1 プロローグ:山盛りの買い物カゴ
「ふぁあ......」
「お願いしまーす」
深夜2時のコンビニの中。
眠気に目をこすりつつ、大きなあくびをする女性店員の前に、一人の客が並んだ。
「はーい......って、んぁっ?!」
ドスン!と。何か棚でも倒れたのではないかという音、そして身体に伝わる振動に、店員はスマホから目を離し声を上げた。
「よっこらせっ、と!」
目の前に現れた客........灰色の髪をした若い男が置いたのは買い物カゴだった。
ただしこれでもかと言わんばかりに商品を詰め込んで、商品がかごから山盛りに出て、はち切れそうになっている買い物かごだった。
「ちょ...何これっ?!ウソでしょ?!」
「あー、すんません。これ全部で」
心なしかしたり顔にも見える男の表情に小さな苛立ちを覚えつつ。
店員の脳内では、もちろんこんなことをするくらいだから、普通の人では無いのだろうと考察が捗る。
「......本当にこれ全部買えるんですか?」
「はい。お願いします」
「....はぁい」
やる気のなさを隠しきれない返事をして、店員は渋々と商品を精算しだした。
「しかも『レジレス』が普通の昨今ですよ?まだ店員がやってる店舗でって.....お客さん。明らかに狙ってるでしょ!」
現代では既に『レジレス』と言われる、AIが店内に居る客の動向を捉え商品を勝手に精算してくれるシステムが導入されている。
しかしこの店舗のように、人があまり来ない地域のコンビニなどではまだ人力のまま。そこでこんなことをやるもんだから、嫌がらせの意図があるんじゃないか。と、店員は邪推する。
「いや、本当に違いますよ。ほら、この服。明らかに近所からちょっと買い出しに来た人の感じ」
「そのちょっと買い出しの量じゃないんだけどっ?!」
確かに男の服は完全に部屋着という感じだったが、その量は買い出しと言うよりか、仕入れと言ったほうがいい量だった。
「.....はぁ。けど、なんでこんな量をいきなり買うんですか。いまどきユーチューバーでもこんな馬鹿なことしないって」
「あ、店員さん。『蛮オン』って知ってます?」
「『蛮オン』って─────あの『蛮オン』?えっ、まさか参加するのっ?!」
「いやぁ、実はね」
『|Bandit Online』────通称『蛮オン』。
今世間を騒がせるとある“ゲーム”が男の口から出てきたことに、店員は目を丸くした。
店員さん。『蛮オン』って知ってます?
「よ、よく“当たった”ね...あの『テストプレイ』って確か、100人とかでしょ...?ウチの周りでも結構応募してた人いたけど、全然当たって無かったんですけど.....!」
『蛮オン』の抽選にはそれくらい、身近な人が何人も応募しているくらい多くの人が参加している。
そう考えれば、当選者数100人という数字は奇跡的な数字だと考えられる。
驚きから素の口調が出始めている店員に、男は軽く笑いかけた。
「だからこうやって買い込んでるんすよ」
「ああ.....そう。それはおめでとうだけど────…..」
と納得しかけたところで、店員は男が言っていることの違和感に気づく。
「あれ?でも待って!『蛮オン』の『テストプレイ』ってまだ一ヶ月先だったよね....?」
「確か.....約1ヶ月後の10月26日ですかね?」
「じゃあウソじゃん?!今から買い込んだって、余裕で1ヶ月後には消えてるでしょ!」
買い物かごに山盛りに積まれた食品類は、確かに何日も外出せずゲームできるくらいの量がある。折角当選したんだから、買い出しの時間すら惜しむというのも理解できる。
ただし、誰の目から見ても、これで1ヶ月以上も持つとは到底考えられなかった。しかし、男の答えは全く予想外のものだった。
「これはその前の“事前準備”のためっすね」
「え?事前準備?」
事前準備という言葉から考えられるのは、ゲームをするための機材を整えたり....などだろう。
なら────と店員が口にしようとしたところで、
「ほら、参加者をあらかじめ全員リサーチしなきゃだし。テストプレイが始まる前に、引きこもって色々と準備しておく予定なんで」
