3 エンペラータイム
「うへ……うへへっ...ひひひっ!」
そんな気色の悪い声をあげていると、周囲の目が冷たいものへと変わっていく。
いやいやしょうがないだろ。
こんなにも上手くいくとは思わなかったんだから。
アイテムで溢れかえるインベントリを前に、俺は笑いが止まらなかった。
.........数分前、俺の脳内に電撃の如くとあるアイデアが走った。
ズバリ……『みんな仲良しムードで挨拶を交わしているのに乗じて、みんなのアイテムを盗んじゃおう作戦』だ。
「ひゃぁ〜、どうもどうも!」
ニコリ。
と、飛びっきりの笑顔で、セールスマンの如き挨拶を振りまいていく。
そこで、数秒間の握手を交わす。まるで、金髪ツンツン頭で三角形のメガネを掛けている爆弾魔のように。すると不思議なことに、俺のインベントリにどんどんとアイテムが溜まっていくのだ。
「ねえ、これからよろしくお願いしますねえ。へへ!」
───ぐははははっ!
ボマーに気をつけろよ。なんてね。
心の内で悪い笑みが止まらない。
「あ、はい.....よろしくお願いします」
多少不審がられたところで問題はない。
この、右も左もわからないプレイヤーばかりの空間では、誰かと仲良くなりたいと思うプレイヤーばかりだ。その純真につけこむという訳では無いが──────。
泥棒の初期スキル「スリ」……コイツの効果はなんと、『数秒間手で触れた対象のインベントリから、ランダムにひとつアイテムを盗むことができる』というものだ。
握手によってごく自然な流れから警戒されることなく「スリ」を発動。
これが馬鹿みたいに上手くいった。
しかしこれはチートスキルだろうか?
いや、答えは全く以て否である。
本来なら、この「スリ」というスキルは「ゴミ」と言っていい程役たたずだろう。
なぜなら蛮族というのは、
「数秒触れることのできる隙があれば、ボコボコにしてアイテム全部掻っ払っちまえばいい」
……そういう無法者なのだ。
(尤も、街中でそんなことすればたちまち『騎士』に捕まるだろうけどな)
だから戦闘中には使う意味が無く、使える場面は警戒されにくい日常が殆どだ。
しかしそれも、「スリ」というスキルの存在がバレてしまえば終わりだ。そうなれば少しでも触ろうとするだけで、間違いなく警戒されるようになる。
つまり、「スリ」が使えるのは、開始直後で能力の存在が知られていない今だけということ。
今この時、この最序盤の無警戒な時間こそが、「スリ」のエンペラータイムだということだ....!
「あ、どもども!よろしくお願いしますねえ!」
ニコーッっと。
それはもう、挨拶する度にテンションがゲージMAXで突き抜けるレベルだった。
「あ、キミもよろ...」
続けざまに俺が女性へ握手の手を差し出し、挨拶をしようとしたところで、
「ふん、敵同士だっていうのに呑気ですね。仲間を募集するでもなく、何をしてるんですか」
……なんだコイツは。
食い気味に、ムスッとした顔でさっき俺が考えていたようなことを言い始めた。
俺の手を取る気がないようなので、仕方なく差し出した手を引く。
「仲間を作るのはいいですけど、蛮族が騎士と仲良くするなんておかしいですよ」
呆れたような怒ったような表情で、小豆髪の女がそう言う。
「……おー、素晴らしきロールプレイ精神だ。確かに俺もそう思うよ。けど、」
俺は女の横を通りつつ、肩をポンと叩いた。
ほんの数秒間ほど─────手を乗せた。
「こういうこともできるんだから、そう単純な話でもねーんだなっ!へへっ」
教えてやろう。こんな悪いことを考えてるやつもいるってことを!
「……えっ?」
ぷららーん。
インベントリに追加された直剣を見せびらかす。
すると、小豆髪は何か勘づいたようにインベントリを確認し始めた。
「まさか……!」
ハッと、小豆髪の顔色が変わっていく。
「コレ、頂いてくぜ♪」
「あ────ちょっと!!待ってください!!」
直剣が盗まれたことに気づいた女は、慌てて俺のことを追い始める。
俺は街の中を、怒りの表情を浮かべる小豆色髪の女から逃げ始めた。
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路地裏を通って、民家の中を抜けて。
時にはお互いの妨害工作をしたりと、波乱の逃走劇が繰り広げられていた。
後ろを振り向くと、怒りが限界に達したのか、小豆髪は一周まわって口の端を吊り上げていた。
その額に青筋を立てながら。
「おらぁっ!!」
背後から怒気の籠った一声。
「っ?!」
どこで拾ったのか、小豆髪は手斧を俺の後頭部に向かって投げてきた。
「危ねえっ!中々鋭い投擲するじゃねえか.....!」
俺は姿勢を低くしてそれを回避する。
真っ直ぐ感情がこもっていたおかげで、投げる場所が読みやすくて助かった。
「うるさい!早く返してください!」
まさに鬼の形相ってやつだ。
しかしコイツ、思っていたより何倍もデキる。
かなり無茶な動きをして逃げている自信があるのに、しっかりと後ろについてこられる。
「なあ.....この平凡な雰囲気に、一発カマしたいと思わないか?」
「だったらなんなんですか!早く返してくださいっ!」
俺は真っ直ぐ、全速力をだす。
「行くぞ!着いてこい!!」
そのまま通りにある、ガラス張りの小さな店へと───飛ぶ。
「なぁっ?!」
パリィン!
衝突と同時にガラスが一気に吹き飛び、俺と一緒に店内へとばら撒かれた。
「きゃああっ?!」
店内から悲鳴が上がる。
「なっ、何をしてるんですか?!」
さっきまで怒り一色だった小豆髪は顔色を変え、目を丸くした。
店内の人間たちも慌てた様子で騒ぎ立てる。
「きっ…騎士団を呼べ!!蛮族だっ!!」
「ハッハッハ!この店の物は全部頂くぜ!俺と─────コイツでな!!」
「はぁぁあっ?!?!」
俺は迷わず小豆髪の女を指した。




