが小さく体を揺らした。
「楽しいのだ!」
幼い声が漏れる。瞳が輝き、笑顔が弾ける。
その瞬間、私の胸の奥に張り付いていた重苦しさが、少しだけ溶けていった。
音楽は、確かに気持ちを変える力がある。
菜々子と和解する術なんて分からない。だけど──私たちにはまだ「音楽」がある。
演奏を終えた皇は、箸をテーブルに置き、ふっと息をついた。
「な?音ってすげえだろ。嫌な気分を一瞬でも忘れさせる。それだけで、音楽には価値があるんだよ」
私は言葉を失ったまま、ただ頷いた。
……ファミレスの天井から吊るされた明るい蛍光灯が、私たちのテーブルをやけに白々しく照らしていた。
料理の皿は片付けられず、飲みかけのグラスやフォークが散らばったまま。
そこだけ時間が止まったみたいで、さっき菜々子が去っていった余韻が重たく漂っていた。
皇はそんな空気も気にしない様子で、赤ワインの残りをグイッと煽り、深く息を吐いた。
そして、静かに口を開く。
「最新のアニメソングは、メディアでも宣伝されて流行ってるし、若者が皆聴くから〝新しくて格上〟だ。1970~1980年代の特撮番組の主題歌は、メディアでも宣伝されなくて、大半の若者は聴かないから〝古臭くて格下〟だって風潮があるじゃん?」
皇は、お冷の入ったグラスを指先で軽く揺らす。カラン……と氷が小さな音を立てた。
「でもよ?そんなの一体、誰が決めたんだろうな?音楽に〝格上〟も〝格下〟も無いんじゃねーの?同じ音楽なのに、何で世間の連中は差をつけたがるんだろうな?」
その横顔は、いつも酒臭くてだらしない皇とは別人みたいに見えた。
真剣な眼差しが、蛍光灯の光を反射して僅かに煌めいていた。
「スメ様のお話、何だか難しくてミラにはよく分からないのだ」
ミラは、子供らしく首を傾げていたが、どこか皇の言葉を楽しそうに聞いているようにも見えた。
「キャハハ!悪い!悪い!なーんて偉そうな事を言ったけどさ」
急に皇は笑って肩をすくめる。
「アタシだって昨日はライブハウスで、『最新のアニソンとかセトリに入れた方が客ウケいいんじゃね?』なんて矛盾した事を平気で言ってんだ。……だって仕方ねーだろ?借金あるし、チケットノルマを自腹で払いたくねーんだからよ!キャハハハ!」
笑いながらも、どこか自嘲気味だった。
皇なりに悩みや矛盾を抱えているのが伝わってきて、胸の奥がチクリと痛む。
私は思わず問いかけていた。
「皇は……私の事を怒ってないの?」
皇は、グラスをテーブルに置いて、こちらを見据えた。
「ああ、怒ってるし、呆れてるよ」
少しの間を置き、口元をゆるめる。
「……50%だけな」
「え?じゃあ、残りの50%は?」
恐る恐る問い返す私。
皇は鼻で笑いながら、背もたれに体を預けた。
「なーんか……〝来夢らしい〟って感じかな?」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
完全に許されたわけじゃない。怒りも呆れもまだ残っている。
それでも──見捨てられたわけじゃない、そう思えただけで涙が込み上げそうになった。