「はぁ.....?いやいやっ、普通そんなことしないでしょ?!」
参加者をリサーチするというのは、他の応募者の個人情報を探るという犯罪行為ではなく、恐らくは『特別枠』で参加するプロのゲーマーや配信者たちを調べるということだろう。
蛮族オンラインのテストプレイとは、一般抽選だけでなく様々な“有名ゲーマー”の集う、スペシャルなイベントなのだ。
ただ、それを踏まえても男の言っていることは明らかに異常だった。
あらかじめ全員分調べること自体ものすごい執念な上、それ以外にも引きこもって色々と準備しておくというのは並々ならぬ情熱だ。
「そうですか?まあ本気でやるつもりなんで」
「当たった人って、みんなそんな感じなの.....?」
想像以上の熱量に若干引きつつ、店員は商品の精算を終わらせる。
「はい....これで終わり。えと、お会計が.....一万七千九百五十二円になりまーす」
「カードで」
普通にカードをカードリーダーにかざし、男は会計を終えた。
「カゴ、後で戻しに来ます」
「あぁ、うん」
呆然とカウンターに頬杖をつきつつ、店員はかごを運んでいく男の背中を見つめていた。
車にでも積んだか、それから少しして、男が空になったかごを持って再び店内に入ってくる。
「はい、持ってきましたよっと。あ...それと店員さん、おめでとうって言ってましたけど、俺は“当たった”訳じゃないんすよ。....じゃあ、また」
かごを戻して直ぐ、一言残し踵を返した男。
当たった訳じゃない。その言葉の意味に、少しだけ理解する時間を要し、店員は少し遅れて声を上げる。
「あ、ちょっと」
しかし男が自動ドアをくぐった際のメロディに、店員の声はかき消されてしまったのだった。
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深夜の静まり返った道路を走る、車の中。
「はぁー.....しっかし、流石に重かったな.....!こんなことするもんじゃねえわ。けどあのコンビニ、あんな店員がいたんだなぁ。また今度行ってみるか。『蛮オン』が始まる直前...とかな」
男は考えに耽る。
『蛮族オンライン』....『テストプレイ』の参加が決まったときのこと。
全く予想だにしなかった、どんでん返しが巻き起こったあの日の夜を。
──────それは数日前のことだった。
『奪え。全てを奪いつくせ。荒れ狂う大地に生ける者たちよ.....!
大地を、他者を屠れ。略奪し支配しろ。
世界を貪り、野蛮なる王となれ!』
『我ら戦に生きるもの、蛮族なり!!ウオオオオオオオオオッ!!!!』
だなんて。その“ベタ”さが一周回って癖になるような、少年マンガ冒頭のプロローグみたいな語りと、野性溢れる戦士の太い咆哮が上がり、画面に大きくタイトルが表示された。
ゲーム「バンディット・オンライン」の紹介トレーラーの映像だった。
そして、そんな映像の映し出される液晶に、生ける屍体のようにしがみつく男がいた。
その目に涙を浮かべながら。
「───────ぁあああー……くだらん。クソクソ……クソぉぉぉぉおおっ!!」
男がそんなことを叫びながら、ゴミの散乱した薄暗い部屋を更に散らかしているのには、勿論理由があった。
バンディットオンライン。
通称.........蛮オン。
そのゲームを男は、ずっと待ち望んでいた。
フルダイブ型VRゲーム機が浸透した時代に、彗星のように突如人気を攫ったゲーム会社「P社」。絶対的人気を誇る“MMO以外”の様々なタイトルを発表しながら、熾烈な覇権争いのトップに君臨していた。
その頑なにMMORPGを作ろうとしなかったそのP社だが、数ヶ月前、新たなゲームを発表した。
「次はいわゆる、MMOみたいなのを出します」
「MMORPGとは様々なゲームの集合体です。
冒険、戦闘。農業や商売、色々なゲームの要素が組み合わさってるんですよ。だからこそ、元となるゲームを他のMMORPGと同じくらいヒットさせることが出来れば、合わさった時の完成度は計り知れないと思いませんか」
その、「色々なゲーム」こそP社がヒットさせてきたタイトルたちで。
今まで共に戦ってきた仲間の思いを受け継いで最高の一撃を決める.......というような。
冷静なディレクターの声の内に籠もる、滾るものが伝わってきた気がした。
短い声明は、再び最盛期の熱狂を呼び覚ました。
男もまた、迷うことなく新作ゲームの抽選に参加した。しかし、
「あああもうっ全て終わりなんだぁぁっ!!」
早くも蛮族ロールプレイにでも目覚めたのか、厨二病を拗らせたようなセリフを吐き捨てるほどに現実は冷酷だった。
男はあまりにもあっけなく「バンディット・オンライン」先行テストプレイサーバーの抽選に落ちた。
「ウオオオオオオオオオ!!!」
その雄叫びは、さっきから垂れ流しにされているトレーラーのものではなかった。
「はぁっ……はぁっ、こうなったら最終手段でも......」
男がホログラムをタップし知人に連絡を飛ばそうとしたところで、
ピロリン。
と、やや古めかしい通知音が部屋に響いた。
「マカロニア」……その送り主の名前が知人だということを確認する。
「………当たったっつー煽りのメールだったらブチコロス」
男はそんなことを考えながら、メール欄を確認する。
件名:やあ。もしかして、絶望してたりす───
「おアぁぁっ!!」
そこまで目に入った男は、衝動的にホログラムに殴り掛かる。
映し出された画像を拳がすり抜ける。
「アノヤロッ…………!」
握る拳に血が滲みそうになったところで、男は必死に怒りを鎮める。
力ずくで奪ってやろうか?..........というような考えが男の頭に浮かんだところで、マカロニアが奇跡的に2枚のチケットを手に入れているというかけらの可能性を考える。
「……ま、なわけ無いよな」
だとして、マカロニアから貰うという第二の関門が待っているだけだ。
期待せず、男はマカロニアの数百文字に及ぶ悪辣なメッセージを流し読みしていく。
「よっし……やっぱりコイツぶっ殺……」
不意に目に入ったのは、男がつい最近まで熱心にプレイしていた、P社の前作タイトルだった。
「なんだ?......ランキングの報酬は見たか......って」
そんな訳ない。
いやいや、期待はするな。そうは考えつつも、男は多少の緊張を感じながらメールを遡っていく。
「あった」
確かに、ランキング上位───終了時2位まで上り詰めたP社前作『ヒート&ビート』の、公式お祝いメール。
「ムカつく文章だぜ......『おめでとうございます』って、“2位”にかけるメッセージじゃねえだろ」
そんなことを考えていたが故に、メールの中身まで見ていなかった男だが。
今はかじりつくように、ランキング報酬......そう書かれた部分に注意を向ける。
「特別スキン.....どうでもいいっ!限定称号.......そんなのいらんわ!」
焦れる心を収めつつ、男は下にスクロールしていく。
「ランキング報酬で特別にテストプレイに参加できる」というようなことは、やはり幻想に過ぎないのかもしれない。
そんな男の考えを打ち破るように、文章の中に現れたのは、「サプライズ」その5文字だった。
「うそだろ?」
一心不乱、男はメールに至近距離まで顔を寄せて。
今回のランクマッチの報酬では、1位から5位の五名のみ上記の他に、特別なサプライズ報酬が用意されています。そう書かかれたメールの先。
男はゴクリと、固唾を飲んだ。
「特別報酬──────────バンディット・オンライン........先行プレイテストの参加権........だとッ.........」
それは正真正銘、公式からのサプライズだった。
数秒間の沈黙の後、男はわなわなと震えだす。
「ぁはぁっはっはっ!!ふはははっ!!.....っはあ..........ああ。.これ以上は苦情が来るから辞めとくか」
一周回って冷静になった男は、放心状態で椅子の背もたれに体重を預ける。
ギィ..........と。今までにないくらい大きな音を立てて、椅子が倒れていく。
「マカロニアの野郎も、なかなか役に立つじゃねえか」
ササッとマカロニアへ返信しつつ、男はこれからの事を考える。
これからの忙しくて充実した日々の事を考えると、男は思わず口元が緩んでしまうようだった。




